鎖錠の楼閣

    一次&二次の小説やネトゲやゲームの記録記事を更新してるブログ

    Home > 神戯 > 【神戯】042:神戯に到る〈其ノ玖〉【オリジナル小説】

    【神戯】042:神戯に到る〈其ノ玖〉【オリジナル小説】

    ■タイトル
    神戯

    ■あらすじ
    「最後の遊戯を始めよう」――世界を滅却した絶対神、〈禍神〉である四人の少年少女が始めたのは、最後の一人になるまで殺し合う遊戯――【神戯】。《神災》に因って世界人口が百分の一にまで衰退した百年後の世界を舞台に紡がれる悪夢の遊戯録。その全容が今、紐解かれる――

    ▼この作品は【鎖錠の楼閣】、【小説家になろう】(http://ncode.syosetu.com/n0899k/)、【ハーメルン】(https://novel.syosetu.org/94282/)、【風雅の戯賊領】(http://huuganogizoku.web.fc2.com/)、【カクヨム】(https://kakuyomu.jp/works/1177354054881697929)の五ヶ所で多重投稿されております。

    ■キーワード
    R15 残酷な描写あり オリジナル戦記 異能力バトル 冒険 群像劇 狂気 殺し合い/デスゲーム 架空戦記 戦争 外道 超能力 異世界 ダーク 遊戯 バトル エンターテイメント

    ■第42話

    042:神戯に到る〈其ノ玖〉


     宵になる前の時間帯に、梶羽は〈異人研究室〉【中央人民救済枢軸国】支部へと帰還した。
     支部の入口は、空き家の一室に隠してある配電盤を弄ると、床に地下へ続く階段が出現する仕組みになっている。
     そもそもこの空き家は、外見上そうなっているだけで実際には空き家ではない。家主の事は判らないが、誰かが買い取ったものだという事くらいは想像が付いている。荒れ果てた室内を呈しているが、それでもここは民家であって、廃屋ではない。
     地下へ続く階段を下りると、自動的に階段を隠すように床が動いて、閉まる。地下には電灯が点っており、階段を踏み外すような事は無い。ただ幅が狭く、大人が二人も並べばそれだけで一杯になってしまう。比較的新しい床に見える、清潔な階段を下りると、無機質な色を湛えた通廊が現れる。いつものようにどこか凝ったような空気が充満した通廊を、梶羽は急ぐでもなく突き進んで行く。
     ――ふと、視線を腕時計に落とす。時刻を確認すると、瞳を眇めて、再び顔を上げる。
     やがて彼女は『室長室』と記された木版が掲げられた部屋をノックすると、返事を待たずに開け放つ。
     中は職員や〈忌徒〉が起臥している部屋よりも幾分か広めの間取りで、高級とまでは言わないが小奇麗な造りになっている。本棚には小説や漫画が目一杯に詰め込まれ、一見して居住者の幼さを窺わせる。デスクに向かっていた室長の少年が、椅子の軸を回転させて振り返る。
    「遅かったっすね、梶羽。――惑香はどうしやした?」
     群青の着物を纏った、糸目の少年――律はいつも通りの涼しげな表情で、早速梶羽を質した。そんな風に白々しく声を掛けられると察していた梶羽は、皮肉った笑みを口許に刷くと、透かさず切り返した。
    「その事だが……どうせなら全員の前で報告させてくれねえか? 場所は――総合演習室でどうだ? あそこなら、〈忌徒〉を呼ぶにしても問題ねえ、――だろ?」
    「どうして全員の前で報告しなければならないのか、その理由を聞かせてくれやすか? 俺に報告すれば、それで事足りると思いやすが」
    「はッ、手前だけに報告して、全員にその情報が伝わらなかったら意味がねえだろ。……解らねえのか? もう俺は手前を信じちゃいねえんだよ、――室長殿」
     睨み合う……そう形容しても差し支えない空気が、両者の間に流れている。
     先に折れたのは、言うまでも無く律だった。
    「――構いやせんよ、全員呼ぶ訳にはいきやせんが……可能な限り手を尽くしやしょう」
    「あと、亜鳩は絶対に連れて来い。絶対にだ」
    「……何故?」律の顔に怜悧な笑みが滲み出る。
    「手前は自分が下した命令も忘れたのか? 黒宇の事を話さないといけねえだろうが、あいつにだけは、絶対に」
     再び沈黙が場を制する。律に目論見がバレたら、それでもう梶羽の死は確定したも同然。彼が疑問に思う事全てを躱し、何とか自分の望む展開に進めなければならない。
     律は凍える眼差しで梶羽を捉えたまま、身動ぎ一つ取らない。静かな――そして身を削るような時間が、刻々と流れる。
     梶羽の背中が僅かに汗ばんだ頃、律はやはり折れてくれた。
    「……仕方ありやせんね、手配しやしょう」
    「初めッからそう言やいいんだよ、手前は。――報告は一時間後に行う。絶対に来いよ? 室長殿」
     室長室を後にし、梶羽は通廊で大きな嘆息を漏らした。これで――ファーストステップクリア。次が、一番大事な段階だ。梶羽は胸の中に疼く感情を必死に抑えながら、通廊を進んで行く。

