鎖錠の楼閣

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    【戦戯】028.猟王の園庭〈8〉【オリジナル小説】

    ■タイトル
    戦戯

    ■あらすじ
    遠い未来。戦争が当たり前のように行われる荒廃した世界で、或る男に一本の電話が入る。「君にゲームをして貰いたいんだ」……それが悪夢の始まりだった。――ひょんな事からチームを組んだ四人の男女の、狂れたゲームの物語。

    ▼この作品はブログ【鎖錠の楼閣】、【小説家になろう】(http://ncode.syosetu.com/n3582cz/)、【ハーメルン】(http://novel.syosetu.org/73083/)、サークルサイト【風雅の戯賊領】(http://huuganogizoku.web.fc2.com/)、【カクヨム】(https://kakuyomu.jp/works/1177354054881703366)の五ヶ所で多重投稿されております。

    ■キーワード
    R15 残酷な描写あり 戦争 ライトノベル 銃撃戦

    ■第31話

     028.猟王の園庭〈8〉


     ――歪曲機関。飛来する無機物を空間ごと歪曲させる、叡智の結晶。無機物であれば無差別に空間ごと歪曲し、内蔵する人間を逸れるように無機物の軌道に作用する。併しその力は全能ではない。
     例えば雨。小雨程度であればほぼ濡れる事無く外を歩けるが、スコールともなればびしょ濡れになる程度の機能でしかない。小雨であっても全ての雨滴の軌道を逸らせる訳ではなく、全く濡れないと言う訳ではない。要点として挙げるなら、無機物の軌道を逸らせる事は出来るが、万能ではない、と言う事だろうか。
     その機能の有無は、臥堂にとって既知だった。「自分は運が良いから弾丸が当たらない」と言うのは厳密には違うのだが、彼自身、“歪曲機関と言う機能を内蔵している”と言う幸運を噛み締めているからこそ言える言葉でも有った。
     常人ではすぐに射殺されてしまうような戦場でも、自分だけはほぼ無傷の態で生還できる。その事自体に彼は幸運を感じていない。歪曲機関と言う、己自身が信頼する機能を内蔵しているのだ、生還も、無傷も、当然の帰結であり、常識の一部でしかない。
     故に、無傷で生還する事に対して驕る事も無ければ自慢する事も無い。皆が持ち合わせていない機能を、己は予め保有しているからこそ生じる有利性に、臥堂は何の関心も無かったからだ。相手の尋常ならざる才能を垣間見ても、羨望も憧憬も感じない感性だからこその無関心と言える。
     死はいつだって周囲に蔓延っているが、自分だけは死なない事が“判っていた”。故に緊張感は懐かないし、一方的に殺せる立場である事を承知しているつもりだった。それでも、その歪曲機関が絶対の装置ではない事も理解はしていた。……していた、つもりだった。
     バッテリーの口から語られた歪曲機関の内実に触れて、臥堂は初めて自分を正しく視認できたように感じた。今までは、ただ自分に向かってくる死を逸らせる程度の、自分が好きなように動くための便利な機能と言う認識だったが、その副作用で己のエイムに影響が出る事を知った今、臥堂には一縷の希望が見えていた。
     一瞬後には焼死体になると言う己の未来を、臥堂は信じていなかった。バッテリーは恐らく自分を殺した後、炭となった遺骸から歪曲機関だけを摘出して、科学の叡智を更に極めようと動き出すつもりだろう。だが、そんな未来は訪れない。何故なら自分が死ぬ事は無いし、バッテリーはこの場で死ぬからだ。
     火炎放射器から溢れ出る紅蓮は、秒読みする間も無く臥堂を灰にするだろう。だが、バッテリーを吹き飛ばすのに、一秒も必要は無かった。
     右手だけでアサドを構え、バッテリーに銃口を向ける。狙いは決まっていた。殺すなら、この瞬間以外に無いとさえ言えた。
     バッテリーは笑っているだろう。ヘルメットの奥で嘲笑を浮かべているに違いない。“当たりもしない拳銃を構えて、悪足掻きのつもりか?”とでも考えているかも知れない。それも当然の思考だと、臥堂は暗い愉悦を滲ませる。
