鎖錠の楼閣

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    【戦戯】029.GAMEOVER〈1〉【オリジナル小説】

    ■タイトル
    戦戯

    ■あらすじ
    遠い未来。戦争が当たり前のように行われる荒廃した世界で、或る男に一本の電話が入る。「君にゲームをして貰いたいんだ」……それが悪夢の始まりだった。――ひょんな事からチームを組んだ四人の男女の、狂れたゲームの物語。

    ▼この作品はブログ【鎖錠の楼閣】、【小説家になろう】(http://ncode.syosetu.com/n3582cz/)、【ハーメルン】(http://novel.syosetu.org/73083/)、サークルサイト【風雅の戯賊領】(http://huuganogizoku.web.fc2.com/)、【カクヨム】(https://kakuyomu.jp/works/1177354054881703366)の五ヶ所で多重投稿されております。

    ■キーワード
    R15 残酷な描写あり 戦争 ライトノベル 銃撃戦

    ■第34話

     029.GAMEOVER〈1〉


     闇が最も濃い時刻に歩いた。
     空港へ到る道に障害物は何も無かった。動く物は何も無い。元は息をしていた生物は悉く死滅し、遠くから聞こえる家屋を延焼する音だけがバックミュージックとして流れている。
     全身を真っ黒な液体で濡らした臥堂はアサドが作動不良に陥っていないか確認しながら、散歩でもするような歩調で空港の前まで辿り着いた。煌々と灯りが差している建造物。その手前には、つい先刻下車したジープと、一人欠いた運命共同体の姿が見えた。
    「……遅かったな」打撲の跡が痛々しい姿のヴェルドが、先刻より弱々しい声で呟く。
    「ズタボロじゃねーかよ? 油断しちまったのか?」愉快そうに口唇を歪める臥堂。「らしくねーな」
    「……」ヴェルドは応じず、臥堂に背を向けて空港に入って行く。
    「ちッ、だんまりかよ」吐き捨てるようにヴェルドの後を追おうと歩き出す臥堂だったが、動かないマーシャに気づいて歩を止める。「どうしたよ? 怖気づいちまったのか?」
    「――臥堂サンは、何も感じないのデスカ?」
     いつものほわほわした表情だが、憂いを帯びた、切なげな色を塗したマーシャに、臥堂は把握が追い付かず、眉根を顰めてしまう。
    「俺はテメエみたいな高性能センサーじゃねえからな、何も感じねーよ」
    「ヴェルドサン、どうして刃蒼サンを殺さなくちゃいけなかったのデス?」臥堂を見据えたまま、ゆっくりと言葉を吐き出す。臥堂に言い聞かせるように、臥堂にも分かるように、臥堂にも知って貰うために、マーシャは言の葉を紡ぐ。「“ゲームをクリアする上で邪魔になる”?“必要な工程でしたから”? そんな理由で、仲間を殺すノ?」
    「殺すだろ普通」平然と応じる臥堂。「邪魔だから殺す。必要だから殺す。それの何がおかしいんだ?」
    「臥堂サンにとってはおかしくないかも知れマセン。でも――“ヴェルドサンにとって”それはおかしくない事デスカ?」
     臥堂の視線の先を行くヴェルドは、片腕を庇って息遣いが荒く、明らかに困憊しているにも拘らず、空港の中に向かう歩調を一切緩めようとしない。まるでそうする事を命じられた機械のように、淡々と己の仕儀を全うしようとしているかのように映る。
     今日一日付き合って、臥堂はヴェルドと言う人間の性質を何と無くではあるが、理解した。彼は合理的にしか動かない。彼には臥堂には認識できない人間の機微を悟り、その裏側を見る力が有り、圧倒的なまでの意志力で物事を達成しようとする程に潔癖症――そう認識できた。
