鎖錠の楼閣

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    【神戯】044:禍の出廬〈其ノ壱〉【オリジナル小説】

    ■タイトル
    神戯

    ■あらすじ
    「最後の遊戯を始めよう」――世界を滅却した絶対神、〈禍神〉である四人の少年少女が始めたのは、最後の一人になるまで殺し合う遊戯――【神戯】。《神災》に因って世界人口が百分の一にまで衰退した百年後の世界を舞台に紡がれる悪夢の遊戯録。その全容が今、紐解かれる――

    ▼この作品は【鎖錠の楼閣】、【小説家になろう】(http://ncode.syosetu.com/n0899k/)、【ハーメルン】(https://novel.syosetu.org/94282/)、【風雅の戯賊領】(http://huuganogizoku.web.fc2.com/)、【カクヨム】(https://kakuyomu.jp/works/1177354054881697929)、【Enty】の六ヶ所で多重投稿されております。

    ■キーワード
    R15 残酷な描写あり オリジナル戦記 異能力バトル 冒険 群像劇 狂気 殺し合い/デスゲーム 架空戦記 戦争 外道 超能力 異世界 ダーク 遊戯 バトル エンターテイメント

    ■第44話

    044:禍の出廬〈其ノ壱〉


    遂に幕を開ける悍ましき宴――【神戯】

    禍の権化は災厄を齎すべく初陣を発つ

    蠢く毎に殲滅の地獄を生ず〈狂気〉

    現出せし地獄を破壊せんと〈断罪〉

    同胞をも地獄の連鎖に落す〈復讎〉

    虎視眈々と地獄を睥睨する〈不羈〉

    四つの悪夢が現界せし今 世界は終末へ向けて更に加速する

    ――【第弐章】――

    〈神戯前奏曲篇〉

    ◇◆◇◆◇

    【神戯】が始まった夜。〈救世人党〉の総本山である【大聖堂】の一角――党員でも極一部の者しか出入りが許されない区画に、二人の男女の姿が在った。
     二人は〈救世人党〉の党員の祭服を身に纏っていたが、双方共に僅かな緊張を滲ませているのが空気に伝播していた。【大聖堂】の外――入口と正門の間に在る広場では、現在も〈神災対策局〉の局員と〈救世人党〉の党員が入り乱れて救助活動を行っているため、その音が微かに聞こえていたが、二人がその音に関して話題に挙げる様子は無かった。
     崩落こそ免れた【大聖堂】だが、あちこちに修復不可能と思しき亀裂が走り、安全面ではこれ以上に危険な建物は無いと言える程、傷痕は深い。二人が佇む場所は小さな会議室のようだったが、照明は落ち、ちょっとした震動で砂埃と小石が落ちてくる程の惨状を呈している。
     熱帯夜と言う程ではないが、冷房装置が破壊された室内は冷えた外気を取り入れる事が出来ず、寝苦しさを覚える蒸し暑さが充満していた。祭服は一年を通して同じであるため、長袖が基本となっているので、汗ばんだ皮膚に袖が鬱陶しげに貼りついてくる。
     会議室もそうだが、通廊に至るまで人気が無い。深、と静まり返る室内で、男が嘆息する音が僅かに空気を震わせる。
    「――同志白風。貴殿はこの出来事を、或る程度予測できていたのではないかね?」
     嘆息に続いて響いたのは、四十代と思しき壮年の男声。明朗な調子で紡がれた言葉に応じるのは、名指しされた本人――〈救世人党〉の党首補佐に君臨する女、白風。
    「……何故? ――と、一応、問うておこうか」
     白風は三角巾で吊るされた右腕を摩りながら、疲労の見え隠れする表情で、嘆息を零すように言葉を突き返す。そんな問答をするためにここに来たのではない、と態度で示していた。
     が、白風の想いに気づいているのかいないのか、相手の男は僅かに苛立ちを混じらせながら、更に追究の手を伸ばしてくる。
    「〈禍神〉様の御意志を知り得る貴殿の言う通りに我らは今まで動いてきた。そうする事で〈禍神〉様の御意志に殉じられると考えたからだ。――だが、貴殿が語る〈禍神〉様の話を鵜呑みにしてきたからこそ――祭司を一人、喪う破目になった。それをよもや忘れてはおるまいな?」
