鎖錠の楼閣

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    【神戯】045:禍の出廬〈其ノ弐〉【オリジナル小説】

    ■タイトル
    神戯

    ■あらすじ
    「最後の遊戯を始めよう」――世界を滅却した絶対神、〈禍神〉である四人の少年少女が始めたのは、最後の一人になるまで殺し合う遊戯――【神戯】。《神災》に因って世界人口が百分の一にまで衰退した百年後の世界を舞台に紡がれる悪夢の遊戯録。その全容が今、紐解かれる――

    ▼この作品は【鎖錠の楼閣】、【小説家になろう】(http://ncode.syosetu.com/n0899k/)、【ハーメルン】(https://novel.syosetu.org/94282/)、【風雅の戯賊領】(http://huuganogizoku.web.fc2.com/)、【カクヨム】(https://kakuyomu.jp/works/1177354054881697929)、【Enty】の六ヶ所で多重投稿されております。

    ■キーワード
    R15 残酷な描写あり オリジナル戦記 異能力バトル 冒険 群像劇 狂気 殺し合い/デスゲーム 架空戦記 戦争 外道 超能力 異世界 ダーク 遊戯 バトル エンターテイメント

    ■第45話

    045:禍の出廬〈其ノ弐〉


     まだ夜が明け切らぬ、闇の勢力が強い時間帯。
    【真央都】は夜闇が静寂を強制しているかのように静まり返っていた。往来を行く者はおらず、閑散とした光景を晒している。野良猫や野良犬のような動物ですら姿を隠し、まるで死滅した世界のように沈黙が都を支配していた。
     その一角――衣類を専門に扱う店の裏口の扉が、半開きになっていた。きぃ、と音を立てて、乾いた風に弄ばれている。裏口は路地裏に沿って設けられているため、誰かに発見される事は無い。それでも誰かに気づいて欲しいのか、風に揺られて寂しげに、きぃ、と音を奏でている。
     扉の先――狭い廊下には泥の付着した足跡が続いていた。一つは大きめの足跡――大人、或いは男と思しき物。もう一つは小さな足跡――子供か女性と思しき物。二人分の足跡は店の奥――居住区へと続いていた。廊下は暗闇に閉ざされているとは言え、家人が不便に感じぬよう常夜灯が薄ぼんやりと点っている。
     廊下の先――足跡を辿って行くと店を営む家人の寝室へと続いていた。寝室の扉は当然のように開いており、中には――ベッドの上で呻き声を発する壮年の男女が、口と眼に粘着質のテープを巻かれ、更に手足を縛られて簀巻きにされていた。
     寝室には店主とその妻を縛り上げた犯人の姿は無く、壮年の夫婦はどうにかして外部に救助を求めようとその場で足掻いていたが、どうやっても手足を縛っているテープは取れないし、あまり動き過ぎると頭に血が上って頭痛が酷くなり、それどころではなくなってしまう。
     ――ぎし、と廊下に足を踏み下ろす、木版の軋む音が二人の耳朶に届き、見えないのに思わず顔をそちらへ向ける。
     夫婦の見えない瞳の先には二人の女性が立っていた。
     一人は紺の長袖シャツに、デニムのパンツ姿の女。腰に届く程の綺麗な金髪に、つり目の黒瞳、それに加えて勝気な美貌と、通りを歩けば振り返らない男はいまいと断言できる程の美女だった。口許には煙草が引っかけられ、今も紫煙が吐き出されている。
     もう一人は白いワンピースに麦藁帽子を被った、美女に比べると随分と幼く映る少女。麦藁帽子から食み出した髪は色素の無い白。紺色の瞳は垂れ目がちで、幼い印象に加えて大人しそうな印象が濃い。身長も、長身の美女に比べて十センチ近くも上背が低い。更に今の状況に怯えているのか、どこか恐る恐ると言った様子で簀巻きにされた夫婦を見つめている。
    「悪ぃな。本当はこっそりと服だけ持ち出そうと思ったんだけどよ、念には念を入れろって体に叩き込まれちまっててさ。いつか埋め合わせすっから、今は勘弁な?」
     男勝りの口調で告げたのは、〈異人研究室〉から離脱して今や裏切り者のレッテルを貼られた女――梶羽だった。ずれそうになる金髪のウィッグを整えながら、まるで悪戯をした子供のように、ばつが悪そうに続ける。
    「てな訳で、服と鬘を少し拝借させて貰ったが、生憎と持ち合わせが零なんだ。でよ、悪いとは思ったんだけど、あんたらの金も、ちーっとばかり拝借させて貰う事にしたわ。必ず返しに来るからよ、今は許してくれな?」
     返事をしようにも、店主も妻も口を覆うテープのせいで声を発する事が叶わない。もごもごと口許を動かし、体を小刻みに震わせる。怯えているようにも怒っているようにも見えるが、梶羽は気にした風も無く夫婦に背を向ける。右手――白い手袋が嵌められているが、中身は〈在手〉と言う不可視の右手――で煙草を摘まみ、小さな呟きを漏らす。
    「……ま、戻って来られる保証は全くねえからな。犬にでも噛まれたと思ってくれや。――ああ、そうそう。〈神災対策局〉への通報は済ましてあるから、そこは心配すんなよ? ――行くぞ、ハト」
     ぽん、と麦藁帽子を被ったワンピースの少女――亜鳩の頭を叩いて歩き出す梶羽。亜鳩は困ったように、簀巻きにされた夫婦と梶羽を交互に見やり、やがてメモ帳をワンピースのポケットから取り出すと、ペンで紙面に文章を走らせ、それをベッドの上に置き、慌てて梶羽の背中を追う。