     己が正しい事を信じて疑わない、臥堂にしてみれば面倒極まりない男だ。併し、――否、だからこそ、彼に従えば問題は解決に導かれると言う結果が付いてくる。
     気に入らない奴だが、勝手に面倒事を引き受けてくれる事には好感を懐いている臥堂である、今回刃蒼を殺害した事に関しては、己を処刑人に抜擢しなかった事に不満を覚えても、その行いに就いては何の問題視もしていなかった。
     とは言え、マーシャに言われて臥堂も少しだけ思考を巡らす機会を得た。確かに臥堂自身ならば、“邪魔だから殺す”、“必要だから殺す”と言う思考には全く疑問が無く、寧ろ当然の成り行きだと、それ以上の考思を必要としない。それが定石であり常識だからだ。
     今までのヴェルドの行動・言動を傍で垣間見てきた臥堂。その臥堂と同じ立場でヴェルドを観察してきたであろうマーシャが感じた違和を、臥堂も意識する事が出来た。
     冷酷な面は有る。非情に徹したシーンも見た。けれど、“邪魔だから”、“必要だから”と言う理由だけで仲間を殺害に到るほど、ヴェルドと言う存在は歪んでいたのかと言われたら、即座にYESと言えない感想が浮かんだ。
    「ボクは、ヴェルドサンは隠し事をしていると思ってマス」臥堂を追い抜くように、踏み締めるようにヴェルドの足跡を追うマーシャ。臥堂の隣に立つと、小首を傾げて臥堂の顔を覗き込む。「臥堂サンも、隠し事、してるデショ?」
    「――ッ」思わず心臓を吐き出しかねない想いを懐き、一瞬息を呑んでしまう臥堂。「し、してねーよッ!」
    「ボクには嘘を見抜く力は無いケド――」臥堂の顔を覗き込んだまま静止しているマーシャだったが、不意に頬を綻ばせて笑みを見せた。「臥堂サン、信じてるヨ? 勿論、ヴェルドサンだって!」クルっと回り、ヴェルドの後を追って歩き出す。「――抜け忍は、許さないからネ?」
     ルンルンと声が聞こえてきそうなステップでヴェルドを追うマーシャに怖気を覚えながら、臥堂は二人を追って空港の中に吸い込まれて行く。
     ――想定は、出来ていた。
     ヴェルドや刃蒼の言動から、ここが最終地点となる事は意識していた。併し、あくまでそれは、ここが最後の戦場になる、と言う意味での把握だった。
     空港の中には、端的に言えば地獄絵図が広がっていた。元は生きていた人間が屯していたであろうだだっ広い空間に今在るのは、撒き散らされた臓物と肉片と鮮血の装飾のみ。動体は、闇に沈んだ街同様、一つとして見当たらなかった。
     音が何もしないのは当然だ。生きている人間が、一人もいないのだから。
     噎せ返るような血と臓物の臭気の中、ヴェルドとマーシャがフロアの一角に視線を投げたまま立ち止まっているのを見つけた。
    「何だこりゃ……最後の審判が皆殺しにしたって事なのか?」
     二人に向かって歩きながら呟くと、二人は振り返らずに臥堂を迎えた。
     フロアの一角――空港の一角を改装したと思しきそこには、一台の端末と、その上に首を吊った女の姿が有った。
     女はショーツ一枚の姿で、胸元から股に掛けて刃物で切り刻まれた跡が窺えた。鮮血で読み難くはなってるが、その裂傷は文字となっている。
    『GOAL』と、抉られていた。
    「醜悪なゴールだな」吐き捨てるように感想を漏らす臥堂。「それで? 俺達はここで何をすれば良い? この端末を操作すれば良いのか?」
    「……」苦しげに気息を吐き出し、端末の傍に座り込むヴェルド。「……臥堂。お前の持ってるディスクを端末に挿せ」
     空気が凍り付く音が聞こえた気がした。
     臥堂は数瞬思考が凍結し、ヴェルドを見つめたまま言葉を失う。
    「……な、何言ってんだお前? ディスクは刃蒼の奴が――」「お前の持ってる“本物の”ディスクが必要だと言ったんだ」臥堂の動揺を衝くように畳み込むヴェルド。