     白風の言葉を愚直にも信じてきたために、一人の同志を喪った事に対して憤慨を懐いている男は、忌々しげに彼女を見つめる。相手が同志でなければ、こうまで落ち着いて話す事など出来なかっただろう程に、男の胸中には憎悪が渦巻いていた。
     白風は黙り込んだまま、彼が告げた内容を瞬時に察する。
     男の言っている内容は、先日――数週間前に行われた、【竜王国】にある【臥辰都立総合学習院】襲撃事件に就いてだ。白風は彼の伝で梵在と言う名の祭司に襲撃させた。作戦自体は新聞に取り上げられたように失敗に終わり、襲撃犯は全滅、祭司梵在も殉職したと綴られている。
     ――これは全て〈禍神〉が仕組んだ、言わば実験に過ぎない。その事実を実際に〈禍神〉の口から知らされたからこそ、白風はその事を引き摺る事は無い。寧ろ〈禍神〉を盲信するような輩を一人亡き者に出来たのだから、世に生きる者の観点から言えば慶ぶべき事柄だと思う位だ。
     とは言え、それを隣に佇む男に開けっ広げに明かす程、白風は痴愚ではない。そんな事をして彼との関係を断つのは、あまりにもナンセンスだ。彼とはこれからも接点を保ち続けていかなければならない。それが自分の意志であり、――〈禍神〉が望んでいる事でもある。
    「同志梵在の死が軽んじるべき事ではないのは、貴様に言われなくとも重々承知している。だが、過去の柵に囚われているようでは先に進めぬと、貴様も判っているのではないか? 同志――斯堂(シドウ)祭司よ」
     会議室の壁に凭れかかるようにして佇む白風の隣に立つ男。祭服を纏った、――否、〈救世人党〉の皮を纏った、〈禍神崇信教団〉の祭司は、冷厳な眼差しで〈救世人党〉の内通者を見やる。
     斯堂と呼ばれる四十代の男は、大きめに作られた祭服を着ている割には、腹が出っ張っているせいで、肌と服が完璧に密着している。短髪はストレスのせいか白髪が大量に混在している。肥満体型が影響し、頬も僅かに垂れ、《神災》以前の世界で確認できた“ブルドッグ”と言う名の犬を連想させる顔立ちをしている。瞳を隠すように、大きな丸いサングラスを掛けている。
     黒眼鏡の奥の瞳に鋭利な光を宿し、白風を見る視線を僅かにキツくする斯堂。そこには相手に対する猜疑が確然と残っており、自身の問題が何も解決されていないと視線で訴えていた。
    「貴殿から齎される話は、全て〈禍神〉様の御意志として承ってきた。――だが、為らば何故、今日……いや、もう昨日か、――ともかく、何故この騒ぎを我らに報せなかった? 〈禍神〉様のためならば、あの程度の騒動に臆する我らではないのだぞ? ――同志白風」
     ――だろうな、と返しそうになるが、白風は黙して小さく頷き、鼻から嘆息を漏らす。
     斯堂に限らず、〈禍神崇信教団〉の人間は、〈禍神〉のために殉教する事を望む、頭の螺子が何本も吹き飛んでいるような奴らだ、今更その事を論ずるつもりは無かった。寧ろ、こういう輩は早急に死滅してしまえばいいとさえ、白風は思っている。
     それでも即座にそうする事が出来ない理由が彼女にはある。
     斯堂がサングラスの奥の瞳を眇め、尚も射殺さんばかりの視線を突き込んでくるのに辟易し、白風は嘆息混じりに応じる。
    「言わなかったか? 私は〈禍神〉様の御意志に従って動いているだけ。〈禍神〉様が貴様らに報せるなと宣われれば、私はそれに従うまで」
    「では、此度の騒動は、〈禍神〉様が為された事ではないと申すつもりか? ――貴殿の戯言に付き合うつもりは毛頭無い。真実を述べよ、同志白風。私は〈禍神〉様の御言葉を賜りに来たのだ」
     頑として白風の言葉を受け入れようとしない斯堂。彼には、どうしても彼女の言葉を鵜呑みにする事が出来なかった。彼女は信頼を失いかねない失態を犯した――その事に固執するあまり、彼女が何と言おうと、自分がそうだと感じる言葉を発するまで受容する事が出来なかった。
