鎖錠の楼閣

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    【神戯】039:神戯に到る〈其ノ陸〉【オリジナル小説】

    ■タイトル
    神戯

    ■あらすじ
    「最後の遊戯を始めよう」――世界を滅却した絶対神、〈禍神〉である四人の少年少女が始めたのは、最後の一人になるまで殺し合う遊戯――【神戯】。《神災》に因って世界人口が百分の一にまで衰退した百年後の世界を舞台に紡がれる悪夢の遊戯録。その全容が今、紐解かれる――

    ▼この作品は【鎖錠の楼閣】、【小説家になろう】(http://ncode.syosetu.com/n0899k/)、【ハーメルン】(https://novel.syosetu.org/94282/)、【風雅の戯賊領】(http://huuganogizoku.web.fc2.com/)、【カクヨム】(https://kakuyomu.jp/works/1177354054881697929)の五ヶ所で多重投稿されております。

    ■キーワード
    R15 残酷な描写あり オリジナル戦記 異能力バトル 冒険 群像劇 狂気 殺し合い/デスゲーム 架空戦記 戦争 外道 超能力 異世界 ダーク 遊戯 バトル エンターテイメント

    ■第39話

    039:神戯に到る〈其ノ陸〉


    「また新手が来やがったか……!!」
     梶羽が舌打ち混じりに怒りをぶち撒け、通廊に現れた新たな人間に視線を向ける。
    〈救世人党〉の祭服を身に纏った女。怪我をしているのか右腕を三角巾で吊るし、それが原因なのか頬が僅かに上気している。彼女をどこかで見た記憶が有る、と脳裏に不確定なノイズが入る。記憶が囁く内容は、彼女の姿を見たのが最近だと言う事。それも、重要な内容だった筈だと告げている。
     場が混乱しているためすぐに思い出せなかったが、黒宇の一言で記憶が刹那に蘇る。
    「白風……ッ!!」
    「――党首補佐の白風か!」
     奥歯を軋らせて、憎悪と共に眉間に皺を寄せる黒宇。二人の間に有る因縁に就いては梶羽の関知するところではなかったが、彼女の出現は梶羽にとって初めての好転だった。
     白風は左手一本で薙刀を携え、現状を刹那に把捉したのだろう、鋭い眼差しで二人の〈忌徒〉に視線を投げかけ、背後から駆け寄って来る一団へと命令を下す。
    「そこの賊を捕らえろ!! 生死は問わん!!」
     白風の背後から走って来たのは、僧侶姿に加えて、手に大刀を携えた人間の群れである。そう広くも無い通廊を二列に整列し、素早く二人へ向かって行進する様は、軍隊のそれを思わせる。
     黒宇がようやく辛うじて動ける状態になったのを見て、作戦の一つを遂行すべく、不可視の右手――異能〈在手(ハンド)〉を行使し、シャツの裏地に隠していた書簡を掴み、白風の体に叩きつける。〈在手〉とは梶羽の感知できる範囲に発生させる事が出来る質量の塊……距離は然して関係無く、どこにでも飛ばす事が出来るのだ。
     だが、幾ら不可視の右手とは言え、書簡のような可視の物体を運ぶとなれば、その様は一目瞭然だ。それを判らせないようにするため、事前に手を打つ。
     ――窓硝子が甲高い音を立てて破砕する。
     突如として巻き起こる硬音に、一同は瞠目して動きを停める。何が起こったのか現状を把捉するために周囲を警戒する。そして窓硝子が割れた事を認知する。そこへ視線が集中したのを見計らって、梶羽は不可視の右手に書簡を握り、視界に入らぬ中空――それも天井付近を走らせ、白風の胸に叩き込む。
    「あぐッ」
     白風が不意の攻撃に尻餅を着いたのを見て、梶羽は黒宇に声を掛ける。
    「――外へ飛び出せ!!」
     言いつつ梶羽は自分の手で割った窓硝子の許へと走り寄り、――硝子の破片を薙ぎ壊しながら、中空へと体を躍らせた。地上五階の高さが有れば落下した時の衝撃は凄まじい。打ち所が悪ければそのまま地獄まで落ちる事になりかねない。
     併しそれも〈在手〉の異能が有れば問題にならない。
     落下している自身の足許に〈在手〉を出現させ、一時的に足場として利用し、落下速度を軽減させる。それを黒宇と交替で施し、中空を飛び跳ねるようにしてゆっくりと地上一階まで下りて行く。
     地上に下り立つと梶羽は黒宇に肩を回し、駆けて行く。右腕が無くても黒宇が左腕を回す分には問題無い。
     二人が【大聖堂】の裏門から姿を消すのは時間の問題だった。