     顔面を蒼白にしたまま、臥堂は舌が縺れそうになりながらも必死に抗弁しようと試みて――頭を押さえて歯を食い縛る。
    「……どうして、知ってる?」
     血を吐き出すような質疑に、ヴェルドは苦しげに呼吸しながら、静かに応じた。
    「……刃蒼が車内でディスクを落とした時に、すり替えたんだろう?」
     眩暈がしそうだった。併し、それは……
    「……ヴェルド、テメエは勘違いしてる。俺は――」「何度も言わせるな。お前の持ってるディスクを寄越せと言ってるんだ」「聞けよ! 俺は確かにディスクを持ってる! だがこれは……!」
     ポケットに手を突っ込んで取り出したそれは、確かにディスク――弾道ミサイルをどこでも自由に落とす事が出来る最小サイズの極悪兵器のスイッチ――
    「だがよ、これは――“偽物”だぞ!?」
     臥堂の大声に、併し二人は驚いた様子も無く、淡々と彼を見つめたまま、更なる弁明を待つように、無言で話を促す。
    「確かにこいつは、ディスクそっくりだけどよ、これは……お前らの知らねえ間に、貰ったっつうか、その……刃蒼の奴と取り換えようと思ったけど、俺は……ッ!」
    「“そんな嘘はもう良いんだ”」熱のこもった溜息を落として、ヴェルドは身動ぎする。「あの時お前は、刃蒼とディスクを交換した。刃蒼が持つ本物と、お前が持つ偽物とを、な」
    「――ッ、だから、それは……ッ!」もどかしそうに口ごもる臥堂。伝えたい言葉が見つからず、上手く言語化できずに戸惑っていた。「そうしようとしたが、本物は――」
    「臥堂サンを、ボクは信じるヨ」そっと臥堂の手を握るマーシャ。「臥堂サンは、本気ダ。ヴェルドサンは、何を根拠にそんな事を言ってるんダイ?」ヴェルドを見据えると、臥堂を庇うように立ち開かる。
    「……今、臥堂が手に持ってるディスクが証拠です」辛そうに呼気を吐き出しながら、ヴェルドはマーシャを睨み上げた。「本来刃蒼が持っているべきディスクが、今その手に有るのが、全てを物語っている。違いますか?」
    「臥堂サンは偽物だって言ってるヨ?」
    「どうして偽物のディスクを所持している?」
     マーシャとヴェルドの間に火花が散っているような錯覚がした。
     臥堂には弁明の余地が無かった。信じるに足る証拠は無い。偽物のディスクを所持している時点で、すり替えるチャンスが有った時点で、言い訳も全て水泡に帰してしまう。
     そんな中、マーシャは決して臥堂を非難しようとせず、ヴェルドだけを正視し続けた。
    「偽物のディスクを持ってるだけで、刃蒼サンのディスクと交換していないって、臥堂サンは言ってるヨ?」
    「状況的に考えて、偽物のディスクを持っていて、刃蒼のディスクとすり替えるチャンスが有ったにも拘らず、今も大事に偽物のディスクを所持している理由が有りますか?」
    「可能性はゼロじゃないヨ」
     マーシャの全く譲ろうとしない姿勢に、臥堂は不思議な想いを懐いていた。
     臥堂征一と言う人物と一日付き合って、彼女は己に対してどういう目を向けているのか、今以て分からなかった。信用に足る人物と認められたのか。庇わなければならない存在だと考えたのか。――助ける必要が有ると、信じているのか。
     舌が痺れたように何も言い返す事が出来なかった臥堂だが、不意にディスクをヴェルドに投げ渡した。ヴェルドは驚いた様子も無く、事も無げにディスクを右手で受け取り、小さく気息を吐き出した。
    「お前は本物だって疑ってるようだが、試してみれば良い。そいつは偽物だ、端末に差し込んでも機能しねえと思うぜ」
     吐き捨てるように呟いた臥堂に対し、ヴェルドは感情の塗布されていない顔で彼を一瞥した後、ゆっくりと立ち上がり、端末にディスクを差し込む。
     起動まで一秒と掛からない。表示されたテキストには、こうある。

