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    【戦戯】030.GAMEOVER〈2〉【オリジナル小説】

    ■タイトル
    戦戯

    ■あらすじ
    遠い未来。戦争が当たり前のように行われる荒廃した世界で、或る男に一本の電話が入る。「君にゲームをして貰いたいんだ」……それが悪夢の始まりだった。――ひょんな事からチームを組んだ四人の男女の、狂れたゲームの物語。

    ▼この作品はブログ【鎖錠の楼閣】、【小説家になろう】(http://ncode.syosetu.com/n3582cz/)、【ハーメルン】(http://novel.syosetu.org/73083/)、サークルサイト【風雅の戯賊領】(http://huuganogizoku.web.fc2.com/)、【カクヨム】(https://kakuyomu.jp/works/1177354054881703366)の五ヶ所で多重投稿されております。

    ■キーワード
    R15 残酷な描写あり 戦争 ライトノベル 銃撃戦

    ■第35話

     030.GAMEOVER〈2〉


     端末の上に飾られていた遺骸がオウカ皇国の皇女である事は、ヴェルドはその亡骸を一瞥しただけで把捉していた。
     彼女の遺体がここに祭られている事は、民警が即座に爆撃を敢行できない理由になる。死亡が確認されて初めて爆撃を敢行……ないし、或る程度の躊躇が生じる以上、問答無用の爆撃までの制限時間は想定しているよりも長く見積もって良い。
     ヴェルドはゲートラウンジの方に駆けながら、咄嗟に横合いに跳んだ。その一瞬後を銃弾が掠めて飛来する。肩口に裂傷を刻みながら、弾丸は石柱に着弾し、弾痕を穿つ。
    「逃げてんじゃねえよ! どうしたよ、アァ!? 俺を殺すんじゃなかったのかよ、アァ!?」
     咆哮を上げながら、再び銃撃を加える臥堂。銃弾は的確にヴェルドが隠れた石柱に突き刺さる。
     彼の狙撃力は格段に上昇――否、あれだけ理解に苦しむ腕前が、完全に改善されている。彼は、当てる力を会得……否、“取り戻した”のだろう。
     端末の前で自信満々にアサドを構える臥堂を見て、ヴェルドは察していた。今までの彼とは異なると。――“当ててくる”と、確信できた。故に、今まで必要としなかった回避を、ヴェルドは行った。
     折れた左腕を庇いながら、一度だけ深呼吸を挟む。
     臥堂の箍は外れた。奴は完全に己を殺すために牙を剥いている。容赦も躊躇も無い。己と言う存在を殺す事に何の利益も生まない事を理解しながら、納得しても尚、殺害を是とするその姿勢に、ヴェルドは苦笑を禁じ得なかった。
     彼は子供だ。ムカつくから殺す。頭に来たから殺す。面倒臭いから殺す。ウザいから殺す。――殺したいから、殺す。
     短絡的に、己の欲望を満たすためだけに、殺戮を敢行する、度し難いクズだ。
    「……臥堂、お前は考えた事が有るか?」
     弾丸が石柱を削り、破片が飛び散る。ヴェルドは眼前で破壊された石柱の破片を無視し、臥堂に聞こえる声量で語り掛ける。
    「私達は、このゲームが始まった瞬間から、死を定められていた」
     臥堂の足音が聞こえる。銃撃は止まない。石柱が次々に破砕され、抉られていく。
    「私達は、どの瞬間に死んでも、マスターシックスの、世界の益となる。そういうシステムで構築された、ゲームだった」
     飛び出してきた臥堂のアサドの遊底を握り締め、銃撃を強制的に止める。
     放熱で右手が焼ける。それでもヴェルドは手を離さず、臥堂の両眼を睨み据える。
    「それでもお前は抗うのか? ここで抗っても、お前は民警に殺されるだろう。民警を皆殺しにするか? 次は軍隊がお前を殺しに来る。軍隊も皆殺しか? 世界を敵に回してもお前は戦うのか? 人類全てを皆殺しにして、お前は何を糧に生きていくんだ?」
    「うるせェッ!」
     皮膚の焼ける臭気が漂う中、臥堂はアサドを離し、飛び蹴りをヴェルドの左腕に叩き込んだ。
     折れた左腕が悲鳴を上げるも、ヴェルドは眉根一つ動かさずに臥堂の飛び蹴りを受けきり、握り締めていたアサドを放り投げると、臥堂の右足を掴み、――石柱に背中を叩きつけた。
    「かッ、は……ッ」肺腑から気息が強制的に吐き出され、臥堂は一瞬痙攣する。
    「考えろ。お前はどう足掻いても死ぬ。私を殺しても、民警を殺しても、軍隊を殺しても、世界を殺しても、お前は――――死ぬんだ」
    「……ッ、死ぬ事が分かってんのに、抗いもしねえクソッタレが何をほざきやがる!」
     右足を掴まれたまま、臥堂は左足を跳び上がらせ、ヴェルドの側頭部に渾身の蹴りを叩き込む。通信機が砕け、小さな爆発と共にヴェルドの側頭部に火傷を刻む。