    ◇◆◇◆◇

     地上五階の高さを物ともせずに逃げ果せた二人の賊を見て、是烈は歯噛みする。何と言う強さだ! と自分の脆弱さをこれでもかと噛み締める。
    「奴らを追え! 裏門にいる僧兵に連絡を取り、連携せよ!」
     そんな中に有りながら白風は冷静さを失っていなかった。的確に指示を出し、是烈の許へと歩み寄る。
    「大丈夫ですか? 一体、何が起こったのですか?」
     心配しているように映ったが、恐らくは上辺だけの感情だろう、そんな気がした。
     是烈は鳩尾を押さえながら立ち上がると、端的に告げる。
    「殯が……現れました……」
    「…………!!」
     初めて見た気がする。白風の表情が変化を遂げた瞬間を。
     併しそれも一瞬だ。すぐに無表情に切り替え、是烈を見やったまま、冷厳に言葉を紡ぎ始める。
    「……どこに、行ったのですか?」
    「――答えて下さい。あれは、〈救世人党〉が――」
    「――これ以上人死にを増やしたくないッ!!」
     是烈の言葉を遮って白風は怒号を吐き散らした。切羽詰った表情で是烈を睨み据える彼女に、最早余裕は微塵も感じられなかった。何を恐れてこんなにも焦燥しているのか。それが手に取るように判った。
     是烈としては勿論退きたくない。だが、現状が逼迫しているのもまた事実だ。こんな所で無駄に争論している余裕は無い。是烈は「……向こうです」と通廊の先を指差した。
     ――途端、白風が走り出す。右腕を怪我しているとは思えない軽やかな動きで、通廊を駆け抜けて行く。その様に一瞬、瞠目した是烈だったが、慌てて自分も脚を動かした。鳩尾の痛覚が止まず、顔を顰めての漸進となった。
    「肩くらい貸してくれたって良いじゃないかよ、クソッ」
     舌打ち混じりに毒を吐きながら、是烈は白風の後を追って走る。
    (〈牙〉さん、無事でいて下さいよ――――)