     対し白風は、頭の堅い奴だ、と内心辟易していた。宗教に殉じる人間と言うのは、斯くも狷介なのかと。斯く言う自分もそうだとは気づいていたが、もう少し柔軟な思考が出来ないものかと常々思う。
     このままでは関係が崩れるのではと思ったが、白風はそれもいいかも知れないと思い始めていた。全ては〈禍神〉――殯がそうせよと命じたからこそ、この様な茶番に付き合っているまで。それでも相手が勝手に離れていくなら、それ以上関与するつもりは無い。寧ろそうなれば、殯の作戦に僅かばかりの傷を付ける事が出来るだろう。それはそれで面白い――と思ったが、その時、自分の処遇がどうなるかも賭けなければならない。自身の命を天秤に載せられる程、白風は自分の命を軽視していない。
    「貴殿は過去にこう申されていたな。『〈神災慰霊祭〉当日こそが、〈禍神〉にとっての祭日になる』――と。言わずとも解る、先刻の騒動がそうだったのだろう? 〈禍神〉様が望んで起こした祭典ならば、何故我らに声が掛からぬ? ――貴殿が予め堰き止めていた、そう思われても仕方の無い事だとは思わぬか? ――同志白風」
     猜疑はやがて明確な敵意となって斯堂の心中に形作り始める。一旦疑い始めれば歯止めが利かない。確りとした答が返ってくるまで、斯堂は白風を容認する事など出来なかった。
     一々粘着質な話し方をしてくる奴だな、と白風は嘆息しそうになるが、持ち前の胆力で耐え、〈救世人党〉党首補佐としての威厳を保ちつつ、彼の視線に真っ向から対峙する。
    「それが〈禍神〉様の御意志だと、どうして貴様は思い至らぬのか、私には理解しかねるな。それとも、それ程までに耄碌したのか? 少し考えれば解る事ではないか」
    「為らばその理由を示せ、同志白風。貴殿がそれを怠ったばかりに、朝日を拝めなくなっては元も子もないだろう? 私は貴殿とより良い関係を築いていきたいのだ。ここで誠意を見せねば、貴殿の足許が危うくなるのではないかな?」
     ……遂には脅迫か。ここまで来ると「発想が餓鬼だな」と思う以前に呆れてしまう。自分の利益を追求するためだけに、相手にその意志が有るか否かを確認し、無ければ切って捨てようと言う魂胆。まるで子供の喧嘩だ。そう思わずにはいられない。
     所詮、大人と雖も子供の延長線に過ぎない。言うなれば、大人は大きな子供だ。少し知恵を付け、力を蓄え、経験を積んだだけの子供でしかない。
    (そういう私とて、やっている事は餓鬼と変わらん、か……)
    〈禍神〉をこの世から排斥するために、〈禍神〉に従っている……〈禍神〉を嫌悪しているのに、何故〈禍神〉を崇拝している輩と手を組んで、〈禍神〉の作戦に加担せねばならぬのか。自分の境遇を笑いたくもなるが、恐らく自分ほど〈禍神〉に近いマトモな人間もいまい。〈禍神〉を抹殺すると決めた以上、状況を悔やんだり笑ったりなどしていられない。それこそ今更に尽きる。
    「〈禍神〉様の次なる手に、貴様らを組み込ませたいと考えているからこそ、現時点での登用を断念せざるを得なかった。その作戦は先日、貴様に説明した筈だがな」
     こればかりは深々と嘆息せざるを得なかった。以前に説明を終えた内容を再び繰り返す、その行為に嫌気が差す。
     斯堂は鼻息を鳴らすと、腕を組んだ姿勢で、人差し指で腕を叩きながら悩ましげな声を発する。見なくても解る程に苛立ちを募らせているのが、空気に伝播してくる。
    「大陸横断列車を襲撃する件だろう? それは確かに聞き及んでおる。――だが、その作戦なら精々で五~六人。十人も必要無いだろう。残りの団員で騒動を拡大する事も――」
    「件の騒動は、贄と思って貰えば良い。それとも、今後必要になる団員を全て贄に捧げられる程、徒な団員がいるのか? 〈禍神崇信教団〉の人員がそこまで飽和しているとは知らなかった。だとしたら私の認識は改めざるを得ないな」
     これには斯堂もぐうの音が出ないようだった。唸り声のような吐息を漏らした後、沈黙を返す。ちょっとした反抗心が満足し、白風は内心ほくそ笑む。
    (此奴……! 高が小娘の分際で、誰に向かって大口を叩いているつもりだ……ッ!!)