     側頭部で爆発した衝撃に耐えるようにふら付いたその瞬間を狙い、臥堂はヴェルドの顔面に拳を叩き込む。全力で放った拳撃に、ヴェルドは更に後退――せず、一歩だけ後退ると、踏み止まって臥堂の顔面に向かって右手を突き刺す。
    「プァッ」鼻血を噴き出しながら倒れ込む臥堂。「……ぐ、くそ……ッ、……いいや俺は死なないね、手前をぶち殺して、邪魔ならマーシャもぶち殺して、民警も、軍隊も、世界も皆殺しにして、生き残ってやらあ!」
     立ち上がりながら宣言する臥堂のこめかみに回し蹴りを叩き込むヴェルド。その衝撃で通信機が破壊され、小爆発を起こして臥堂のこめかみを焼いた。
     思いっきり蹴られた臥堂は頭から床に叩きつけられ、動かなくなった。三半規管が揺さ振られて動けないのか、あまりの痛覚に悶絶しているのか、判然としないが、臥堂は蹲ったまま、すぐに動き出す気配は無かった。
    「……正しい戦争、正しい殺戮。この荒廃した世界を、正しい世界に導くには必要な工程だ」鼻血を拭いながら、蹲ったままの臥堂の左足を踏み砕――――く直前、ヴェルドの顔に拳が突き刺さった。「クァッ」
     踏鞴を踏むも、倒れる事無く踏み止まるヴェルド。鼻を潰されて眩暈がするも、眼前に立ち塞がる最強の傭兵を見やって、歯を食い縛る。
    「……貴女は、――貴女なら、今どうすべきか、判っていると思いましたが」
    「……」ファイティングポーズを取りながら、マーシャは冷たい眼差しでヴェルドを見据える。「ヴェルドサンを止めなきゃいけない事ぐらい、判っているヨ?」
    「私を止めても、……殺したとしても、何の解決にもならない事を、貴女程の傭兵なら、判らない筈が無いと思っていましたが、どうやら見込み違いだったようです」片腕でファイティングポーズを取りながらマーシャを睨み据えるヴェルド。「難儀ですよ、貴女程の傭兵を敵に回さなくてはならないなんて――」
    「――“殺意”が、足りないヨ」
     ヴェルドが知覚するより早く踏み込んだマーシャの回し蹴りが右腕を圧し折りに刺さる。一瞬反応する事が出来なかったヴェルドだが、蹴撃を受けた瞬間にローキックをマーシャの地に着いている方の足――右足に叩き込む。
     マーシャはヴェルドの右腕に突き刺した左足を起点に跳び上がり、ヴェルドの蹴りを躱すと共に、その頚椎を叩き折らんとばかりに右足を突き刺し――たが、折れている筈の左腕で防御したヴェルドは、宙を舞うマーシャの内蔵目掛けて拳を打ち込む。
     内臓を破砕する程の拳撃にも拘らず、マーシャは一瞬痛苦に表情を歪めただけで、決定的なダメージには繋がらなかった事をヴェルドは察知する。
     宙返りをして、ふわりと着地したマーシャに、ヴェルドはラファルを一挙動で構え、――発砲。マーシャは避ける素振りも見せずにそれを見据え――通信機と共に耳が爆ぜ飛んだ。
    「……私が貴女を本気で殺すつもりが無いと、確信しているようですね」全身から発せられる痛覚からの熱に朦朧としながらも、ヴェルドは口を開く。「貴女なら、私が斃れても、このゲームを正しくクリアしてくれる、確信が有るからです」
    「“違うネ”」マーシャは倒れ込んだまま動かない臥堂に視線を向け、再びヴェルドを見据える。「ボクに託そうとしているのだったら、腹を割ろうヨ。時間が無いんダ、“ボクが殺してしまうダロ?”」
     ヴェルドが放つ殺意とは比肩できない、重力が増したかに思える程の、純真無垢の殺意の奔流。
     マーシャは“まだ”知らないのか。このゲームの正しいクリアの仕方を。このゲームの正しい終わり方を。本当に、まだ気づいていないのか。
    「……マーシャさん。私が、嘘を吐いているように、見えますか?」
     呼気が荒い。生存のための力が枯渇寸前にまで減衰している。この狂ったゲームを正しく終わらせるための活力が、失われようとしている。
     己が斃れた時点で、このゲームは――――
     マーシャは側頭部から滴り落ちる流血にも構わず、ヴェルドを見据える。
     ヴェルドは沈み込みそうになる意識を懸命に支え、マーシャを見つめる。
     互いの挙動を、一挙手一投足すら見逃さないように穴が開くほど、見る。
     ――不意に、マーシャの瞳に“理解の色”が広がった。
    「――アハッ、そうか、ヴェルドサン、ボク、判っちゃった!」嬉しげな感情が花開くマーシャ。「やっぱりヴェルドサンは、“殺さなくちゃならないナ”!」
     ヴェルドの表情に初めて焦りが生じ、次の瞬間にはマーシャはアサルトライフルのリュンクスを刹那に組み上げ、一切のラグも無く射撃――ヴェルドの内臓を爆砕した。
     銃撃の衝撃で吹き飛んだヴェルドは三メートル近く滑空すると、石柱に叩きつけられて動かなくなった。
     硝煙が靡く、静かな世界。マーシャはのんびりとした動きでリュンクスを折り畳むと、端末の元へと戻っていく。
     それを虚ろな瞳で見送っていたヴェルドは、――口唇に、“笑み”を刻む。