    ◇◆◇◆◇

     通廊を駆け抜け、やがて殯は通廊の先に在る巨大なステンドグラスを突き破って階下――中庭に跳び下りた。それに〈牙〉が追従する。
    【大聖堂】と言う巨大な建造物の内部に忽然と姿を現す屋外空間である中庭に天井は無く、快晴の空を拝む事が出来る。地面は天然の芝生で、昼寝するには絶好の場所だ。隅には椅子とテーブルが用意され、天気の良い日にはしばしば午餐会が開かれる。
     五階分の高さを落下しながらも、殯は咄嗟にドレスの中から拳銃――〈水弾銃(すいだんじゅう)〉――正式名称〈空気膜水弾式銃(くうきまくすいだんしきじゅう)〉を抜き出すと、中空で照準を合わせ、〈牙〉の土手っ腹に風穴を穿つ。
     銃声は無いに等しく、〈牙〉の脇腹を、空気の膜に覆われた水の弾丸が貫通して行く。――が、〈牙〉は痛覚を無視し、三節槍を中空で投擲すると、殯の心臓を穿ち返した。
    「ガべッ」と思わぬ一撃に喀血し、殯は中庭の芝生へと叩きつけられる。投擲された槍が、殯を芝生に縫いつけ、行動を制限する。――起き上がる事が、出来なくなる。
     すとん、と軽やかに舞い下りた〈牙〉は、外套の下から短剣を抜き放つ。動きに無駄も隙も無く、そういったものを悉く削ぎ落とした動きで殯の首を刈り取るに走る。
     心臓を貫き、地に縫いつけている槍に向かって、殯は再びドレスの中から別の得物を抜き放つ。それは先刻、賊の少女を斬殺した時に使われた、小型の電動鋸のような短剣だった。柄に付いている電源を入れると、刃に付随している歯が回転し始め、ヴィィィィン、とモーターが起動するような音が鳴りだす。――〈救世人党〉の開発班が手掛けた代物、〈回転刃式短剣(かいてんばしきたんけん)〉で突き刺さっている槍の柄の部分を刹那に切り裂き、喀血しながら体を横に曲げる。――とは言え、体を貫いている槍は、まだ体の中に残っている。内臓を掻き混ぜるような悪寒が殯の身中を駆け抜けるが、構わずその場から脱した。
     完全に殯が戦線に復帰する前に片を付けるつもりで、〈牙〉は短剣を彼女の首に向けて振り抜く。目にも留まらぬ一閃――それは起き上がる直前の殯の〈回転刃式短剣〉により停められた。――ぃぃんッ、と涼やかな鋼の音色が響く。
     続く一撃は殯が先手を打つ。続け様に〈牙〉が短剣を突き出した瞬間、殯はその短剣を躱す事も受け止める事もせず、短剣を持つ右手へと〈回転刃式短剣〉の刃を走らせ、――刹那に斬り飛ばす。
     どっ、と〈牙〉の右手首から先が芝生に転がり、更に出血が辺りを赤く染め上げる。〈牙〉は殯を見つめて更に外套から短剣を抜き放つ。左手に握り締める短剣――どれだけ得物ぶら提げてるんだこいつはッ――殯の口許に凶悪な笑みが浮かぶ。
     殯は心臓に槍の先端を喰い込ませたまま、大量の汗を顔に浮かべながらも、〈牙〉を見据えて立ち上がる。鮮血が鼻からも口からも漏れ出ていたが、それに構う素振りは見せない。
    「かッはァ、ひはぁ……っ、さ、流石だよ〈牙〉くん……百年のブランクが有るとはとても思えないね……でもさ、この場は一度、お開きにしない……?」
     粘り気のある血液を吐きながら、殯が停戦を口にする。〈牙〉も息が上がっているのか、肩を上下させながら荒い呼気を仮面越しに漏らしている。〈牙〉には右手が無く、脇腹には風穴が穿たれている。殯は心臓を貫かれたまま。両者ともに生死に係わる怪我を負っているのは明々白々だった。――が、二人は、
    「見ての通り、どっちも満身創痍だし、――判ってるんでしょ? あたし達は不死身なんだから、この戦いに意味は無いの。〈神騎士〉を殺さない限り、あたし達は死ぬ事が無いんだから」
     ――二人は、〈禍神〉である。残存する〈神騎士〉が全滅しない限り、両者には不死が約束される。この場でどれだけ殺し合おうと、互いが際限無い痛苦を味わうだけで、共に死に至る事は無い。
     ……だが、
    「そんな事は解ってるんだよ、もっちゃん。だけど――そんな事で引き下がるような男だったかな? ――俺」
     短剣を左手一本で構え、警戒心を露にした動きで躙り寄る〈牙〉。殯も、〈回転刃式短剣〉を握り直し、相貌に邪悪な色を添えて笑む。
    「ひはっ、やっぱりぃ? 流石はあたしの親友サマだ……。その粘り強さとタフネスな根性は称賛に値するよ!!」
     殯の喚声を裂くように、〈牙〉が刹那に踏み込む。人が出せる速さを凌駕した速度で肉薄した〈牙〉は、短剣を大きく振って殯の左目を切り裂く。すぱ――と眼球を抉られた殯は、えも言われぬ悪寒に曝されながらも、口許を凶悪な感じに吊り上げるのを止めず、〈回転刃式短剣〉で肉薄した〈牙〉の喉を掻っ切る。