     ゲームが始まってからの行動だけでも観測していたら判る筈だ。ゼロ距離以外ではマトモに着弾させる事すら出来ない、絶望的な射撃センス。それはバッテリーから語られた事実が全てを物語っている。歪曲機関の副作用、それが全ての原因だと。
     更に言えば、バッテリーのどこを撃っても致命傷は疎か、傷一つ付けられないのだから、彼にとって臥堂の挙措は痴愚に尽きると感じても仕方あるまい。往生際が悪い、最後までバカな奴だったと、そんな感想を懐いているだろう。
     けれど、バッテリーは知るまい。否、知っていたらそもそもこんなにも重要な情報を公言すまい。臥堂を絶望させるため、或いは仲間に引き入れるために敢えて口達で暴いたのだろうが、それはあまりにも的外れで、臥堂にすれば、絶望するどころか、バッテリーに感謝すら伝えたい程の、“親切”に感じられた。
     歪曲機関が正しく稼働しているからこそ、弾丸は思った方向に飛ばない。ならば、“歪曲機関を停止させれば”、どうなるか。本来の臥堂の射撃センスを、バッテリーは知っているだろうか。
     感覚で、歪曲機関をオフにする。固より内蔵されている機能のオンオフは臥堂に選択権が有る。その切り替え自体は初めから備わっていた機能ではないが、歪曲機関を植え付けた環境とは別の場所で臥堂は更に改造されている。それは、恐らくバッテリーにとって未知の情報だろう。
     右手一本で、雑な構え方で、アサドの銃口を向ける臥堂。
    「死ぬのはテメエだよ、バッテリー」
     呟いた瞬間、射出された弾丸はバッテリーの火炎放射器の射出口に吸い込まれて行った。
     バッテリーの顔色は最後まで窺い知れなかったが、恐らく最後まで笑顔だっただろうと、臥堂は思う事にした。
     ――轟音と共にバッテリーの背中に負っていたタンクが爆発し、彼の肉体は粉々に四散した。
     鮮血と可燃性の液体が雨のように降り注ぐ路地の只中で、臥堂は全身を真っ黒に染め上げて、一人笑んでいた。
     今まで己を縛り上げていた最高の盾は、同時に剣を封じる程の大きさで、邪魔にさえなっていた事を知った今、盾は本来の機能を有したまま、本来の剣も使えるように、一歩前進できた。
     最早銃弾が当たらないと嘆く必要は無い。本来の射撃センスで、本来の己の実力を行使して、“敵”を殺せる。臥堂は、本当の自分を手に入れたと、歓喜の表情を滲ませる。
    「……これで、もう憂う必要はねえってこった。殺せる奴を殺す。その力が今、俺の手に――ッ!」
     炎上する路地の只中で、哄笑が弾けた。面白くて仕方ない、楽しくて堪らないと言った態で、臥堂は笑声をばら撒く。今まで己をバカにしてきた連中に一泡吹かせる事が出来る、そのための力が手に入ったのだ。これが滾らずにいられるか。
     もう誰にも止められない、止めさせない。力をフルに行使し、邪魔する敵を皆殺しにする。そのためだけに己は今ここに立っているのだから。
    「っとと、皆サン、無事デスカ!?」
     不意に通信機に入り込んだマーシャの声に、臥堂は熱に浮かされていた表情を潜ませ、小さく舌を打ってから通信機に指を添える。
    「俺は問題ねーよ、今最後の番人とか言うクソ野郎をぶち殺した」轟々と燃え盛る路地の只中を歩きながら応じる臥堂。「つかお前こそ今どこにいるんだよ? 風の音が聞こえねーけど」
    「……」数瞬の間を置いてから、マーシャの声が返ってきた。「“根源”と思しき相手と見敵しマシタ。アレがボクの……ニェー、世界のラスボスデス……!」
     また訳の分からない事を言い始めたぞ、と思うだけで臥堂はツッコミを入れる事を放棄した。
     そして反応が返ってこない二人に対し、違和感を覚えずにいられなかった。
     マーシャが誰かに殺害されると言う未来は全く想像できないにしても、残りの二人に関しても同じ感想を懐いている臥堂にとって、二人から即座に返信が無いのが疑念が過ぎらざるを得なかった。
     マーシャ自身も気になっているのか、「刃蒼サン? ヴェルドサン? 応答願いマス、オーヴァー!」と率先して声を掛け始める。
     だが次に通信機から這い出た声は、二人の想定していたモノとは違っていた。