    『攻撃する地点を指定してください』

    「……おい、おい待てよ、冗談、だろ……?」
     それは、大学施設で見たテキストと同じ。
     弾道ミサイルの着弾地点を指定しろ、と言う意味合いの、短文。
     それは、ディスクが本物である事の証明。
     臥堂は混乱の極みに陥った。あの時、刃蒼がディスクをジープの車内に落とした時、確かにすり替えようと思った。今しかないとさえ感じた。併し――あの時自分は、踏み止まった筈だ。裏切ろうと考えたが、最後の箍が己を制止し、偽物のディスクを持ったまま、最後まで走り抜けようと、そう――考えた筈だ。
     併しそれは幻覚で、己はあの瞬間、意識せずにすり替えていたのかも知れない。道化から渡された偽物のディスクと、刃蒼が持つ本物のディスクを、己の意志ではなく、無意識の中で、すり替えていたのかも、知れない。
     愕然とした想いでモニターを見つめている事しか出来ない臥堂に、マーシャは何も言わなかった。非難も、侮蔑も、否定もしない。この段階に到ってもまだ、マーシャは臥堂を疑ってなどいなかった。
    「――ヴェルドサン。その弾道ミサイルを、どこに撃ち込むのカナ?」
     マーシャの確認の声が、死の世界に響く。
     ヴェルドは端末を眺めたまま、振り返りもせずに、小さく溜め息を零した。
    「……マーシャさんは、どこに落とすと思いますか?」
    「“ここ”――じゃないカナ?」
    「――――は?」
     マーシャの即答に、臥堂は意味が分からないと、思わず声を上げる。
     ヴェルドは答えないし、マーシャもそれ以上言葉を発しない。臥堂だけが理解できず、困惑したまま二人を見つめる事しか出来ない。
    「何……言ってんだ? ここに落とす? 空港を爆撃して、何がしてえんだよ……?」
    「お前は、ここに到ってもまだ理解できないのか」ヴェルドは端末を背に振り返り、歯を食い縛りながら舌を走らせる。「……マスターシックス。私達はゲームを無事にクリアしました。もう、全容を話しますよ」
     マスターシックスからの応答は無い。併しヴェルドは反応を待たずに、臥堂を睨み据えたまま、口を動かし始めた。
    「私達が行った、ゲームと称した殺戮を経て、世界はどうなると思う?」
    「世界……?」言葉の意味が上手く理解できず、脳内で反芻する臥堂。「どうなるって……戦争でも始まるんじゃねーの?」
    「戦争は結果だ。そこまでに到る道程に、マスターシックスは価値を見出している」腕を庇うように支えると、熱い吐息を吐き出すヴェルド。「話を変えよう。人間は、怪我や病気をした時、肉体がどういう反応を起こすか知っているか?」
    「はぁ? どういう反応って……」意味が分からないが、臥堂は言われたままに答を導き出す。「そりゃ、熱とか出すんじゃねーの?」
    「そうだ、発熱や痛みなどの症状を経て、骨折であれば時間経過と共により強固な骨に、感冒であれば治癒と共に、元になった病原菌への免疫力が付く」饒舌に、ヴェルドは語る。「マスターシックスは、現実世界でそれを成そうと考えている輩だ」
    「現実世界で……?」臥堂は反芻すると共に、ようやっと理解の糸口を見つけた。「つまりそれはあれか? 俺達がウィルスで、この世界が人間の体って見立てたのか……?」
    「故に病魔の主(マスターシックス)と名乗っているのだろう」
     臥堂の中で、今まで想像もしていなかった部分が、加速度的に理解と納得のピースで埋まっていく。
     病気。ゲームと称して現実の世界で行った殺戮は、病原菌が人間の体内で様々な症状を発露したと言う暗喩。
     その過程を経て肉体は……つまり世界は、ウィルスを……つまり殺戮者を抹殺して、免疫力を……戦争に対して抵抗するための、戦力を拡充しようとする。
     確かに、これはゲームと呼んでも差し支えないかも知れない。マスターシックスは、徒に傭兵を運用し、世界を混乱させ、無為に人を殺戮し、より良い世界を構築しようとした。
     それが、このゲームの真意だとしたら、あまりに――――あまりに、馬鹿げてる。
    「……ハッ、ヒヒッ、お前、正気か?」臥堂は思わず引き攣った笑声を上げてしまった自分に驚いた。「マスターシックスは、これで世界が良くなると本気で思ってるのか知らねえけどよ、お前も――ヴェルド。お前も本気で、そんな事を思っちまったのか……?」
     常識的な通念が有るなら、あまりにも馬鹿げた話だと思わないだろうか。世界を混乱に導き、戦争を扇動するような事を傭兵にやらせ、剰えそれをゲームと称し、そしてそれで結果的に世界が良くなると――――本気で考える人間が、ここにもう一人いるとは、臥堂には思えなかった。