     衣類専門店を後にした二人の元〈忌徒〉は、人目に付かないよう路地裏を縫うように移動しつつ、徐々に白み出した空を仰いだ。遠くで警光灯の回る赤い光が、暗い空に反射しているのが判る。恐らくは衣類専門店に〈神災対策局〉の局員が駆けつけたのだろう。生憎、それを確認する事は叶わないが。
     くいっ、と袖を引っ張られる感覚に気づいた梶羽は「ん?」と振り返り、亜鳩を見やる。亜鳩は麦藁帽子の下にどこか不安げな色を漂わせながら、凝然と梶羽の相貌を見つめてきた。梶羽は彼女が何を伝えたいのか図りかねて眉根を寄せる。亜鳩は梶羽の手を水平に置いて、掌に一文字ずつ文字を記していく。
    「“むかし どろぼうだったの”……? ――くくっ、はっはっはっ」思わず笑声を零し、にやけてしまう口許を晒すと、梶羽は空いていた手袋を纏った右手で額を押さえる。
     亜鳩は惚けたように呆然とした表情を浮かべて梶羽を見る事しか出来ず、まるで置いてけぼりを喰らったように不満そうな表情で再び袖を引っ張る。それに気づいた梶羽は笑声をやっと押さえ込むと、「済まん済まん」と軽く謝った。落ち着きを取り戻して、亜鳩から手を振り払い、煙草を取り出す。
    「俺は根っからの泥棒じゃあねえが、今はそんな事に構ってられる程悠長な状況じゃねえ、――だろ? だったらやれる事は何でもやらなきゃな。今更躊躇して踏み止まってるようじゃ、とてもじゃねえが、律――室長を敵に回せねえってもんだぜ?」
     煙草にライターで火を点す梶羽を見つめて、亜鳩が悄然と肩を落とす。表情を見ずとも梶羽には亜鳩の感情が手に取るように解った。――もう後戻り出来ないトコまで来ちゃったんだ……、と言ったところだろうか。だがそれではおかしいだろう。
     紫煙を吐き出しながら、梶羽は亜鳩に再び視線を戻し、蛇のように感情が欠如した眼差しで紺色の双眸を見つめる。
    「〈異人研究室〉に来た時から、それなりの覚悟は固めてたんじゃねえのか? 監獄の中で野垂れ死ぬ事は手前でも解ってた筈だ」
     亜鳩は顔を俯かせるでもなく、梶羽の鋭い目つきの黒瞳を見つめ返したまま、それ以外の反応を返そうとしなかった。“それで?”と、瞳で語っている。
    「自分の墓をどこにしようか決めるのは勝手だが、何もせずにくたばる程、手前は意志薄弱じゃねえ。でもそうしなかったのは――クロがいたから、……だろ?」
     亜鳩が小さく首肯する。梶羽は満足そうに口許を歪ませ、更に言葉を続ける。
    「そのクロが手前を連れて出ると言ったんだ。手前の意志はそこで固まった。なら――組織を敵に回す覚悟も、出来てたんじゃねえのか?」
     梶羽の追究に、遂に亜鳩は表情を曇らせた。再び梶羽の掌に文字を記し始める。