    ◇◆◇◆◇

    「ナイファー……のう。今時そんな言葉が有る事を儂ゃ知らなんだぞ」
     長刀を振り抜きながら呟くサムライに、刃蒼はそれに合わせるようにナイフの背を合わせ、軌道を逸らしながらサムライの懐に踏み入る。
     がら空きの懐にナイフを突き立て――る前にサムライは大きく背後に跳躍し、そこから更にワンステップで頭を低くして前方に跳躍――ナイフを突き立てようとしていた刃蒼の右手を刈り取らんと長刀を振り薙ぐ。
     刃蒼はその一瞬の間に再びナイフを手の中で向きを変え、長刀の白刃に合わせるようにナイフの背を当て、無理矢理軌道を逸らせ――弾く。最低限の挙動だけで隙を作り出すと、サムライの首筋にナイフを走らせ――彼の左手にその白刃が突き刺さった。
    「ッ、――お前さん、今までこんな実力隠しておったのか?」
     サムライがそのままナイフを刃蒼の手から引き剥がそうとして、――刹那にサムライの左手は両断、四本の指が路上に転がった。
    「――能ある鷹は爪を隠す。……っちゅう諺、知っとる?」
     冷淡な表情で、刃蒼はナイフから血糊を振り払う。
     サムライは右手一本で長刀を構えながら、冷や汗を流していた。
     刃蒼瑞賢の経歴は洗ってある。この依頼を要請されてから必要な情報は全て閲覧し、更にゲームが始まって以降の刃蒼瑞賢の動向は全て観測済み。併し――それらを複合的に照らし合わせても、今の彼の動きは納得できかねた。
     戦場を渡り歩く科学者であり、兵器開発者であり、武器商人とも繋がりが有る闇の深い男だと傭兵ギルドの情報から引き出したが、これ程までにナイフの扱いに長けているなど、どこにも記されていなかった。
     確かにナイフは常時携帯しているとは記されていた。だがそれに付随する実力などの備考は無く、ただ護身用に持ち歩いているだけであろうと判断を下したのがそもそもの間違いだった。彼はナイフの扱いに長けていると言うレヴェルの実力者ではない。
     彼が語るナイファー……ナイフの達人と称しても過言ではない、相応の実力を有している事は明々白々だった。
    「……儂は別に巫山戯て傭兵業を営んでおる訳じゃないんだがな、まさかこんな深手を負うとは思っておらなんだ」脂汗が滲む程の激痛が左手から這い上がって来る。荒くなる呼気を押さえるように、サムライは歯を食い縛る。「簡単な仕事だと思っておればこの仕打ち……給金マシマシでないと割に合わんわい」
    「そら可哀想に。てかな、そもそもやで爺ちゃん。まさか生きて帰れると思とらんよね?」
     のんびりとした歩調で近づいて来る刃蒼が、今やサムライにとって鬼のように映っていた。小柄な体躯からは想像し得ない機敏性と反応速度に、思わず後じさりしてしまう。
     理解しているつもりだった。逃げ切れるような間合いではない。そして、この刃蒼瑞賢と言う男が己を逃がす意志は絶無である事も、把握しているつもりだった。故にこそ足が動かなくなり、最早悪足掻きでも殺さねばならないと、胆を据える以外の選択肢が無い事にも、気づいていたつもりだった。
    「……遅いなぁ」
     気づいた時には、刃蒼はサムライの背に回っていた。首に一筋の赤い線が走り、口から赤い泡が噴き出てくる。
    「おま、え……?」
     頭と胴体が生き別れになったのを見送ると、刃蒼は再びナイフから血糊を振り払い、静かにスーツの裏地に戻すのだった。
    「さてと、僕を侮ってくれる相手でホンマ助かったわまじで。これでマーシャさんみたいな狙撃兵とかだったらどないしようかと」
     はぁー、と安堵の溜息を零して改めて臥堂の姿を探そうとした刃蒼の視界に、一人の男が映り込んだ。
     全身を漆黒の液体で湿らせた、僧侶。
     それが、自分を見つめて佇んでいる。
    「榊さん……? なんや、自分も来とったんか」
     気軽に声を掛けた瞬間、我が目を疑う刃蒼。
     彼は懐にしまっていた拳銃を取り出すと、片手で構えた。銃口は、刃蒼に向けられている。
    「……嘘やろ?」
     刃蒼の微笑が凍り付く。
     銃声が轟いたのは次の瞬間だった。