     確信を以て言える。こんな事を、こんな馬鹿げたゲームをした程度で、世界は良くならない、強くならない、無駄に血が流れるだけの結末しか有り得ない。にも拘らず、この合理主義の塊である男は、そんな妄言を信じてしまったのか。信じる余地など、本当に有ったのか。
     ヴェルドに対して、憎悪と恐怖以外の感情が芽生える。理解不能――この男の思想が、己の通念に対してあまりにも常軌を逸している。それは人間性とでも言うべき要素だろうか。人間として共感できる、共有できる部分が、あまりにも乖離し過ぎていた。
     臥堂の無理解から来る困惑した視線を受けても、ヴェルドの表情に腕の痛覚以外の機微が宿る事は無い。予め定められていた返答を、機械的に返すだけ。
    「……私達が相手にした兵器や、傭兵は、何れこの世界を席巻する未来の兵器であり、傭兵だ」淡々と、骨折による熱を帯びた声で、ヴェルドは語る。「彼らの実験台になりつつ、平和を意図的に崩し、予め想定された戦争を経て、少しずつ、緩やかに、そして明らかに、世界の強度を上げ、傭兵の練度を上げ、兵器の質を上げる。そうしてこの世界は成長していく、“してきた”。そうだろう? ――マスターシックス」
     臥堂にではなく、虚空に投げられた問いかけに、通信機の奥から楽しげな笑声が漏れ出す。
    「ははは、ご明察だよヴェルド君。君は本当に優秀な傭兵だ、ここで散らすには惜しい逸材としか言いようが無い。……だが、そうだね。“だからこそ”君はここで死ぬ以外に選択肢が無いのだ」
     マスターシックスの、愉快そうな声。臥堂は苛立ちと困惑、そして理解不能の想いを表情に噴出させ、歯を食い縛る。
    「じゃあ……じゃあ何か? ここまでの道筋も、戦闘も、殺戮も選択も犠牲も、全部――お前らの想定通りって事なのか……ッ?」
     己が築き上げた屍山血河も。
     己が選択した殺害と犠牲も。
     己が進んで来たこの道筋も。
     全て――何もかも、彼らが計算し、演算し、想定した、定められたルートでしかなかった。
     そんな現実を、認めろと言うのか。
    「……巫山戯ろよ……ッ」アサドを握る指に力がこもる。「俺はな、手前らみたいなクソッタレに操作されるのが、一番、一ッ番嫌いなんだよ……ッ!」
    「そうだな」吐き捨てるように、ヴェルドは臥堂を睨み据えた。「だからお前みたいな奴は私達に操作されるんだ、臥堂」
    「手前ッ!!」アサドをヴェルドに向かって構える臥堂。
    「私を殺しても何の意味も無い。私がマスターシックスならこうする筈だ。まず――空港を閉鎖する」
     ヴェルドが呟いた瞬間、空港内に赤色灯が点り、ガラガラと音を立ててシャッターが下りる音が響き始めた。
     シャッターが閉まる音をバックミュージックに、臥堂はヴェルドを睨み据えたままアサドの銃口を下ろさなかった。
     ヴェルドも臥堂の視線を正面から受け止め、逸らすような真似はしなかった。
     そんな二人を、間に入って止めようとも一方の味方になろうともせず、ただ見守るだけのマーシャ。
     やがて赤色灯が消え、再び空港内に静寂が満ちた。
    「次に――民警で包囲する」
     ヴェルドの呟きに呼応するように、空港の外から拡声器による喚声が響いてきた。
    「貴様らは完全に包囲されている! 直ちに投降し、法の下で罰せられよ!!」
    「そして最後に――」ヴェルドは端末を撫でて、改めて臥堂に視線を転じた。「プレイヤーを、――――抹消する」
    「……もう一度聞くぜ、ヴェルド。お前は、これで世界が本当に良くなると、――信じてるのか?」
     アサドの銃口は微動だにしない。ヴェルドの心臓を狙ったまま、ピクリとも動かなかった。
     ヴェルドは己に銃口を向けたまま睨み据えてくる臥堂に対して、感情が一切塗布されていない顔で、ゆっくりと右手を端末に置いた。
    「……臥堂。お前は、この世界がどうなってもいいと、思っているんじゃないか?」
    「……」臥堂の表情に変化は無い。
    「――飽くなき戦争が続く。徒に民は死に、街は消え、国は亡びる。それが延々と続く。その連鎖を断つには、民が、街が、国が、その連鎖を断てる程の強さを得れば良い」
    「――俺はな、ヴェルド。お前のように何でも知ってる訳じゃねえんだ。民がどうなろうが、街がどうなろうが、国がどうなろうが、――世界がどうなろうが、知ったこっちゃねえんだよ」
    「強い民は、強い街を作り、強い街は、強い国を作り、強い国は、強い世界を形成する。そこに到るまでの過程に、どれだけの犠牲が有ろうと、どれだけの欺瞞が有ろうと、どれだけの悪徳が有ろうと、為さねばならない、為さねば人間は真の意味で終わりを迎えるんだ」
    「俺は俺が生きるために人を殺し、街を壊し、国を亡ぼし、世界を終わらせる」
    「そうだな、だから私は――」
    「そうだぜ、だから俺は――」
    「「お前を殺すしかない!」」
     ――――銃声が、始まった。