    「“わかってるけど かてないかもしれない”……なぁ、ハト。俺が勝ち目のねえ戦いを仕掛ける程、向こう見ずに見えるか?」
     梶羽の澄ました笑顔に、亜鳩は一瞬、きょとんとした表情を浮かべる。だが、その表情が明るくなる事は無く、悄然とした面持ちに移ろい、疑心に満ちた表情で梶羽を見つめる。疑心を隠す事無く視線に載せて見つめてくる亜鳩に、梶羽は思わず苦笑を浮かべる。
    「……ま、仕方ねえか」ぽり、と鼻の頭を掻き、「――知ってるか、ハト。【燕帝國】には、どんな人間でも受け入れて貰える都市が在るって」
     突然の話の切り替えに、亜鳩は更に困惑を表情に上乗せする。梶羽は構わず話を続ける。
    「その都市は、“どんな人間でも”とは謳っているが、実際は“燕人なら”、って頭が付くんだ。律に限らず、〈異人研究室〉の人間に【燕帝國】出身はいない。……ま、俺の調べだから穴は在るかも知れねえが、【燕帝國】のその都市にさえ逃げ込めれば――もう追手の心配をする必要はねえ。……それに、長期間に亘って俺達に構ってられるとも思えねえしな」
     梶羽の目許に冥(くら)い笑みが滲む。亜鳩は小首を傾げて、仕草で“何故?”と尋ねる。
    「ハトも聞いてるだろ? 律は今なら俺達――いや、ハト、手前を探す事に全力を尽くすかも知れねえ。だがな、奴は〈禍神〉の一人――昨日始まっちまった【神戯】からどうあっても逃げる事は出来ねえ。ハトの異能は確かに喉から手が出るほど欲しいかも知れねえが、それよりも大事なモンがあるだろ? ――自分の命(タマ)さ。それを護るためには、俺達を諦めなければならない……それも、時間が経過するに従ってその可能性は膨らんでいくだろうさ。そこが狙い目だ」
     亜鳩はよく解っていない風に俯きながら眉根を寄せて、指を顎に添えて、必死に沈思しているようだったが、先に梶羽が掻い摘んだ説明を始める。
    「今はハトが欲しくて仕方ねえが、【神戯】が始まった以上、自分の命欲しさに手前を見逃さざるを得なくなるかもって話だ。〈禍神〉の居場所が解ると言う異能は恐らく俺が思う以上に重要だろうが、敵に自分の居城が知れりゃ、流石に執心し続ける事ァ出来ねえだろ」
     やっと大まかに内容を理解したらしい亜鳩は、“なるほど”と言いたげにこくんっ、と頷く。「よし」と梶羽は亜鳩の頭を撫でてやり、腕に視線を落とす。腕時計は〈異人研究室〉で使っていた物を外し、衣類専門店で無断拝借した物を身に付けていた。男物のゴツい感じの代物だったが、自分の趣味に合うのか梶羽は特に感想も無く時針と分針を確認する。
    「今の内に出来るだけ駅に近づいとくぞ。……さて、律がどこまで俺の手を読んでくるか、第二回戦目を始めようじゃねえか……!!」