    ◇◆◇◆◇

    「……それで? 俺をどうやって斃すつもりなんだお前は?」
     再び尋常ならざる動きで肉薄してきたファイターに対し、ヴェルドは消え入りそうな意識を繋ぎ止めて、ギリギリまでその動きを見極める。見極めるために消費した時間は致命的で、ガードしようと振り上げた右腕を掻い潜ってレヴァーにファイターの拳撃が突き刺さる。
    「カ、ハッ……」
     打たれる瞬間に筋肉を集中させてダメージを減衰させたにも拘らず、肝臓が致命的なダメージを被った事が感覚で知れる。だが、それで良いんだとヴェルドは歯を食い縛りながら折れた左手に持たせていた爆弾を、落とす。
     コトン、と床に落ちた十五センチほどの円筒形の物体。それを見据えたファイターは、驚きに目を瞠った。
    「お前それは――ッ!?」
     彼が驚きに瞠目するのも無理からぬ事だ。これは本来ヴェルドが有しているモノではなく、刃蒼瑞賢の所有物なのだから。
     刃蒼が持ち出してきた“殺傷性の無い爆弾”である、EMP爆弾。電子機器に一時的に誤作動を発生させる、パルス状の電磁波……エレクトロ・マグネティック・パルスを発生させる爆弾。
     それをヴェルドは、あのジープの中で、通信機に悟られないように、視界を動かさずに刃蒼のポケットから掠め取っていた。
     これが有れば通信機の通信を阻害させる効果が見込めたが、使い方を変更する。この男を手早く抹殺するために、己に使用の許可を与えた。
     通信障害を発生させるこの爆弾が爆発すればどうなるか。それを眼前の男が理解していない訳が無く、故にこそ人間の枠を超えた動きでそれを阻害しようと、爆弾を蹴り飛ばそうと足を伸ばす――が、それは叶わぬ願いだ。
     パンッ、と小さな破裂音と共に砕け散るEMP爆弾。その瞬間、ヴェルドは想定していない程の動きでファイターに肉薄すると、一瞬の隙さえ与えない速度で、筋肉に覆われた首を一挙動でへし折った。
     ファイターは一瞬だけ痙攣するように動きを止めたが、ヴェルドの攻撃に対しほぼ無抵抗だった。当然だろう、本来己を衝き動かしていた筈の信号が突然妨害され、自分の判断で動かねばならなくなった時、この男が瞬時にその事態に対応できるとは思えなかった。故に一瞬の隙が否応無く生じ、その一瞬を見逃さずにヴェルドはファイターの頚椎を素手で捻り折った。
     そして次の瞬間にはラファルを拾い上げてビルから飛び降りる。二十メートル以上ある高さを飛び降りたが、地上に広がっていた植え込みに着地し、擦り傷と打撲を負うも致命傷は負っていなかった。