    ◇◆◇◆◇

     監視カメラに浮かぶマーシャ・チェルニャフスカヤはディスクが刺さった端末を軽快に操作し、――起動。五分後にニーリー空港が焦土と化す未来が確定した。
    「ん~、これで状況はほぼほぼ完了か~」
     暗室で伸びをする女。あらゆる監視カメラの映像を解析・観測しているが、どこにも異常は無い。空港内は三つの動体を映していたが、今やその動体も一つしかない。
     マーシャ・チェルニャフスカヤだけが生き残り、他のプレイヤーは全て死亡。更にマーシャ自身が空港に弾道弾ミサイルを撃ち込む手筈を敢行したから、五分後には彼女も死亡し、このゲームはこれを以て完遂を迎える。
     女――ルカは今一度計器類とモニターに映る空港内の映像を確認する。マーシャは弾道弾ミサイルを起動させた後も脱出を図ろうとせず、ヴェルドと臥堂が倒れ伏している場所に戻って、ちょこんと座り込むだけで、抵抗の意志は見せない。
     残念ながら通信機が全て破壊されてしまった今、監視カメラでしか彼らの動向は窺えないし、音声も入ってこない。彼女が仲間の死体を見つめて何を思い、何を口にしているのか気になる所ではあったが、ルカはそれを愛しそうに見つめる。
    「こちら“ウォッチャー2”。コード“ハートロッカー”は最終段階へ移行。五分後に作戦を終了します、マスター」
    「報告ご苦労、“ウォッチャー2”。何も異常は無いかね?」
    「滞り無く、恙無く。欲を言えば、ヴェルディエット・ガレイアなら最後まで立っていると思いましたが、最後の瞬間を迎える事は難しそうですね」
     板チョコを噛み砕きながら苦笑を浮かべるルカに、マスターシックスも呆れた笑声を返す。
    「いいや、彼なら最後の瞬間に立ち会えるだろう。彼の図抜けた生命力を、君が知らない訳が無い筈だ」
    「……最後まで目が離せないのは、変わりませんね」
     あらゆる戦場を共に駆け抜けてきたルカだからこそ言える、感想。
     ヴェルド――ヴェルディエット・ガレイアはあらゆる不可能を可能にする、生ける伝説とさえ言わしめる、戦士だ。特務機関の戦闘員から傭兵に堕ちても尚その実力は健在――故にこそ、ここまで辿り着き、剰え最高のフィナーレを迎えようとしている。
     ルカにはこのゲームと称された世界規模の殺戮ショーの末路に興味も関心も無かったが、ヴェルドがマスターシックスの思想に賛意を見せ、最後まで恭順に従い、観測していたルカでさえ不可能だと思っていた作戦を、無事に成し遂げたのが、意外と言えば意外だった。
     ヴェルドは部隊にいた時から何を考えているのか分からない、不思議な男だった。部隊で共にあらゆる戦場を駆け抜けていた時ですら覗けなかった深淵が発露した時、ルカはやっと彼の事を理解できた気がした。
     彼はやはり、人間として常軌を逸していた。マスターシックス……世界を統べているとされる七賢の一人の言を理解し、賛意を示し、従順に履行する姿を見て確信した。傭兵・戦士としては一流だが、彼の人間性は著しく狂っている。
     併しルカ自身、マスターシックスが成そうとしている事……即ち世界の強度を上げると言う行為には、少しずつ関心が芽生え始めていた。人間性を逸しているとは言え、人間を、そして世界を管理・運営している者が思索するその仕儀の果ての世界とは、如何なるものなのか。