    ◇◆◇◆◇

    「――大陸横断列車?」
     覇一の疑問符の滲んだ声が漏れたのは【真央都】裏門通りの一角にある木賃宿の一室だった。
     割と綺麗に掃除が施された畳敷きの部屋。五畳ほどの部屋には一面に布団が敷かれているが、眠っているのは鮮やかな金髪を湛える、頬に裂傷を走らせた少年だけで、在室している残りの三人は布団の上に胡坐を掻いて座り込んでいる。
     古ぼけた電灯に照らされた部屋の中心で律は瞑っているのか定かでない糸目を布団に向け、右手で顔を支えて沈思の姿勢を取っていた。
     律の格好は着物姿のままだったが、昨日の着衣ではなく、橙色の着物に変わっていた。この木賃宿――〈異人研究室〉【中央人民救済枢軸国】支部から一時的に拠点とすべき場所に指定してあった宿――に辿り着くまでに人血で汚れてしまったので、流石に人目を考慮して着替えていた。
     他の〈忌徒〉が全員昨日と同じ格好なのは、単に着替えを持ってくる余裕が無かっただけで、出来る事なら汗で臭う服を着替えたいと思っている。尤も、今はそんな事をしている余裕が無いのは誰しもが理解し納得している事だった。
    「……流石にそれは無いんじゃないか? 大陸横断列車で逃げるには、あまりにリスクが多過ぎる。第一、そこに〈忌徒〉が一人でも乗り込めば、もう逃げ場は無いんだぞ? 袋の鼠になりに行くようなものだ、それは候補に挙げるべきじゃないだろう」
    「全くだ。室長、流石にそれは有り得ねえんじゃねえか? ……とは言え、相手を乗車前に発見できりゃの話だがな。奴らが乗車する大陸横断列車が判らなけりゃ、俺達は全く手出しが出来ねえぜ」
     覇一は沈思の姿勢のまま固まっている律へと声を掛け、それに同調するかと思えば律の考えに肯定的に首肯する柿輪。
     三人が議題に上げている話は、裏切り者――梶羽が逃げる場所と、その経路の割り出しだった。梶羽は亜鳩を連れ去る罪に限らず、任務を放棄した罪も挙げられるし、更に支部を敵陣に内通する謀反まで起こしている。とてもではないが元仲間として放っておける限度を超えている。ここまで罪状を重ねれば生け捕りなど想定に無く、梶羽の殺害――そして亜鳩の奪還を最上に考えるのは必然だった。
     そんな折に律が思考を続けて導き出した結論が――大陸横断列車による高飛びだった。
     覇一の断ずる否定、柿輪の曖昧な返答に、律は体を上下に揺らしながら人差し指を立てるだけで、二人に視線を向けようとしなかった。
    「そこが味噌っすよ、覇一、柿輪。普通に考えれば、車で逃亡した方が安全性に長けやす。態々逃げ場を失くすような乗り物を使って逃亡するメリットなんざありやせん。――“だからこそ”、俺はそこが怪しいと思ったんすよ」
    「……策士が策に溺れてどうする? 律、よく考えろ。梶羽は確かにお前に気づかれないように支部に敵を誘い込み、拠点そのものを破壊した。だがな、それはあくまでお前に気づかれなかったから。その前提を忘れるな。相手は格段に頭が切れるが、態々危険を冒すような真似をするとは俺には思えん。危険に見合う利潤が無ければ、危機感知能力が壊れた、ただの魯鈍だ。冷静に考えろ、律。お前は俺達の頭脳だと言う事を忘れるな」
     確かに、と柿輪は無言のまま首肯する。それこそ【真央都】駅に哨兵を一人立たせるだけで効果は絶大だろう。乗車直前まで監視を続け、その間に仲間を周囲に待機させ出発直前に二人を包囲すれば、彼女らに脱出口など絶無だろう。
     そんな覇一の鋭い諫言にも拘らず、律は口許に酷薄な笑みを浮かべて泰然と応じる。
    「梶羽には一度、こっ酷く負けやした。次も星を落とす訳にゃあいきやせん。……惜しいんすよ。惜しい逸材を敵に回した事を、俺は今、予想以上に悔やんでいやす。……っすが、発想を裏返せば俺は“新しい復讎の相手を見つけられたんすよ?” これが――“滾らずにいられやすか?”」
     ――空気が変容するのを柿輪は総身で感じ取った。
     律の糸のように眇められた瞳が僅かに開く。――金色の輝きを伴った右目が見つめるのは、ここではない。――今は見ぬ、強敵の存在を確かに見据えていた。