    「マスターシックス、通信不良の七秒は間に合いましたか?」
     植え込みから這い出ながら呟くヴェルドに、間も無くマスターシックスの呆れ果てた声が聞こえてきた。
    「……無論だとも。君の通信不良時間は僅か四秒。ゲームには何の問題も生じていない」
    「では問題有りませんね」折れた左腕を庇いながらジープに凭れ掛かるヴェルド。全身を巡る悪寒に冒されながらも、何とかジープに乗り込んでキーを回す。
     エンジンを掛けた後、ヴェルドは暫し放心状態だった。左腕の治療は早急にすべきだろうが、それよりも急がねばならない事案が待っている。そのためには、この熱に浮かされた思考で作戦を実行せねばならない。過酷な戦いは、まだ継続中なのだ。
     ファイターとの戦いで使う事を想定していた訳ではないにしても、刃蒼から勝手に拝借しておいたEMP爆弾が功を奏したのは、偶然とは言え彼に感謝の念が絶えなかった。デジタルに対しアナログで抵抗すると銘打ちながらも、ファイターの目的が薄っすらと見えた時点で、最早躊躇する余地は無かった。
    「……既にゲームの本質を掌握しているとしても、時間稼ぎは必要でしたか、マスターシックス」
     通信機に触れず、瞑目したまま呟きを落とすヴェルドに、マスターシックスは再び彼だけに秘密の回線を繋いで暗い愉悦を返した。
    「万全の態勢で臨むのは運営者として当然の心構えだとは思わんかね?」
    「……」
     マスターシックスの思惑は既に理解している。だからこそこれ以上無為な戦闘は忌避したかったが、想定以上の損害を被った今、マスターシックスが想定する万全の態勢と、ヴェルドが想定する万全の態勢が幾分か食い違っている事は瞭然だった。
     後は、これ以上トラブルが発生しない事を祈る他無い。併しその祈祷があまりに無意味である事を、ヴェルドは熟知している筈だった。
     思考が不明瞭だった頃にマーシャと臥堂の掛け合いが聞こえていたが、すぐに反応を返す事が出来ない程には、総身に刻まれた損傷は深かった。意識が朦朧とする。五分ほどの瞑目では回復も見込めなかったが、時間は待ってくれない。
     そして通信機に触れようとした、その時だ。刃蒼からの悲痛な声が聞こえてきたのは。
    「ど、どないなっとん!? 榊さんが襲ってくんねんけど!」
     ――始まったか。
     熱い呼気を吐き出しながら、ヴェルドは右手だけでジープの運転を始める。ここが正念場だと自分に言い聞かせ、夜の街を駆る。全ては作戦のため、正しいクリアのために――――