     ヴェルドはマスターシックスが成そうとした世界の有り方の礎として己の死を容認したが、仮にルカが同じ立場に置かれたとしても、彼と同じ選択をする事は有り得ないと結論が出る。己の死と世界の強度を天秤に掛けて、どうして己を捨てるような痴愚同然の決断を、即断即決で下せるのか。……彼は、おかしいから、異常だから。それ以上の結論が出ない。
    「……マーシャ・チェルニャフスカヤが何か喋っていますね」
     監視カメラの映像以外の情報が得られない現在、彼女が何を喋っているのか想像に委ねるしかない――訳ではなかった。監視カメラの映像を抽出・解析・想定される言語を当て嵌める事で、疑似的に読唇術染みた事が可能になる。
    『……ゲームオーヴァー、ダネ。ボク達の、負けダ』
     そう呟いたと解析された瞬間、彼女の体がよろめいた。
     腹部から赤い液体を滴らせ、ゆっくりと立ち上がる。
     監視カメラは映している。マーシャ・チェルニャフスカヤの背後――アサドを構えた臥堂征一を。

    ◇◆◇◆◇

    「……どうしたよ、ご自慢の高性能センサーはよォ」
     硝煙を靡かせるアサドを構えたまま、鼻血を滴らせ、臥堂は血液の混じった唾を吐き捨てた。
     じわじわと紅い波紋を広げる腹を押さえながら、マーシャは臥堂を見据えて、小さく微笑んだ。
    「……臥堂サンなら、ボクを攻撃しないって、信じてたんだケドナ……」
     弱々しい笑みを刷きながら、マーシャはゆっくりとした動きで臥堂の前に立ち塞がる。クナイを抜き放ち、逆手に構える。
    「……殺さなくても、あと三分もせずに、皆死ぬヨ……?」
    「“あぁ、知ってる”」銃口を下ろさず、眼光鋭く応じる臥堂。「“だから今殺すんだ”」
     銃声が弾けた瞬間、マーシャのクナイが閃き、弾丸は背後の石柱を破砕するに留まった。
    「……臥堂サン。ボクはネ、気づいてたんダヨ。途中からだったケドネ」荒い呼気を落とし、マーシャは臥堂に笑いかける。「皆死ぬ、誰も助からないルートに入ってしまった、っテ。ボクだけじゃない、ヴェルドサンも、刃蒼サンも、皆きっと、考えてたんダヨ。どうやったら、――最良のルートを辿れるかッテ」
     マーシャは弱々しく笑いかけるが、臥堂は彼女に対して無慈悲に射撃を続ける。一切の容赦も呵責も無く、心臓、頭に狙いを定め、銃撃を加える。
     臥堂の殺意に対し、マーシャは全てクナイで弾いて返した。皆死ぬと分かっていて、あと三分もせずに全員退場すると知っていても、マーシャは抵抗する。最後の瞬間まで、“トゥルーエンドに到達するまで”。
     ガキンッ、とアサドの遊底が下がったまま、動かなくなった。
     これで銃撃が止むとマーシャが思った瞬間、臥堂はアサドを放り投げ、――走り寄ると、マーシャのレヴァーに拳を突き刺す。
     マーシャは即応、臥堂の拳を両腕で挟み込み、――腕力だけで、臥堂の右腕を圧し折った。
    「がッ、アァッ!!」激しい痛覚に臥堂が跪く。「クソ……ッ、クソクソクソッ!! どうして殺せねェ……ッ! お前みたいなクソアマを、どうして……ッ!!」
    「……臥堂サン」腹部からの出血で意識が朦朧としているマーシャだったが、臥堂の頭を優しく撫でて、語り聞かせるように口を開く。「ゲームオーヴァー。ボク達の冒険は、ここで終わりなんダ。だから……」そっと抱き締め、背中を叩く。「だから……マーシャ先生の次回作に、ご期待クダサ――――」
     ――爆発が、崩壊が、空港を襲った。