     殺意でも、敵意でも、悪意でも、害意でもない。そこに宿りし意志は――“愉悦”。やっと自分が望むゲームを見つけられたかのような、高揚に似た感情が彼の内面を炙っているのだと解った。
    (……カジを殺す気なのか、室長よ……? 奴は先刻まで仲間だった女なんだぜ……!?)
     思ったが、言葉にする事は無かった。恐らく言った所で彼の情熱に水を差す事にはならない。“それが何だと言うんだ?”――既に大火にまで成長した感情の焔は柿輪程度の諫言――否、側近である覇一の諫言でも火勢を弱める事すら出来ないに違いない。まさしく“焼け石に水”だ。
     そう判っていたからこそ柿輪は傍観するに留めた。彼が感情を抑えるには彼が目的を達する以外に有り得ない。……全てはもう、〈忌徒〉の手の届かぬ場所にまで進んでいるのだ。
    「――なぁ、室長。室長の作戦に水を差すつもりはねえが、カジが大陸横断列車を使用すると思ったのは何故なんだ? 絶対に選ばない移動手段と言う点で考えるなら、徒だって候補に挙げるべきだと思うんだがなぁ」
     止める事が叶わないのなら出来る限り彼の力になるように手を尽くすまで。負け戦に一人で臨むと言うのなら、自分が加わって無理矢理にでも勝ち戦に変える。自分が出来る事などその程度だと、柿輪は弁えていた。
     柿輪のそんな様子に表情を変えず、律は体を布団の上に横たえた。仰向けの姿勢になったが、足は胡坐を掻いたまま、天井の梁を見つめながら返事を返す。
    「奴が何を考えて行動しているのか、そこを掴まない限り何とも言えやせんが――恐らく徒はありやせん」
    「――何故だ? 徒なら旅客に扮すればバレずに【真央都】から脱せられる。……まぁ、どの移動手段にしても同じ事が言えるが……」
     自分の言っている事を今一度考え直そうとする柿輪を止めるように、律は自分の結論を先に話した。
    「梶羽が【中立国】に留まる理由が有るなら、話は変わりやしょうや。……っすがね、奴は俺が何をしようとしていたか、上辺だけとは言え知り得ていやす。亜鳩の異能は〈禍神〉の居場所を探すために必要になる……即ち追手を仕向けるのは必定っす。併しっすよ、そこには制限時間がありやす」
     寝転がったまま律が放つ言葉を瞬時に察した柿輪は、彼が言いたいだろう言葉を先に告げる。
    「――【神戯】、だな? 【神戯】が始まった以上、室長はどこにいても安全ではなくなった……他の〈禍神〉がハトの異能に匹敵するモノを有していてもおかしくないからな。だが、まだ〈禍神〉の誰かに俺達の存在が露呈したって事ァ……」
    「確定情報じゃあありやせんが、昨日の一件はそれを疑わせるだけの意味を持つんすよ、柿輪」
    「――……まさか……!!」
     昨日の一件――〈異人研究室〉【中央人民救済枢軸国】支部への襲撃。〈救世人党〉が公然の秘密として内包する戦力、〈僧兵団〉の小隊が送り込まれた。それには付け足すべき情報が介在する。それは――〈救世人党〉には〈禍神〉の一人、殯が存在している、という事だ。
    「梶羽の頭が切れると思うのはその辺も鑑みての手だと思わせる、その策が有ったからっすよ。〈救世人党〉に一体どこまで俺達の情報を流したのか……それが判明していない以上、現状ですら危険と言う可能性が捨てられやせん……あの襲撃にもう一つ付加価値を足すなら、間違い無く現状――即ち〈禍神〉の一人に狙われていると思わせるこの状況にこそありやしょう」
     果たしてそこまで梶羽が考えて起こした行動なのか、それは定かではない。だが現にそういう状況に追い込まれた律は、そう考えざるを得ない。敵に狙われているかも知れない可能性が現出した時点で、行動の制限を課せられたも同然だった。
     ……なのにどうしてだろうか、律が心底から愉しげに映った。彼との付き合いは一年や二年ではないため、律が今どんな感情を内で渦巻かせているのか、想像に難くなかった。
