鎖錠の楼閣

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    【戦戯】027.猟王の園庭〈7〉【オリジナル小説】

    ■タイトル
    戦戯

    ■あらすじ
    遠い未来。戦争が当たり前のように行われる荒廃した世界で、或る男に一本の電話が入る。「君にゲームをして貰いたいんだ」……それが悪夢の始まりだった。――ひょんな事からチームを組んだ四人の男女の、狂れたゲームの物語。

    ▼この作品はブログ【鎖錠の楼閣】、【小説家になろう】(http://ncode.syosetu.com/n3582cz/)、【ハーメルン】(http://novel.syosetu.org/73083/)、サークルサイト【風雅の戯賊領】(http://huuganogizoku.web.fc2.com/)、【カクヨム】(https://kakuyomu.jp/works/1177354054881703366)の五ヶ所で多重投稿されております。

    ■キーワード
    R15 残酷な描写あり 戦争 ライトノベル 銃撃戦

    ■第30話

     027.猟王の園庭〈7〉


    「ハハハハ! ハハハハハハ!!」
     大音響の笑声を上げながら死を振り撒く重戦士。逃げ惑う一般市民を笑いながら焼殺し、銃殺していく処刑人の重装甲に、カンッ、と銃弾が跳ねる音が響いた。
     重戦士はその音の元を辿るように顔を振り向かせ、対象を視認する。
    「よう、お前が臥堂征一だな?」重戦士は体ごと振り向くと、バルカン砲の先端を向けて予告無しにぶっ放し始めた。
    「おわーっ!」慌てた様子で重戦士から距離を取る臥堂。弾幕が容赦無く降り注ぐ中、全力疾走で駆け抜ける臥堂だったが、掠り傷は幾つも作ったものの、ほぼ無傷の態で乗り捨てられたバスの陰に身を潜ませる。「クソッ、あの野郎メチャクチャだなおい……!」
    「ハハハハハ! おっと名乗り忘れてたな! 俺の名はバッテリー! お前の仲間だぜ、臥堂征一!!」
     甲高い笑声と共に聞こえてきた台詞に、臥堂は「はぁ!?」と表情を歪ませて障害物になっているバスの陰から顔を出す。「俺の仲間だぁ!? 巫山戯るなよ手前!! 突然撃ってきといて何ほざいてやがるコラァ!!」
    「ハハハハ! 勿論お前だけの仲間じゃないさ臥堂征一! 俺は、ヴェルディエット・ガレイアの仲間でもあり、マーシャ・チェルニャフスカヤの仲間でもあり、刃蒼瑞賢の仲間でもある! そうさ! 俺はお前達と共に戦いたいんだ! ハハハハハ!」
     拡声器でも使っているのか、大音声で弾けた重戦士――バッテリーの声は、ニーリー市の外周区にまで響き渡っていく。
     それを険しい表情で聞いていた臥堂は、「煩ェ! 手前は敵じゃねえのかよ!?」と反射的に顔を上げ、アサドで銃撃を加える。
     銃弾は明後日の方角に飛んでいき、先刻のように偶然バッテリーの装甲に直撃する事は無かった。バッテリーはブースターを利用して飛翔――臥堂の元に向かいながら火炎放射器で灼熱を振り撒いていく。
    「いいや俺はお前の仲間だよ臥堂征一! 俺はお前と共に、敵を皆殺しにしたいんだ! そうだろう!? お前だって本当は皆殺しにしたいんだろう!? 敵を! あらゆる敵を!!」
     灼熱を浴びた一般市民が燃え盛る光景をバックに、バッテリーは臥堂の前に立ち開かる。両腕を広げ、死を背景に謳う。
    「俺達は良き仲間になれる! そう思わないか!? 俺はお前と一緒に皆殺しにしたいんだ! 邪魔な奴を! ムカつく奴を! ウザい奴を! 敵を! 敵を!! 敵を!!! みんなみんな殺し尽くしてしまいたいんだ!! お前はそうは思わないのか!? 臥堂征一!!」
     臥堂にはそれはまるで、讃美歌のように聞こえた。己が信じる道に有る道標の一つであり、己が掲げる主張の原典である、唯一絶対の指標。
     眼前に佇む死の象徴を見上げ、臥堂はゆっくりと立ち上がる。己と同じ道を歩める者、己と同じ相手を殺める者を、正視する。
    「そうだな、それはお前と同意見だ」小さく首肯を返す臥堂。
    「だったら!!」両腕を空に掲げ、歓喜の声を上げるバッテリー。
    「――そう、だからこそお前を殺すんだ!」