    ◇◆◇◆◇

    「……いいのか? 相手の策略に乗ってやるようなものだぞ」
     梶羽と入れ違いで室長室に足を踏み入れたのは、律の側近――覇一だった。
     革製の服に身を包み、サングラスを掛けたいつもの姿で、ノックも無しに入って来る。話を確りと立ち聞きしていたらしく、表情はいつに無く険しい。
     律は椅子を回転させて、覇一ではなくデスクに向き直ってから、開口する。
    「……いいんすよ、覇一。何せ、俺の作戦は崩されやしたから、ちっと変更しなくちゃならなくなりやしたし」
    「……何の作戦が崩されたんだ、とは訊かないが……その作戦が崩れた時、お前と殯と言う〈禍神〉はどうなるんだ?」
    「殯は負けやがりやした。軍配は僅かに俺に上がってしまいやした。それが――現状、一番憂慮すべき点っす」
     覇一の顔が怪訝に曇る。律の言っている事がすぐには理解できず、眉根を寄せつつ、質問を重ねる。
    「相手が負けて、お前が勝ったのなら作戦は成功なんじゃないのか? 何が不満なんだ」
    「現状っすよ」律は振り返って、涼しげな表情を一変、冷めきった無表情に移ろわせる。「初戦からやってくれやしたよ……初ッ端から殯のペースで始まったんすから……」
    「何を言ってるんだ? どうして負けた殯が優遇されてるんだ? 勝利したお前のペースで事が進むのが道理だろう?」
    「そいつがね、違うんすよ。殯と俺の特性は、言ってしまえばシーソーなんす。始めに負けた方が後で勝つ……始めに負け続ければ、後で勝ち続ける。そんな、言わばジンクスが有るんすよ」
     覇一は数瞬、惚けた顔で律を見つめていた。やがて口許に苦笑を刷き、肩を竦めてみせる。
    「ジンクス、か。お前がそんなものを信じるタイプだとは思わなかったな」
    「くっくっくっ、これが中々馬鹿に出来ないんすよ、覇一。俺達はそうやって強くなってきたんすから。……いや、俺が、っすかね」
     殯に有利に働くゲームでも、最後まで諦めない。努力を惜しまず、何度も何度も繰り返し挑み、やがて――正攻法で叩きのめす。そういう性分だからこそ、律は殯と一対一でも負けない強さを手に入れた。最強の座が欲ければ、最強を斃せば済む。その単純な原理を、律は真っ向から行う人間――否、〈禍神〉なのだ。
    「だからこそ、俺は〈忌徒〉を向かわせて内偵活動を行わせた……自身の戦力を削る行為っすが、それで絶対に勝てないと言う訳ではありやせん。でも――まさかここまであっさりと相手がズタボロにされちまいやすと……嫌な巡りと感じずにいられやせん」
    「ジンクスはあくまでジンクスだろ、律。何にしろ、お前は初戦を白星で納めたんだ、それは誇れる事じゃないか? 次からも同じように勝利を納めていけば、何れは脅威たる殯も殺せる。そうだろう?」
     励まそうとしている訳ではない。長として、迷っている姿を部下に曝させる訳にはいかない。律がそういう面を部下に見せない事は承知の上でも、覇一はそれを可能な限り見させないように手を尽くす。それが副官としての責務だと感じていた。
     律が同じ事を延々と悩み続けるような性分ではないと、覇一は知っている。それ故、これ以上言葉を掛ける必要は無いとも、心得ていた。
     律は「……そっすね、」と難しい顔を解き、僅かな微笑を口許に塗した。
    「それに、まだもう一つ、外せない大事がありやしたね」
    「……梶羽か。奴がどんな謀を企んでいるのか、お前は知っているのか?」
    「勿論、知りやせんよ。……覇一も、調べようとしてやせんでしょう?」
    「……身内を調査しようなどとは思わん。俺の力は、あくまで外敵にのみ使わせて貰う」
    「くくっ、外敵が身内にいないと考える辺り、頼もしい限りっす。……さて、梶羽。あんたは俺を愉しませられやすか――――?」