    ◇◆◇◆◇

     臥堂とヴェルドが殺し合いを始める時より少し時間は遡り――三人のプレイヤーが空港に吸い込まれて行った場面を、一人の女が目撃していた。
    「……一人足りないぞ、賊徒は四人だった筈だ」影狼はジープに乗車したまま、双眼鏡で三人が空港に入って行ったのを見送り、ジープに内蔵されている通信機――有ろう事かクラウンが乗っていたジープは民警の所有物だった――でニーリー市の民警に連絡を取る。「アズラク市を壊滅させたテロリストをニーリー空港にて視認。至急応援を送られたし」
     通信機からは素早い返答が弾けると共に、夜気に混ざって警報と緊急車両が駆動する音が響き始める。
     ニーリー市に入る時に民警の哨兵がほぼ壊滅していた時は我が目を疑ったが、ニーリー市が保有する民警の練度はアズラク市よりも上……そしてアズラク市の大学施設の時のような失態は二度と演じまいと覚悟を決めていた影狼にとって、今の通信はこのテロリズムの終結に導く最終通牒と言えた。
     これでやっと長い一日が終わる。テロリストは皆殺しにされ、二つの市に跨って繰り広げられた惨憺たる悪夢は覚醒を迎える。最早生存者を確認するまでも無く、空港は爆撃、そこでジ・エンドだ。
     併し――どうしても影狼は腑に落ちなかった。テロリストが一人足りない事が、気掛かりで仕方ない。あの学者然とした青年がいなかった点だけが、歯に物が挟まったかのような違和を与える。
     ここに到るまでの戦闘で落伍した可能性は当然存在する。或いは味方に見捨てられ、殺害された可能性も否めない。あの青年は、戦闘や銃撃戦が得意そうには見えなかったし、何より――テロリストとは思えない言動と態度だったのが、今でも記憶に新しい。
     彼が何らかの反感を買って始末されたと言う展望は、影狼でなくても想定できる当然の帰結の一つと言えた。にも拘らず影狼が意識してしまうのは、クラウンと言う怪物の存在、そして榊と言う怪物の存在が大きい。
     ニーリー市に到着して間も無くジープを影狼に預けた二人は、互いに何を言うでも無く行動を開始し、ニーリー市の闇に溶けて行った。クラウンは「空港に行くと良いと思います! そこがお客様のゴールです!『お客様は見た! 演劇の結末を!』と言うお題目が始まりますので、どうかお急ぎください! 決して他のモノを目に入れてはなりませんよ? 空港にはお客様の求める全てが有ります。ですが、空港以外をお客様が見たら、あぁ! 大変な事になってしまいます! ですから――」と笑いながら姿を消したため、最早彼女の言葉に従わないと言う意志が無かった影狼は、文句を言わず舌打ちもせずに空港が見える場所へとジープを走らせた次第だった。
     現に道化の言う通り、己が渇望した賊徒を発見し、空港と言う閉所に自ら吸い込まれて行ったのは最大の功績だった。彼らが何のために空港に逃げ込んだのか分からないが、後は彼らを空港内に閉じ込め、有無を言わさず爆撃で殺戮すれば、それで事は済む。
     ……そう、最早空港内の人間の安否を気遣う事すら出来ない程には、民警も業を煮やしている筈だ。空港内に誰がいようと、一般市民を鏖殺する事になったとしても、この事件は決着させねばならない。テロリストにこれ以上呼吸させる事は、許されない。