    ◇◆◇◆◇

    「――弾道弾ミサイルの発射を確認! 着弾地点はニーリー空港です!」
     通信機を片手に絶叫を上げる部下に、影狼とグランツだけでなく、その場に居合わせた民警全員が瞠目する。
    「馬鹿な!? 皇女殿下の安否の確認が為されていないのだぞ!?」グランツが吼え立てた。「着弾予想時刻は!?」
    「もう三分も無いとの事です……!」
     正気の沙汰ではないと、影狼は尋常ならざる焦燥感に襲われた。
     これは民警の意志ではない。確かに爆撃を敢行せよと指示したのは影狼だが、中にはまだ安否不明の皇女がいるのだ、問答無用で爆撃するなど有ってはならない事だ。
     併し――併しだ。これだけの惨事を現出させたテロリストが、皇女を存命させたまま籠城すると言う展開はどうしても想像できない。彼らは恐らく――否、確実に皇女を殺害している筈だ。“そう仮定して”爆撃に踏み切った上層部がいても、何ら不思議ではない。
    「総員退避ーッ!」グランツの大音声が爆ぜる。「着弾予想地点から離脱せよ!!」
     慌ただしい大移動が始まる。だがこれで……これでやっとこのテロリズムは終幕を迎える。テロリストが人質と共に心中を敢行し、虚無に到る。誰が何のために犯した罪なのかも闇の中に葬り去られ、世界を混乱させるだけ混乱させて、その主犯は綺麗サッパリ消え失せる。
     影狼は逃げようとしていた足を踏み止まらせ、振り返る。
     本当に、――本当に、この事件はこれで終わりなのか? 彼らは空港の中でミサイルの直撃を受けて、全滅する。助かる見込みは無い。生き残る確率は絶無だ。にも拘らず――影狼の胸中に湧く不穏な芽は、どうしてもその現実を見ようとはしなかった。
     彼女は……あの道化は、何と言っていた? ここで、何を目撃しろと言っていた? 何のために、道化は己をここまで誘導した? 稚気に惑わされて、己は大事な何かを……ここで己が為さねばならない事は、彼女にとって何の益になるのか。
    「退避ーッ! 退避ーッ!!」
     グランツの大音声が思考を削いでいく。訳も分からず全力で駆け出す民警の隊員から、無理矢理視線を剥ぐ。
     逃げなければならない。弾道弾ミサイルが着弾するのだ、死にたくなければ、被害を被りたくなければ、誰もがそうする、そうして“当たり前”だ。
     道化は、何を“見るな”と、言った?
    「“お客様”」
     ――――“ぞわり”、と背筋が粟立つ気配に、影狼は思わず背後を振り返った。
     そこには走り逃げ惑う民警の姿しか映らない。
     だが、確かに影狼は見た。見えないし、感じないが、確かに、――“いる”。
    「“これにて、終幕です。幕の裏は、……お客様が観るべきでは、御座いませんよ”」
     ――刹那、耳に掛けていた通信機が爆発し、影狼の耳を焼いた。
     衝撃と鋭い痛覚で倒れ込み、意識が断線する。
     朦朧とする視界だったが、“観てしまった”。
    “二つの太陽を”。
     次の瞬間、世界は爆音と光に包まれ、あらゆる色と音を刈り取った。
     終わりが、来た。