    ◇◆◇◆◇

     やがて外が薄い闇に包まれる頃――〈異人研究室〉【中央人民救済枢軸国】支部、総合演習室にて報告会が開かれた。
     出席したのは、律室長、覇一副室長、報告者である梶羽、梶羽が出席を要請した亜鳩、柿輪に加え、更にもう一人の少年。
    「……マガツも来たのか。この閑人め」
    「ふぇえ!? 僕、来ちゃダメだったのぅ!? 呼ばれたから来たのに……」
     梶羽の軽口に激しく動揺する少年。“マガツ”の愛称で呼ばれる彼の本名は――凶星(マガツボシ)。露骨に名前負けしている、情けない顔の少年。年齢は十代後半。鮮やかな金髪をリーゼントにし、金色のサングラスを掛け、更に服装は金色の特攻服と、派手を極めた格好で統一している。頬には裂傷が走り、見たままで言えば不良――併も数世紀前の存在と言える。
     その顔が、更に情けない色に染まり、ぐずぐずと洟を垂れ始める。
    「僕だけ除者にするなんて酷いよぅ……」
    「…………」
     熟々〈忌徒〉だとは信じられない人物だと梶羽は思ったが、恐らくこの場に居合わせる殆どがそう思っているに違いない。
     隣に立っていた亜鳩が、百八十は在るかと言う長身の凶星の頭を撫で、あやし始める。百六十も無い上背の小柄な、更に華奢そうな少女が、長身のヤンキー染みた少年を慰める様は、傍目に見ても異常この上ない。
    「で、報告を聞かせてくれんだろ? カジ。……ま、言わなくてもその様子見りゃ、察せられるけどな」
     呟いたのは二メートル近い長身を誇る坊主頭の青年――柿輪。これで梶羽の一歳年下と言うのだから侮れない。見ようによっては親父そのものだ。梶羽はそんな風に柿輪を捉えていた。
     柿輪の発言で、一瞬顔を曇らせる亜鳩。凶星を撫でる手が止まり、表情が険しくなる。
     それも当然の反応だ、と梶羽は柿輪を見ながら舌を打つ。不用意な発言してんじゃねえよタコ頭、と小声で呟く。諜楽がいたら間違い無く聞き取られていただろうな、と思いながら。
     総合演習室の入口と称すべき、入ってすぐの部屋で、それぞれの場所に立ち、中心に立つ梶羽を見据えている〈忌徒〉の面々。亜鳩の視線はどこか怯えた様子が窺えるし、柿輪の視線にはどこか醒めた――説明しなくとも承知済み、と言う意志が表れている。
    「では、始めて貰いやしょうか。――報告を」
     律がいつもの剽悍な物腰で梶羽を促す。だが、梶羽はすぐには応じず、室長へと視線を投じ、報告ではない言を放つ。
    「――室長。報告をする前に、幾つか聞きてえ事が有るんだが……いいか?」
    「……ほう? 何すか?」
     物腰は穏やかだが、恐らく律としても梶羽の意図を探っているのだろう。視線を梶羽に固定したまま、小さく口を動かす。
     梶羽は現時刻を、腕時計で確認せず、目測で測る。あともう少し……内心冷や汗を掻きながら、梶羽は律へと質疑を放つ。
    「あんた、この作戦を始める前に言ってたよな。〈忌徒〉二名を内偵に送り出した後、帰還できなかったら、その〈忌徒〉二名を殺害するために、もう二名送り出す――と」
    「……それが?」
    「〈忌徒〉二名を助け出すのなら話は分かるが、何故、殺害を命じた? 何故、捕獲された仲間を殺害するような真似を、手前は敢行させたんだ? 理由を聞かせろ。この場に居合わす全員が納得できるような訳を、な」
     一瞬、覇一が顔色を変えたのが梶羽の視界に映り込んだ。それを確認して梶羽は内心ほくそ笑む。
     恐らく副官である彼は知っているのだろう。律が何故二名の〈忌徒〉を殺害するように命じたのかを。故に、戸惑っている。それを証明すると、この場にいる全員を敵に回す可能性が有るからだ。
    (それでも証明できるのか? 身内を全員敵に回してでも、釈明できるとでも吐かしやがるつもりか? ――律!!)
     梶羽は、自身が立てた推測は恐らく間違っていないと自負している。室長――律は恐らく、仲間同士で殺し合わせようとしたのだ。その意図するものが何か解らないだけで、その過程に間違いは無い筈だ。