     ――〈牙〉の喉から大量の血液が迸り、咽るような血臭が鼻腔を貫く。純白のドレスを満遍無く紅く穢し、殯は更に返す刃で〈牙〉の心臓を狙う。――が、その前に〈牙〉の短剣が〈回転刃式短剣〉を握る右手を斬り飛ばす。殯の右腕から先が消失――同時に鮮血を撒き散らす。
     殯は腕を斬られた瞬間に作戦を変更し、姿勢を低くして左手を地面に突いて軸とし、回転蹴りを放つ。〈牙〉はそれを咄嗟にバックステップを踏んで躱し、更に殯が体勢を戻す前に再び踏み込む。
     殯は回し蹴りが失敗に終わった事を察する間も無く、左手首のスナップのみで自分の体を跳び上がらせ、斬り飛ばされた右腕の手首を左手で掴み、〈回転刃式短剣〉を再び手中に納める。
     ――その瞬間、〈牙〉が背後より急接近し、跳び蹴りを殯の背中に叩き込む。強烈な一撃に、殯の体は顔面から芝生に叩きつけられる。受身は取れなかったが、それでも殯は即座に行動を再開、仰向けになるために芝生を転がって行く。
     そして殯が仰向けになって起き上がろうとした瞬間、右足に短剣が突き刺さった。それが殯に痛覚を与えて一瞬、動作に隙が生まれる――その瞬間を狙って、〈牙〉が再び外套の下から抜き放った短剣を使い、仰向けになった殯の首へと振り抜く。
     首が刈り取られる直前に殯は左手で〈牙〉の左手を切り落とす。手首が再び宙を舞い、芝生に転がる。〈牙〉はそれでも攻撃の手を止めようとせず、殯の胸に足を踏み下ろし、更に自由だった左手にも足を踏み下ろし、完全に動きを凍結させる。殯は当然ながら、体を足で縫い止められているために、動く事は出来ない。
     仰向けになっている殯の視線の先にある〈牙〉の喉から大量の血液が滴り落ち、殯の顔のみならず総身を真っ赤に染め上げて行く。凄惨を極める惨状で、――〈牙〉が嗤ったような気がした。
     喉を掻き切られようと、両手を切り取られようと、〈牙〉はまだ優位に立っていた。絶対的ではないが、この場を掌握する分には問題の無い優位性を、彼は手にしていた。
     殯自身、心臓を穿たれ、右目を抉られ、右手を断たれ、満身創痍どころか死んでいないとおかしい域にまで攻撃されている。更には胸と残った左手すら足で踏み躙られて行動を停止されては、打つ手無しだった。
    「えふっ、げほッ、……ふ、ふふふふ、ひひゃはははは……。さぁ、両手をもがれた〈牙〉ちゃん、ここまで焦らしておきながら、チェックが打てないなんて残念ねぇ? ごふっ、う、ぐ……ッ、ひへっ、あと一手、あと一手が足りないみたいねぇ?」
     行動を封じられ、全身を傷だらけにされて尚、殯は余裕の笑みを崩さない。これ以上〈牙〉が何も出来ない事を知っているための暴言だった。後は彼が撤退するのを待つのみ。
    「……ごぶっ、げぼァ、……くくく、はっはっはっはっ……」
     ――その余裕を見て尚、〈牙〉も嗤いを止めなかった。喀血を繰り返し、喉から大量の空気と血液をばら撒きながらも、彼は言葉を連ねた。
    “これで終わりじゃない”と、彼は告げる。
    「もっちゃん……俺がいつまでも弱いままでいると思うなよ? ぐぶっ、げ、か……っ。この百年を閑日月に過ごしてた訳じゃないんだ……ごほっ、かふっ……“俺を失望させるな”」
     殯の胸に乗せていた左足を離し、踵を地面に当てる、――と。爪先から鋭利な刃物が突き出した。仕込み靴――防災服には、そういったギミックも搭載されている。
     その瞬間、初めて殯の顔から余裕の笑みが消える。そんな隠し玉があるなんて聞いてない。〈牙〉を入念に調査していたからこそ、この初めての展開に殯は驚愕を隠せない。
     殺される――否、実際に死ぬ事は無いが、この状況は非常に不味い。殯の頭の中で危険信号が点る。全てが手遅れだったが。
    「ひへへへっ、まさか初手でチェックなんて……あんまりじゃない? ――〈牙〉」
     引き攣った笑み。どうにかしなければ――その想いで溢れ、殯は巧く舌が回らない事に気づいた。このままでは、このままでは……ッ!!
     殯の想いを知ってか知らずか、〈牙〉は酷く静かな声で、真っ赤に染められたドレスを纏う少女を諫める。
    「もっちゃん……油断大敵って言葉、知ってる?」
     ちき、と爪先から生えた刃を、殯の首に添える。ちくりとした痛みが、殯の肌を裂き、悪寒が総身を駆け巡る。
    「偶には最下位の辛さを思い知ろうね、――もっちゃん!!」
     足が大きく振り被られ、殯の首を刹那に刈り取る――――