    ◇◆◇◆◇

    「――――状況終了。空港に設置した監視装置オールロスト、空港内の生存反応オールロスト。“ウォッチャー2”、これより作戦から離脱します」
     通信機から聞こえるルカの報告に、マスターシックスは朗らかな表情で頷き、「了解、帰投し給え」と通信機に声を掛ける。
     滞り無く、恙無く。
     ゲームは無事に終了を迎えた。
     勝者は無く、敗者も無い。
     世界を蝕む病原菌同士を殺し合わせ、
     世界の免疫力を向上させるための、
     つまりは、世界のための、健康管理。
     これでまた世界は少しだけ健康に近づき、
     不要な老廃物を取り除く事に成功した。
    「――主様、わたくしもお仕事が完了致しました事、ここにご報告致します!」
     通信機が拾った音声に、マスターシックスはご満悦の表情で「ご苦労、君も帰投し給え」と鼻息を落とす。
    「畏まりました♪」嬉しげな声で応じる女声。「ところで主様。演劇は無事に幕を下ろしましたが、未だ舞台に立つ演者はどう為さいますか?」
    「あぁ、榊蕃の事かね」不満そうに表情を曇らせるマスターシックス。「彼は今回のゲームに係わったとは言え、ゲームの本質に触れる事が無かった者だ。放逐し給え」
    「お優しい主様……! それではそのように! またのご利用、楽しみにお待ちしております♪」
     通信が途切れ、マスターシックスは大きく伸びをして、己を見上げる部下に向かって大仰に拍手をしてみせた。
    「ご苦労、これで今回のゲームは無事終了だ。後片付けに入ってくれ。解散」
    『お疲れ様でした!』部下の唱和が弾ける。

     これにて悪夢の“ゲーム”は終結に到る。

     GAME OVER

    ◇◆◇◆◇

     ……一か月後。
     陽気な空の下、一人の少年がオープンテラスでカフェラテの香りを楽しんでいた。
     澄み切った空気の中、客足は多く、人の出入りは激しい。その中で少年はカップを揺らしながらゆったりと中身を舌で味わう。
    「申し訳ありません、お客様? 相席、宜しいでしょうか?」
    「ん?」
     ウェイターが苦笑いを浮かべて佇んでいるのを見て、少年は小さく首を否と振った。
    「いや、相席は断らせて貰うよ」
    「それが……どうしてもあなたと相席されたいと申されまして……」
    「ほう?」カップをテーブルに戻し、ウェイターを正視する少年。「私は断ると言った。それが答だ、下がり給え」
     ウェイターは苦笑を浮かべていたが、やがて真顔になると、ゆっくりした所作で少年の対面に腰掛けた。「そう連れない事を言わないで欲しいな、私の事を忘れてしまっているのも、頂けない」
     ウェイターの帽子をテーブルに置き、髪を整えて、少年を見据えるウェイターの男。
     その眼光の鋭さに、少年は見覚えが有った。
     故にこそ、思考が凍り付く。
    「さて、貴方はこう言いたいと思います。“何故生きているのか”――と。何故だと思いますか? 考えてみてください、考えが纏まるまで待ちますよ。……そうですね、そのカフェラテでも飲みながら」
     テーブルに置かれた、少年が使っていたカップを持ち上げ、カフェラテの風味を愉しむ男。
     少年は思考も表情筋も舌も凍り付いたまま、黙って男を見つめる事しか出来なかった。
     男はカフェラテを舌で転がした後、優雅にカップをテーブルに戻した。その表情には余裕が満ち溢れ、少年を見下すような色が仄かに浮かんでいた。
    「“分からない”――そう受け取りますよ、“マスターシックス”」
    「……“ヴェルディエット・ガレイア”……何故、君は……」
     少年が立ち上がろうとしたその時、後頭部に円筒形の何かが押し付けられた。
    「“座れよ”。相席をご希望だって言ってんだろ?」下卑た笑声が、少年の背後で湧く。「てっきりガキみてえな声した爺だと思ってたんだけどよ、本当にガキなんだな、こいつ」
     ――銃口だと、分かった。
     ゆっくりと、少年は椅子に腰を落ち着ける。
    「……“臥堂、征一”……!」
    「自分、クラウンさんの話聞いとらんかったんか? こんな姿しとるけど、中身は二百歳以上のお爺ちゃんやで」ウェイターの隣の席に腰掛ける、スーツ姿の男。「併しまーアレやな。これで二百云歳って言われても、普通は納得せんわな、うんうん」
    「……“刃蒼、瑞賢”……!」
    「ラスボスに相応しいじゃないデスカー! 不老不死のワールドマスター! それでこそ、ここまで辿り着いた価値が有りマスヨー!」和装の女が、少年の顔を覗き込むように身を乗り出してくる。「ウーン、でも、ボクの好みじゃないカナー。もっとキャワワッ、って感じじゃないトナー」
    「……“マーシャ・チェルニャフスカヤ”……!」
     眼前に現れる亡者の群れに、少年は呼吸をするのも忘れて硬直してしまう。
     そこに、ゆっくりとした所作で現れた女に、遂に瞠目の限界が来た。
    「御機嫌よう、お坊ちゃま♪ 一ヶ月振りだけど、ご健勝でいらしたかしら?」
     黒のポニーテールを靡かせて、優雅に少年の前に近づいてきた女に、少年は驚愕の念を込めて、その名を舌に載せる。
    「――――“鮎川、八恵”……ッ!!」
     少年――マスターシックスは愕然としたまま口唇を震わせるだけの装置と化してしまい、眼前の現実を受け入れる事が出来ずにいた。
     ウェイターの男――ヴェルドはテーブルの上で指を組み、悠然とマスターシックスに視線を送る。
    「さて、マスターシックス。私から一つ、貴方にお願いしたい事が有ります」
    「……」マスターシックスはヴェルドから視線を引き剥がす事も出来ず、歯を食い縛って耐える事しか出来ない。
    「私と、――――“ゲームをしませんか?”」