     やがて影狼の視界には無数の緊急車両が駆けつけ、空港の外はあっと言う間に騒然とした空気に包まれた。赤色灯が回り、無数の民警が重武装で空港を睨み据える。通信機を介して事情を掻い摘んで説明した影狼だったが、ニーリー市の民警は既にアズラク市の凶状を把握していたのと、ニーリー市の入り口が賊の襲撃を受けていた事も把握していた事が起因し、スムースに協力できる段取りになった。
     やがて緊急車両の一台が影狼の近くに停車し、中から禿頭の男が出てきた。四十代と思しき男は傷だらけの顔面を隠そうともせずに晒し、影狼の前で律儀に敬礼を取った。
    「本部から通達は受けております、影狼隊長。私はニーリー市を任されているグランツと申します。どうぞご指示を」
    「ご協力感謝する、グランツ殿」影狼も即座に敬礼を返した。「アズラク市を壊滅させた凶悪な賊徒である事は既に把握しているだろうが、最早時間的猶予を与える余地は無い。即、ニーリー空港への爆撃を開始して欲しい」
    「それなのですが……」思わずと言った様子で苦い表情を覗かせるグランツ。「即時爆撃は、幾ら影狼隊長の指示と言えど、難しく存じます」
    「――簡潔に、理由を」
    「ハッ」再び敬礼の形を取ると、グランツは告げた。「現在ニーリー空港内には、オウカ皇国の皇女が囚われていると言う情報が入っているためです」
    「なッ」一瞬影狼は言葉に詰まり、徐々に苦虫を潰したような表情に切り替わっていく。「……それでこの空港を選んだと言う訳か、下郎め……ッ!!」
     周到に要人を確保している……それも国の皇女殿下を支配下に置くなど常軌を逸している。どこまで民警を、そして世界を愚弄すれば気が済むのか。
     これでは確かに問答無用の爆撃は、民警の意志だけでは行えない。仮に行えば国交問題に発展する。ともすれば血で血を洗う戦争の幕開けだ。その発端が民警ともなれば、あまりにも立つ瀬が無い。
     ここまで計算して籠城と言う手段を取ったのであれば、テロリストの狡知に舌を巻くばかりだが、果たして本当にそうなのか? と影狼は疑心を懐いた。ここまで精到に用意されているにも拘らず、当のテロリストの行動に一貫性が有るかと言えば疑問視せざるを得ないのが本音だ。
     何のために大学施設を襲撃したのか。何のためにアズラク市を戦場に変えたのか。何のためにアズラク市を壊滅させたのか。何のために皇女殿下を捕らえて空港で籠城など始めたのか。全て謎に包まれているのだ。
     理由も無く暴動を行う者は確かにいる。併し、これだけ大規模な殺戮を敢行して、ここまで“運良く”事が運ぶだろうか。
     訳が分からない。それが正味の話であり、どれだけ考えても出ない結論だった。
     時刻はやがて黎明へと到ろうと時針を進めている。世界の変更線は過ぎ去り、この地獄が再び釜を開こうとしているのか、それとも――これで、蓋が閉まるのか。
     ――本当に、蓋が存在するのか。
     それすら分からないまま、影狼は空港を睨み据える。その時だ。空港の中から、銃撃が響いてきたのは。