    ◇◆◇◆◇

    「――はぁ? 何であの生臭坊主がお前を襲うんだ?」
     通信機から聞こえてくる呑気な臥堂の声を聞きながら、刃蒼は夜の街を駆け抜けていた。先刻のサムライに関しては問題無く斃せると判断したからこそ牙を剥けたが、榊は違う。彼には油断も隙も介在しない。全力で己を屠る気概が漲っていた。
     まずは臥堂と合流しなければならないと刃蒼は思考を巡らせる。夜気に沈んだ街に生気が感じられないのは、最後の番人が一般市民を皆殺しにしたせいか、それとも榊蕃と言う異常者が現れたせいか――判然としないが、刃蒼は冷や汗を流しながら路地を駆け抜けて行く。
    「知らんがな! まずは合流せんとアカン、このままじゃ僕、膾切りにされてまう!」
     一旦呼吸を落ち着かせようと膝に手を突いて背後を振り返ろうとした瞬間、足元を弾丸が掠めていき、「冗談やろ……ッ」と青褪めながら再び棒になりかけていた足を駆動――全力で路地を走り抜けていく。
     得物が長刀のサムライが相手だったからこそ戦えたのだ、一振りのナイフだけでは榊の拳銃を相手にして善戦など不可能に等しい。刃圏が極端に狭いナイフは、奇襲でこそ輝く武器なのだから。
     併し――考える。何故榊は己に突然牙を剥き始めたのか。彼はヴェルドの知己であり、学舎襲撃時は救いに来てくれた救世主でもある。にも拘らず、何故このタイミングで己に牙を剥いたのか。
     想定される要素を組み合わせると、最悪な事態が見えてくる。このゲームの本質に気づいたと認識され、“ヴェルドが己を葬り去る決断を下した”――そう見るのが自然だった。
    「――ヴェルドさん、自分、僕を売ったんか……!?」
     路地から路地へ。大通りには出ないように、物陰から物陰へと隠れるように走り続けながら、刃蒼は通信機に悲鳴を捧げた。
    「……どういう事だ?」「ヴェルドサン?」臥堂とマーシャの困惑した声が連なる。
     そして元凶であろう男は、のんびりとこう返した。
    「刃蒼さん、貴方はこのゲームをクリアする上で邪魔になる。貴方はこのゲームに就いて知り過ぎてしまった。故に、――ここで死んで頂く」
     怖気が走る程に平坦な声で、ヴェルドは死刑宣告を下した。
     分かっていた事だった。彼ならばそうするだろうと。ゲームを滞り無く進行させるためには、己と言う存在が何れ邪魔になると認識されるだろう――と。
     それでも――一縷の望みを懐き続けた刃蒼は、結果地獄を味わう目に遭っている。ヴェルドを信任した訳ではない。それでも、それでもだ。こうならない結末を、ずっと望み続ければ、ヴェルドでなくとも、マーシャか、或いは臥堂か、若しくは己自身が変えられると、そう信じ続けたかった。
    「何……言ってんだ?」理解不能だ、と声に書いてある臥堂。「ヴェルド、お前……刃蒼を殺すのか?」
     応答は無い。併しそれこそが答としか言いようが無かった。
     確信する。ヴェルドはこのゲームの運営者と同じ思想を有し、同じ理念で刃蒼瑞賢と言うイレギュラーを抹殺しようと動いている。それを見抜けなかった己の不手際が招いた結果が、これだ。
     併し、まだ間に合う。臥堂と、そしてマーシャと合流し、共にヴェルドを敵に回せばまだ――間に合う。刃蒼瑞賢と言う駒をゲームに発生したバグではなく、ゲームを引っ繰り返すジョーカーとして機能させれば、この事態はまだ回避可能――――
     パンッ、と銃声が弾けた瞬間、刃蒼は右足から崩れ落ちた。
    「――――え……?」
     右足の感覚が無い。突然倒れて、右半身が路地に叩きつけられ、数瞬意識が飛ぶ。痺れたように動かない右腕を使って立ち上がろうとして、右足の膝がおかしな方向に曲がっている事に、気づいた。
    「う……嘘……やろ……?」
     視界が歪む。己の死が目前に迫っている事を否応無く脳髄が理解を始める。そしてその理解が達せられた瞬間、己は――闇に落ちる。
     動かない右足を引き摺って、懸命に逃れようと路地を彷徨う刃蒼だったが、その手に何かがぶつかった。
     それ以上前に進めない。何かが邪魔をして、これ以上逃げられない。このままでは殺される、早く退かさなければ――そう思って見上げた先には、闇よりもなお深い漆黒を湛えた僧侶が、利剣を携えて合掌していた。
     それを見て、やっと正気を取り戻した刃蒼は、惚けた苦笑を浮かべながら、その場に座り込み、通信機に指を添える。利剣を携えた悪僧はそれを慈悲深い眼差しで見下ろしている。
    「……臥堂君、僕、分かったわ。自分は、空港に行っちゃアカン。行ったら――――」
    “ぞり”――――と肉が裂ける音と共に、通信機が両断され、路地裏に鮮血が走った。