    【次回予告】

     ――――斯くして、ゲームは終わりを迎えた。

    「徒に世を混沌に導く病魔を、放ってはおけなかったから」

    「じゃあどうするカ。固定ルートに入ってるのナラ、“エンディングを改竄する”しかナイ」

    「俺ァ言ったよなァ?“お前は、俺が殺す”ってよ」

    「わたくしはただの道化ですから、滅したらめそめそ泣いてしまいます!」

    「そら友達も出来んわな」

     終わりの先に、病魔の根絶を――――

    「もう逢う事も無いでしょうが、長生きされる事を祈ります」

    Continued on the next stage……
    【後書】
     次回、最終話です。
     最終話の後に一話外伝を入れて、【戦戯】は完結致します。良かったらそちらもお楽しみにして頂けたら幸いです……!
     と言う訳で多くは語りません。最後で粗方の「何故?」が氷解する予定ですが、「ここってどういうアレだったの?」って謎が残ってたら……それは読者の胸の内に刺さる種として芽吹く事を愉しみにしております(笑顔)。
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    2017-02-06 07:56 
    日逆孝介 No.573
    > 更新お疲れ様ですvv
    >
    > 復習まだです!!でも読んじゃいました!!
    > ヤヴァいです!!(語彙消失)
    > ?マークが20個ぐらい頭の上に浮かんでおりますw
    >
    > 今日はこのぐらい!
    > 最終回楽しみに待ってますよ~(それ読んでから復習しよう、うんそうしようw)

    感想有り難う御座いますー!

    復習は犠牲になったのだ!w
    ヤヴァい!!(感染する語彙力
    その?マークが最終回で全て払拭できれば、いいなぁ……!w

    最終回、ぜひぜひお楽しみにー!
    2017-02-06 00:19 
    tomi No.571
    更新お疲れ様ですvv

    復習まだです!!でも読んじゃいました!!
    ヤヴァいです!!(語彙消失)
    ?マークが20個ぐらい頭の上に浮かんでおりますw

    今日はこのぐらい!
    最終回楽しみに待ってますよ~(それ読んでから復習しよう、うんそうしようw)
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