     柿輪が言葉を失っていると、室内の灯りの関係で律が反射して映り込んでいるサングラスを押し上げ、奥に浮かぶ双眸で覇一が律を見据える。鋭い眼光は律を射殺さんばかりに冷たかった。
    「……時間を稼ぐのと距離を稼ぐのは、同義だと思っている訳か?」
    「いいや、違いやすよ覇一。梶羽がもし、時間を稼ぎたいのなら迷わず自動車を選びやしょう。逃走経路を全く絞り込めやせんから。――っすが、“そうじゃないなら?”」
     律は寝転がった姿勢から不意に体を起こし、覇一の顔を見つめる。覇一は律の顔を正面から捉え、眉根を寄せて怪訝な表情を滲ませる。柿輪の表情にも自然と緊張が帯びる。
    「……時間を稼がなくとも俺達から逃げ延びられる算段が有ると、お前は思ってるのか?」
    「梶羽は自分の事を“竜人”と名乗っていやすが、実際は【燕帝國】出身と言うのは判っていやす。なら一つだけ、絶対の安全を確保できる場所が在るとは思いやせんか?」
     柿輪にとっては初めて聞かされる話だった。梶羽は自分の事を話そうとする奴ではなかったし、そういう話題は忌避するような態度を取る女だ。気に掛けた事も無かったが、まさか【燕帝國】の人間――“燕人”だとは知らなかった。
     柿輪が一人で納得している間に、覇一はようやく律が何を言わんとしているのか理解したようで、瞠目する。その表情を取り繕うように素早く言葉を返す。
    「――確かに【燕帝國】には燕人以外の出入りを禁じる都市が存在する。それも他国民が近づこうとするだけで殺害も厭わない程の禁制区域だ。仮に梶羽がそこの出身でそこに逃げ込めたとしても――亜鳩は入れない。彼女は歴とした竜人だから、連れて行こうとすればその場で斬首刑だぞ」
    「それがネックになりやすが、そこ以上に安全な場所は恐らく世界のどこにもありやせんでしょうや。俺達の捜査の手から確実に逃れたいなら、そこを目指す以外に有り得やせん。亜鳩を連れたまま何度も俺達と衝突を繰り返せる程、梶羽は無敵じゃありやせんしね」
    「……だが燕人じゃないと入れないんだぞ? そこばかりはどうしようもないだろう。その考えは確かに有り得るかも知れんが、現実的ではないな」
     覇一は首を“否”と振って応じる。律はそれを見て、一度小さく吐息を漏らした。
    「ま、あくまで憶測の域を出やせんから、俺としてもこれ以上は何とも言えやせん。取り敢えずこの話はこれで終わりにしやしょう。次は――俺達の次の手っす」
     柿輪は小さく嘆息を漏らした。部屋に掛けられている時計に視線を向けると、いつの間にか日の出が間も無くと言う頃になっていた。結局徹夜か、そう気づいた途端に口許に欠伸の衝動が湧き起こる。
     律と覇一も釣られるように欠伸を滲ませると、疲れたように再び布団の上に転がった。
    「覇一と柿輪は凶星を連れて、【竜王国】支部へ向かって下せぇ。逃走経路『肆ノ甲』で車を使ってっすよ。俺は――大陸横断列車で向かいやす」
     覇一の顔が刹那に曇る。「……一人で行くつもりか? 柿輪くらい連れて行った方が良いんじゃないか?」
    「そうだぜ、俺でも盾くらいにゃあなれるぞ?」同調するように柿輪が胸を張る。
    「――いいや、俺一人っす」小さく首を否と振る律。「……すいやせんねぇ、愉しみは独り占めにしたいんすよ。それに――いざって時には、列車なら俺以外全滅も有り得やすし」
     密閉された空間で暴発すれば敵も味方も関係無い。自身以外の全てが倒れ伏している様子を容易に想像できて、柿輪は「……それも、そうだな……」と微苦笑を滲ませる。
    「――って、ちょっと待てくれよ室長。大陸横断列車の乗車券はどうするつもりなんだ? あれは完全予約制の筈だろう? 今は時期も時期だ、空席なんて有る訳が……」
    「ん? あー、その辺は心配しなくていいっすよ。ちゃんと考えていやすから♪」
    「…………」
     柿輪はそれが碌でもない策のような気がして、それ以上口を挟む気になれなかった。
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