     梶羽は表面上、怒りを彷彿させる表情で律の素顔を捉え、離さない。対する律はあくまで涼しげな表情に徹し、自身に落度が一切無い事を顔で表していた。
    (……流石に動揺は無い、か。これしきの事態で表情を変えるようでは室長なんざ務まらないってか、コノヤロウ……!!)
     梶羽がもう一言付け足そうと開口しようとした瞬間、律が徐に口を開いた。
    「それがどんな理由であれ、あんたが命令を違反した事には変わり無いんすよ、梶羽」
     ――空気が凍りつくような感覚が、総合演習室に走る。
     どうして知っている……!? そう、思わず言葉に出そうになるが、喉で堰き止める。
     どよめきと共に猜疑の視線が梶羽に突き刺さる。
    「どういう、意味だ……? カジ、手前は一体何を……?」
     柿輪が事情を呑み込めない様子で戸惑っている。その関心は完全に梶羽に向き、初めに質問を放った梶羽の言葉など、疾うに忘れられているに違いなかった。
     こうも容易く場を引っ繰り返されるとは……!! 梶羽は思わず奥歯を軋らせた。
     律は常に涼しげな表情でこちらを見つめている。まるで――“お前の手の内は読めているぞ?”――そう無声で伝えるかのように、泰然自若としている。
     皆、梶羽に視線を向かわせ、事情の説明を無声で要求してくる。まずはそれに応えねば、場を制する事など叶わない。
    「……命令を違反しただァ? どういう意味か俺には理解できねえな。俺は命令を遵守し、最後まで貫いたために、……惑香を失った。それとも、惑香を失った事が命令違反だとでも吐かしやがるつもりか、手前は?」
     探りを入れたつもりだった。どこまでカードを読まれているのか、その確認――そういう意味での返答だったが、律はまるで“甘いな”とでも言いたげに口の端を歪める。
    「命令を遵守した? 嘘はいけやせんねぇ、報告に虚偽を混ぜれば犯罪っすよ? ――見つけておきながら、逃がした〈忌徒〉が一名、いるんじゃありやせんか?」
     梶羽は血の気が引くような想いに囚われた。どうして、判っているんだ。全てを見透かされているのか? 千里眼でも持っているのか、手前は……ッ!?
     梶羽が二の句を告げられなくなっていると、ふと弱々しい声を漏らす者が現れた。
    「カジさん……っ、どうして黙っているの……っ? ちゃ、ちゃんと報告してくれないと、僕が疑われちゃうよ……っ」
     弱々しい――情けないとまで思わせる、相手を恐れての発言。
     梶羽が瞠目して視線を向ける先には――声には全く合わない、派手な格好を施した少年の姿が。
     凶星。その異能は――〈天眼(ルック)〉。遥か遠方――十キロ先でも見通せる、千里眼とまではいかないまでも、広い視野を持つ力。
     見られていたのか? ――違う、監視されていたのか……!!
     梶羽は自分の読みの甘さに奥歯を噛み締める。惑香は監視のために呼ばれた〈忌徒〉ではなく、もう一人の監視役の目を誤魔化すためのカモフラージュだったのだ……ッ!!
     凶星に睨みを利かせると、彼は「ひぃっ」と怯えた様子で巨体を縮こまらせる。その所作の一つ一つが今は苛立ちを加速させる。
    「……流石は天下の室長様だ、二重三重の罠はお手の物って訳だ。……いつまでも見下したままでいられると思うなよクソッタレ。いつか地獄に落としてやるからな……!!」
     溢れ出る憎悪と激情を律の顔面にブチ撒ける梶羽。それに対しても律はどこまでも冷静で、且つ泰然と応じる。
    「固より地獄逝きが確定していやすからご安心を♪ ……さて、聞かせてくれやせんかね? どうして――黒宇を逃がしたのか、を」
     全ては想定内だと言うのか。梶羽の行動を悉く先読みしての発言だと言うのか。
    (……じゃあ、こっから先も、手前は読めていたのか? だとしたら俺の完敗だぜ、律。だがな、これが読めねえようじゃ、手前はまだ――――)
     ――俺を掌握できてねえんだよ!!
     梶羽は緩やかな仕草で腕時計に視線を落とす。――定刻だ。
     その行動の意図を読めなかったのだろう、律が僅かに眉根を寄せた――次の瞬間だった。