     何故先にその事実を知らせなかったのかと、更なる苛立ちが斯堂の精神をささくれ立たせる。一々問わねば応えぬ態度に、斯堂は腸が煮え繰り返るのを抑えながら、不貞腐れるように小声で返答を口にする。
    「……それならそうと初めから申されれば、この様な尋問は必要無かったと思わぬか? 同志白風、貴殿は情報を小出しに提供していると思わざるを得ん。これでは我らとて貴殿に疑心を懐くのは必定」
     脅迫に続いて、今度は言い訳に加えて丸め込みたいのか。熟々餓鬼だな。白風は呆れを通り越して、僅かな怒りを覚えた。
     情報を小出しに提供しているのは、白風がそうしたい訳ではない。白風の主である〈禍神〉殯がそうするから、従わざるを得ないだけだ。出来る事ならもう少し情報を提供してやりたいとは思うが、それもどうかと思う。
     恐らく斯堂に限らず、〈禍神崇信教団〉の人間に情報を与え過ぎたら、独断専行は避けられまい。そうなれば白風にとっては殯の作戦が勝手に崩壊するため、実に喜ばしい事なのだが、その事で殯が白風を見限るような事態に陥ると眼も当てられなくなる。今この立場に甘んじていられるのは、偏に殯の影響力が有るから……その恩恵が無くなれば、白風は路傍の石にまで堕ちる。とてもではないが、〈禍神〉と対等に戦う事など不可能だ。
    「我らが主、〈禍神〉殯様が貴様らに齎して良いとされる助言を与えているに過ぎない。それとも、私が齎した情報に誤謬が一つでも含まれていたか?」
    「……有るとしたら、一つだけ。祭司梵在が殉教した件だ。あの時、貴様は――貴様の主、〈禍神〉殯様は仰られたな? 梵在の眼前に現れたるは〈禍神〉の一人であると。併し現実は〈神災対策局〉の者が梵在以下、金で雇われた数十名の傭兵も皆殺しにした。どこに〈禍神〉様が現れたと申すつもりだ?」
    〈禍神〉が現れると聞いたからこそ、信任の置ける梵在を向かわせたのだ。その結果、彼は〈神災対策局〉の人間に殺害された。これでは梵在を犬死にさせただけではないかと憤っているのは、何も自分だけではあるまいと、斯堂は思った。
     ああ、その事か。白風は既に答を知っていただけに、口許に笑みが浮かび上がりそうになる。鮮やかな朱色の瞳を眇め、小馬鹿にするように嘲りの声調を滲ませ、言葉を紡ぐ。
    「祭司ともあろう貴様が気づかぬとは……〈禍神〉様をあまり失望させるなよ、同志斯堂」
    「何?」戸惑いと、それを上回る怒りを発する斯堂。
    「梵在の前に確と現れていたぞ、〈禍神〉様は。……判らぬか? 〈禍神〉様とは悠久を生きる不老不死……〈神災対策局〉にも一人、それを体現する者がいるではないか」
    「――〈牙〉が、と、申されるつもりか? ……確かに、彼が〈禍神〉と言うのは頷けるが、それが事実ならば何故、梵在は〈牙〉と戦わねばならぬ? 我らが〈禍神〉様が、どうして我ら〈禍神崇信教団〉を敵と見做している!?」
     斯堂が狼狽するのも無理は無いが、白風はそれに対しても冷静に応じる事が出来た。それは単に答を知っているからに過ぎない。もし自分が彼の立場なら、或いはそんな反応をしていたかも知れない。故に応対は、相手を落ち着かせるため、静かに、ゆっくりと行う。
    「同志斯堂。〈禍神〉様は四人おられると申したのを、憶えているだろうか?」
     斯堂は何を言われたのか一瞬惑ったが、すぐに口を開いた。「申したも何も、〈救世人党〉の教典に載っているではないか。狂気を司りし〈禍神〉、殯。断罪を司りし〈禍神〉、冴羅。復讎を司りし〈禍神〉、律。不羈を司りし〈禍神〉、閻太。……それが、何だと言うのだ?」訳が解らない、と眉根を顰める。
     白風は壁から背を離すと、会議室の中央に向かってゆっくり歩き出す。暗闇に包まれた室内は躓きそうだったが、全ては入る前に視認してある。すぐに机の許へと辿り着き、左手でその表面を撫でる。埃っぽく、白い砂塵が指に付く。
    「〈禍神〉様は昨日、現世に再びご降臨為された」
    「――それがあの騒動だったのか!!」黒眼鏡の奥の双眸を瞠目させる斯堂。
    「それも全ては、世界の権利を奪取すべき、殺し合いに馳せ参じるためだ」