    【次回予告】

     ゲームが終わる。定められたルールに従って。

    「考えろ。お前はどう足掻いても死ぬ。私を殺しても、民警を殺しても、軍隊を殺しても、世界を殺しても、お前は――――死ぬんだ」

     ゲームが終わる。プレイヤーの死を以て。

    「――アハッ、そうか、ヴェルドサン、ボク、判っちゃった! やっぱりヴェルドサンは、“殺さなくちゃならないナ”!」

     ゲームが終わる。絶滅のエンディングを迎えて。

    「“あぁ、知ってる”。“だから今殺すんだ”」

     ゲームが終わる。――――神の目を、欺いて。

    「私と、――――“ゲームをしませんか?”」

    Continued on the next stage……
    【後書】
     一月に完結予定でしたが、ゲームの配信に現を抜かしてたら二月を迎えておりました。
     と言う訳で最終章の更新に参りました! 本当はもう一話外伝を挟む予定でしたが、中々書き出すのに時間が掛かっているので、最終章のどこかに挟む形で投稿する事にして、最終章の更新を先に……とか考えてたら二月を迎えておりました。
     物語はあと数話……残り三~四話で完結する予定です。マスターシックスの目的の解明、最終ポイント到着、最後の殺し合い、ゲームの終着……長い長い地獄のようで悪夢のような一日が、やっと終わりを迎えられそうです。
     今月の完結を目指して更新していく予定ですが、予定は未定。あんまり間を空けずに更新できる事を祈りつつ、今回はこの辺で! どうかエンディングまでお付き合い頂けますよう、宜しくお願い致します!
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    2017-02-03 03:45 
    日逆孝介 No.567
    > 更新お疲れ様ですvv
    >
    > おや?2月だねぇw
    > 何日も経っているような気がしてたんだけど、一日だったんですねw
    > めっちゃ濃かったってことかぁ~いや、先生の展開力がすごいんだな。
    > で
    > ところどころ怪しいところがあるので、少し復習してきますw
    > (八恵さんが刃蒼君に送ったメールとか、ヴェルドさんとマスターシックスのやり取りとか)
    > 昨日は”きゅー”で今日は”ドキドキ”ですw
    >
    > いよいよ大詰め、次回も楽しみにしてますよー

    感想有り難う御座いますー!

    うっかり二月になってましたw
    さ、流石に二月が何日も過ぎてたらヤヴァい(語彙消失)。
    伏線をごそっと回収していくので、復習するなら今しかないかもです!
    次話でそのドキドキが更に加速する事をお約束致します(ニチャァ……

    次回もお楽しみにー!
    2017-02-02 23:48 
    tomi No.566
    更新お疲れ様ですvv

    おや?2月だねぇw
    何日も経っているような気がしてたんだけど、一日だったんですねw
    めっちゃ濃かったってことかぁ~いや、先生の展開力がすごいんだな。

    ところどころ怪しいところがあるので、少し復習してきますw
    (八恵さんが刃蒼君に送ったメールとか、ヴェルドさんとマスターシックスのやり取りとか)
    昨日は”きゅー”で今日は”ドキドキ”ですw

    いよいよ大詰め、次回も楽しみにしてますよー
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