     ――緊急事態を知らせる、警報が鳴り響いたのは。

     総合演習室にも付けられていた紅い回転灯が点り、一気に場を緊張の渦に叩き込む。――が、その刹那だった。
     律の体が、壁に叩きつけられたのは。
    「げふッ」と肺から空気が抜ける音と同時に、律の体が壁に磔にされる。足が浮き、まるで首を絞められているような状態だが――首許にそれらしい手は見えない。不可視の右手――〈在手〉と言う異能の力だ。
     律の行動を一瞬だけでも止められたらこっちのものだった。梶羽は刹那に律の両目を潰し、彼の行動を更に制限する。
    「ぐァッ!!」と両目を押さえて蹲る律。両目からは透明な雫と共に、紅い液も流れている。これで、数分――否、数秒は動きを制限できる。奴は〈禍神〉――不死の性能を保持しているのだから、高速で再生されていくのは熟知している。ここからは時間との勝負だった。
    〈在手〉を使って亜鳩の手を引き、刹那に総合演習室の扉を開け放つ。通廊も赤い回転灯の光で蹂躙され、視覚的に気分を害しそうになる。亜鳩は何が起こったのか理解できない様子で、躓きそうになりながらも追い駆けてくる。――否、無理矢理引き連れられてくる。
     通廊を出て間も無く、梶羽は走りながら告げた。
    「ハト、外でクロが待ってる。そこまで、――走れるな?」
     短い言だったが、亜鳩はそれで事情を呑み込めたのだろう。こくん、と確り頷くと、自分の力で走り出した。
     走りながら通廊を振り返っても、追い駆けてくる者は皆無だった。
    「へッ、律のクソヤロウを出し抜いてやったぜ。……次に逢ったら手前もブチ殺してやるから覚えてやがれ、クソがッ」