     白風の口から吐き出された言葉をすぐに理解する事を拒んだのだろう。斯堂の表情が〈禍神〉の降臨に慶んだまま硬直していた。それがゆっくりと時間を掛けて、解凍されていく。疑心と惑乱が綯い交ぜになった表情で、辛うじて声を絞り出す。
    「…………〈禍神〉様が……殺し合う、だと?」
    「そうだ」斯堂の顔を見据えたまま、白風は机に腰掛け、左手で三角巾の表面を撫でる。
    「――世迷言を吐かすな。何故、〈禍神〉様同士が殺し合わねばならぬッ?」
    「今、言ったではないか。世界の権利を奪取するためだ。そのためなら、他の〈禍神〉を駆逐する事も厭わぬ――それが〈禍神〉様の御意志だ。……貴様は〈禍神崇信教団〉幹部でありながら、その様な事実も存じなかったのか? 幹部であれば周知の事実であろう」
    「……虚言を申している訳ではなかろうな……? 幾ら貴殿の言う事でも、そればかりは鵜呑みには……」
     蹌踉き、明らかに狼狽を隠せない斯堂の様子を見て、内心は落胆を隠せない白風。
     崇拝していた〈禍神〉同士の殺し合い。そうなると、誰を支持すれば良いか解らなくなるのも無理は無い。彼が崇拝していたのはあくまで〈禍神〉全てであって、その中の一個人ではなかったらしい。熟々無知蒙昧な男だな、と白風は胸中で吐き捨てる。
     白風は暫らく斯堂の様子を窺っていたが、やがて彼の表情が変わらない事を確認すると、机から降り、ゆっくりと扉の方へと歩き始める。沸々と沸き上がる苛立ちを隠すように無表情を刷き、口唇を小さく動かす。
    「……貴様が悩むのは勝手だが、作戦は確りと熟して貰わねばならぬからな。大陸横断列車の件、確と果たせよ? 我が主、〈禍神〉殯様からの御言、確かに告げたぞ」
     扉が開くと、僅かな光源が室内を照らしたが、すぐに闇に閉ざされていく。
    「――最後に一つ。〈禍神〉様の御声をその耳で聴きたいのなら、大陸横断列車を襲撃させる者に小型無線機を持たせたらいい。彼女を確認したいのなら、団員に対象を殺させろ。それで死ななかったら、彼女こそが〈禍神〉様だと理解できるだろう?」
     皮肉っぽく口唇を歪めて告げると、扉が小さな音を立てて閉まる。
    (〈禍神〉様が殺し合うだと……!? 世界に君臨せし〈禍神〉様が、どうして〈禍神〉同士で争わねばならぬ!? 私は、私は……ッ)
     中に残された斯堂は奥歯を噛み締め、苦悩に悩んでいるようだったが――白風が関与するのはここまでだ。ここから先は、彼次第。こればかりは、殯に何を言われてもどうしようもない事だ。
     通廊は常夜灯で照らされ、視界が良好とは言えないが、移動する分には充分な光で満たされている。ねっとりと肌に纏わりつく熱気は、会議室よりも感じず、外気に触れる事で汗が冷え、涼しさを感じる程だった。
    (ここまでは殯の筋書き通り。まだすべき事は山積しているとは言え、本当に殯の望んでいる世界がこれだけで成されると言うのなら、どこかに罠を仕掛けておかねばならぬ訳だが……どこで奴を出し抜ける?)
     出し抜くにしては相手はあまりに強大で、且つ情報が不足し過ぎている感が否めない。不足分の情報をどこかから、それも殯に悟られぬように入手する必要がある。更に言えば、その間に自身が捨駒になる事を忌避せねばならない。
     誰が敵で誰が味方なのか、それを見極めねばならない。まずはそれが先決だ。
     ふと、視線を通廊の外――窓の外へと投げる。徐々に空が白み始めている。間も無く世界は黎明を迎えるだろう。今日も暑い日が始まるのだろうか、と考えた自分があまりにもおかしくて、思わず小さな笑声を漏らしてしまう。
     夜が明ける。そして今日もまた、誰かの血が流れるのだろう――それを知っている白風は、再び表情に暗雲が垂れ込み、唇を引き締めて歩を進める。
    (いつまでも人の上に胡坐を掻いていられると思うなよ、〈禍神〉。貴様らは必ずや、私の手で――――)
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