    ◇◆◇◆◇

     ぶつり、と通信が強制的に途切れる音が聞こえた後、刃蒼の声は二度と聞こえなくなった。
    「…………殺したのか?」
     通信機に指を添えながら、臥堂が呟きを漏らす。
    「必要な工程でしたから」
     何の感情もこもっていない、ヴェルドの声が聞こえてくる。
    「……」
     マーシャの声は聞こえない。臥堂も、二の句を継げられなかった。
    「最後の番人は全て斃したのですか?」
     ヴェルドの無機質な声が通信機から這い出る。臥堂はその声に対し、興醒めしたと言わんばかりの声調で、噛みついた。
    「バッテリーは殺した。それと、今、刀を握って死んでる奴も発見した。こいつがサムライなんだろ?」
     首が転がっている着物姿の死体を蹴り上げ、臥堂は辺り一帯を見回す。刃蒼の姿は無く、どうやってこの死体を作り上げたのか謎のままだが、それでも殺した事は間違い無く、それが何故かファンタジーのように、臥堂の中で思い出として形成されていく。
    「ナイトメアサンはボクが斃したヨ」納得のいってなさそうな声で、マーシャが応じる。「ヴェルドサン。どうして刃蒼サンを殺したノ?」
    「必要だったからです」端的に応じるヴェルドの声に、やはり感情は感じられなかった。「二人とも、急いで空港に来てください。ラストゲームを始めましょう」
    「ヴェルドサン、隠し事をしてマスネ?」
     マーシャの声には剣呑な色が点っていた。それが臥堂には不思議で、理解に苦しむ感情を伴っていた。
    「そんな事はどうでもいいんだけどよ、俺も一つテメエには言いてえ事が有るんだよ、ヴェルド」通信機に触れながら、空港が有ると思しき場所に向かって歩き出す臥堂。「“どうして俺に殺させなかった?” 生臭坊主なんざ使わなくたって、俺が殺してやったのによ」
    「臥堂サン……」マーシャの悲痛な声を通信機が拾う。
    「……お前にはお前の役目が有る」淡々とした声調で、ヴェルドが告げる。「空港に来い。全てはそこで終わる」
    「分かった分かった、今行くっつーの」
     空港の場所は刃蒼のお陰で大体把握できていた。近場までは来ている。後は、空港に乗り込んで、どうなるか、だ。
     夜空は深く、闇を湛えている。死に沈んだ夜の街を駆ける臥堂の顔に憂いは無い。仲間の死さえ、彼には関係が無く、意味が無いからだ。
     それに――臥堂も彼らの言動でようやく理解が出来てきた。このゲームが終わると言う事実を噛み締めるように、一歩一歩空港に近づく。これでやっと長い一日が終わるのだと思えば、何の緊張も感じなかった。
     闇より深い夜は、まだ続く。幾つもの不和と、幾つもの死を抱えて、更に深部へ、暗部へ、時を進める。
     狩人が死したその先に、終末は座している。


    第弐幕――【夜天猟区】――END


    ……NowLoading……


    第参幕――【黎明終戯】――OPEN


    Continued on the next game……
    【後書】
     これにて年内の更新はおしまいです。最終章である第参幕は来年一月に更新&完結予定ですが、本当に終わるのかな……
     いよいよ物語も大詰めです。私の綴りたかった殺し合いの物語、もう少しだけお付き合い頂けると幸いです。
     あと予定は未定ですが、最終章に入る前に数話、外伝と言うか本編と関係が有るようで無いような短編を掲載する予定です。そちらもお楽しみにして頂けると幸いです。
     来年も引き続き日逆孝介ワールドをご贔屓にして頂けると嬉しいです。それでは皆様、良いお年を!
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    Comments

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    2016-12-31 19:14 
    日逆孝介 No.513
    感想有り難う御座いますー!

    四天王とは何だったのかwwサクサク展開なので最強系が現れても、最強系味方が何とかしてしまうのです!
    うへへww来年の更新にご期待あれ!w

    今年は本当にたくさんの感想有り難う御座いました!
    空落が色んな意味で尾を引いているのであれば、作者冥利に尽きると言いますか、とても嬉しく思います。
    来年もぜひお付き合い頂けたら幸いです!
    良いお年をーっ!
    2016-12-31 19:05 
    tomi No.511
    更新お疲れ様ですvv

    展開の速さについていくのやっとです。
    四天王とはなんだったのかっw油断はイカンってことですかねー
    すっごいいいとこで年内更新終了もどかしぃぃぃぃw

    今年も大変楽しませていただきました。
    特に記憶に残っているのが、空落でした。
    来年もぜひ楽しませてくださいね!
    よいお年をvv
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