    ◇◆◇◆◇

    「な、何がどうなってんだ一体……!?」
     総合演習室で狼狽えているのは何も柿輪だけではなかった。凶星も怯えたようにその場に蹲り、「怖いよぅ、怖いよぅ」と頻りに呟いている。
     その中で一人、眼球を潰されて蹲っていた律は、両眼が再生するのを見計らって、傍らで次に起こる事態を警戒していた覇一に言を飛ばす。
    「――覇一、落ち着きなせぇ。この場にもう脅威は無い筈っすよ」
    「律!? これは一体……!?」
     赤い光を放つ回転灯を見やると、次に律は放送用のスピーカーに目を移す。
    「……やられやしたね……まさかここまで周到な罠をしかけていやすとは……完全に俺の落度っす、まんまと出し抜かれやした」
    「何がどうなってる? 緊急事態は解るが、どうして何の放送も入らない? 管理室の者は何をやってるんだ!?」
     通常なら緊急事態を知らせる警報が流れれば、管理室の人間がすぐに緊急の放送を入れる手筈になっている。仮に施設内で火災が起これば、それを報せる旨を放送する筈なのに、それが一切無い。これでは職員は何が起こっているか分からず、パニックになるのは言うまでも無い事だ。
     律はそれを冷静に分析――恐らく真実だと思われる想像を告げる。
    「既に殺されてるんでしょうや、管理室の人間は諸共全員。それで、何かが起こっても、緊急を報せる警報だけが自動で鳴り出して終わる……つまり今現在、この施設は何かしらの脅威に曝されていると見て間違いありやせん。俺が考えるに――、侵入者が妥当っすね」
    「侵入者だと? どうやって入り込める、この施設に? 入るには配電盤の暗号キーを正確に打たなければならないんだぞ? どうしてそれを知っている? ――いや、その前にどうやって入口を見つけたと言うんだ? 空き家となっているんだぞ、入口の民家は」
    「恐らく梶羽が手配をしたんでしょうや。……惜しい逸材を敵に回しちまいやしたねぇ、全く。――覇一、職員全員に脱出を勧告するために管理室へ向かっ――――」
     ――向かって下せぇ、と言い終わる前に、更なる異常が施設内を駆け巡る。
     何の前触れも無く警報が鳴り止み、回転灯が消え、――電灯の全てが明かりを落とした。
     沈黙の闇に閉ざされる施設。――が、それも一瞬の出来事で、次の瞬間には非常灯が点る。
    「電力が落ちた……?」覇一が呆然と呟きを発する。
    「――これで管理室へ行っても無駄足になると証明されやしたか。……くくっ、覇一。本当の敵は灯台下暗しだったようっすよ」
    「言ってる場合か!! どうするつもりだ? 律。お前の推論が当たっているなら、侵入者が施設内に入り込んでるんだろう? このままでは職員が皆殺しにされるぞ!!」
     覇一の声には判り易い程に焦燥が表出していた。完全に意表を衝かれ、これからどうすべきなのか方向性を見失っている。
     律は非常灯だけで照らされる薄暗い室内を見渡し、大声で告げる。
    「覇一。あんたは非常用の出口から柿輪と凶星を連れて逃げて下せぇ。俺はこれから賊の掃討を行いやす。――出来やすね?」
     覇一は焦燥に駆られた表情を僅かに引き締めて頷き、柿輪はまだ事情を呑み込めていない様子だったが、「お、おう。分かった」とよく分かっていない風に応じる。
    「逃げる……? もう、ここにはいられなくなっちゃうの……?」
     蹲ったまま泣き顔を曝す凶星。亀のように丸まっていた体から首だけ伸ばして一堂を見やる所作と、その派手な姿はまるで似つかわしくないが、それでも最早異論を唱える者はこの場にいなかった。
     律が短く頷き、総合演習室の扉を開け放つ。
    「こっからが本番っすよ、皆の衆。……思わず本気を出したくなっちゃうじゃあありやせんか、――カジ」
     その口許には、いつの日か浮かべた、凶悪を通り越した魔的な笑みが、酷薄に滲んでいた。
    関連記事

    Comments

    post
    Comment form

    Trackback

    Trackback URL