    「――そこまでです!!」

     大音声が、中庭に響き渡る。
     殯の首を四分の一ほど抉った瞬間、爪先の刃が止まる。大量の血液が首から走り、芝生を更に凄惨な色に染め上げて行く。
     爪先を引っこ抜き、〈牙〉は視線を背後へと向けた。
     そこには――予想通り、三角巾で右腕を吊り、薙刀を構え、祭服を身に纏った女――白風が佇んでいた。
     彼女だけではない。〈牙〉と殯を囲むようにして、狗の面を被った人間が六人、静かに佇んでいる。皆、大刀を握り締め、凝然と〈牙〉を見据えている。恐らく白風の号令一つで〈牙〉に襲い掛かるだろう。〈牙〉は静かに言を発する。
    「それが――〈救世人党〉の総意か? ――白風」
     告げる〈牙〉の語調は冷え切っていた。凍える冷気を湛えた言葉を浴びせられた白風は、一瞬口を噤み、体を身震いさせた。人と〈禍神〉の間にある歴然とした差がそうさせるのだろう。
     敬語など、最早介在する余地は無い。次に発せられる一言で、その厖大なる殺意の矛先が決まる。それを解っているだけに、白風は即座に返事を返せない。
     一触即発の事態に移行した場に、更に新たな人間が出現する。
     中庭へ息せき切って駆けて来たのは、若干顔色が芳しくない青年。殯の記憶が正しいならば、確か彼は〈牙〉に仕える副官――是烈と呼ばれる人間の筈。彼は三節斧槍を携え、中庭の現状を素早く把捉しようと視線を彷徨わせる。
    「――〈牙〉さん、敵、ですか……?」
    「…………」
     是烈が声を発した以外に、音と言えば遠くから聞こえてくる戦の音――そして【大聖堂】を揺さ振る轟音。中庭に響く音は、それだけしかなかった。
     殯の左手を踏み躙ったまま、〈牙〉が誰にも聞こえない声量で舌を打つ。これまでか、――と。
    「……〈牙〉様、ここは退いて下さいませんか? このままでは、我々の面子にも係わります。どうか――」
    「――それが君の答か、白風」
    「ッ、……〈救世人党〉の総意と受け取られるのであれば、訂正させて下さい。これは――私個人の、意志です。他の党員は、何も知らないのですから」
    「……そうか。――是烈、俺の手を取ってきてくれないか?」
    「てっ、手!? ――は、はいっ」
     殯の左手から足を離し、ゆっくりと後退する〈牙〉。防災服も真っ赤に染め上がり、酷い様相を呈していた。
    「く――はッ。いいのかい? 〈牙〉。それは、認めるって事で、良いんだよねぇ?」
     仰向けに倒れたまま、殯が嘲弄を盛り込んだ笑声を上げる。〈牙〉は倒れ臥す少女に背を向け、小さく言葉を返す。
    「……一つ、礼を言っておこう。こうなる事を承知で逃げなかったんだろう? ……“愉しかったよ、また――近い内に”」
     捨て台詞を吐くと、〈牙〉は振り返りもせずに中庭を出て行く。歩く速度が速かった訳ではないのに、何故かあっと言う間に視界から消えてしまったような錯覚が、殯の中で湧いた。
     是烈は〈牙〉の腕を拾い上げると、周囲を見渡して睨みを利かせ、走って中庭を脱した。やがて、【大聖堂】を揺さ振る轟音と、戦の喧騒だけしか聞こえぬ静寂が、中庭を包み込む。
    「――くひ、ひひゃひゃひゃひゃ……にゃはははははは!!」
     ――その中に、狂れた少女の哄笑が混じる。
     その少女へ向けて嫌悪を隠しきれない様子で歩み寄る女――白風は、訝るような視線で殯を射止め、諫言をぶつける。
    「……殯様、貴女は何をお考えなのですかッ? 態々敵の前に姿を曝すなど……暴挙も過ぎます!!」
     言っても聞かない事は承知の上で進言した。白風は怪訝な表情のまま、哄笑を上げ続ける殯を睨み据えて、動かなかった。殯はそれを知った上で敢えて哄笑を上げ続け、やがて落ち着きを取り戻すと、愉しげに応じる。
    「ひはははは……あー、ははっ、確かに、今回ばかりは君に助けられちゃったよ、シ~ロちゃんっ♪ ……ふふ、やっぱり想像と実践は違うねぇ……空想で遊ぶのも愉しいけど、やっぱり実際にやってみなくちゃ解らないとはこの事だ。まだまだあたしの思考も甘いなぁ。……百年間寝かせただけの味は有る。後は、それを最後まで遊べ尽くせるか――だにゃ」
     血塗れのドレスを纏った少女は、再び抑えきれない哄笑をぶち撒ける。

    【神戯】は斯くして幕を開けた……
     凄惨を極める殺し合いは、遂に幕を開けてしまったのである――――
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