     隙だらけのバッテリーの顔面に銃口を押し当て、引鉄を引き絞る臥堂。一度、二度、三度――ガンガンガンッ、と重装甲に弾丸が突き刺さる。
     硝煙が晴れた先には、のっぺりとした顔に擦り傷が刻まれただけの、バッテリーが佇んでいた。
    「ハハハハ! そうなるよな! お前ならきっとそうなると俺は知っていた!!」ゲラゲラと笑声を上げて臥堂に火炎放射器の先端を向けるバッテリー。「だから俺も応えよう! お前のその殺意に!!」
     噴き上がる灼熱の波に抗うのではなく、臥堂は咄嗟にバッテリーの懐に潜り込み、再び頭部に銃口を押し当てて銃撃を見舞う。
     併し弾丸は頭部に当たっても表面を削るだけで、ダメージには全く繋がっていない。
    「猫みたいな奴だなお前は!」体をブンブン振ってブースターで上昇し始めるバッテリー。「お前に俺は殺せまい! だが俺はお前を殺せるぞ臥堂征一!」
    「一々煩ェ奴だな手前はッ!」バッテリーの体を蹴って跳び上がると、着地しながら地面を転がり、体勢も整えずに再びアサドで銃撃を加える。
     弾丸はやはりバッテリーには当たらず、デタラメに着弾する。
    「クソッ、やっぱり至近距離じゃねえと当たらねェ……!」弾倉を交換しながら夜の市街地を駆ける臥堂。「でもあの装甲は俺のこれじゃ撃ち抜けねえしな、クソッ」
    「遅い! 遅いぞ臥堂征一!!」
     上空から降り注ぐバッテリーの声に、臥堂は「ちッ――」と舌打ちをしながら全力で進行方向の逆に向かって体を跳び込ませる。その一瞬後には灼熱の雨が降り注ぎ、その反射熱が臥堂の足を炙った。
    「臥堂征一! 分かるか!? これはお前の弱点でもある! それを俺は理解しているんだ!!」
     囂々と音を立てて吹き荒れる業火の波を振り回しながらバッテリーが喚く。臥堂は聞く耳を持たない様子で路地裏を適当に走り回る。炙られた左足の足首は軽度の火傷を負ってじわじわと痛みを発していた。
    「何を巫山戯た事を吐かしてんだ、あのサイコ野郎……!」悪態を吐きながらも足を止めずに路地裏をデタラメに駆け抜けて行く臥堂。
    「俺はお前の正体を知っているんだ!“被験体四○一五”!」
     懸命に駆動していた足が、緩やかに稼働を停止する。
     瞠目し、背後を、上空を振り返る。そこには災厄を齎す悪神が、両腕を広げて浮遊していた。
     臥堂からの返答は無い。そしてバッテリーの表情は読めない。にも拘らず、互いに相手の返答・表情は理解しているつもりだった。“何故?”と、“笑顔”を。
    「お前の過去を洗っても、出てくるのは改竄された情報だけだ! 違うか!? お前には本来存在した過去が有るにも拘らず、何者かによって、或いはお前自身の手によってそれは捏造された! 違うか!?」
     バッテリーの表情は、頭部を覆うのっぺりとしたヘルメットで垣間見る事は出来ない。併し臥堂には彼がどんな表情を浮かべ、どんな感情を剥き出しにしているのか、手に取るように分かった。
     下卑た嘲笑を浮かべ、嘲弄と侮蔑の念をぶつけてきている事ぐらい、分からない訳が無かった。
     アサドを構える事も無く、臥堂は険しい表情――今までヴェルドや刃蒼にすら見せた事の無い、殺意を更に超える程の憎悪……嫌忌や怨嗟でも言葉が足りない程の形相――で、バッテリーを睨み据える。
     バッテリーは攻撃を加えずに、臥堂を見下ろしたまま、ヘルメットに内蔵されている拡声器ではなく通常の音量に戻して、話を続けた。
    「お前は或る実験場のモルモットだった、そうだよなァ?」笑声を殺しきれない様子で呟くバッテリー。
    「……どこまで知ってる?」険しい表情が一旦引き、醒めきった色を糊塗する臥堂。
    「“全てだよ”。お前がこのゲームに参加させられた理由の一つでもある、お前の体内に内蔵された或る装置――“歪曲機関”を返して貰うために、俺はここにいるんだ。いや、お前は知らないんだったか? お前の体内に眠る、科学者が血眼になって探求する叡智の結晶を」
    「……」臥堂は何も言わずに、バッテリーを見上げるだけ。
    「知らないよなァ、知ってたらお前、銃なんて反発する武器を使う訳ねェもんなァ。ハハハハ!」面白くて仕方ないと言った様子で笑い転げるバッテリー。「折角だから教えてやろう! お前の体内に内蔵されている歪曲機関とは――」
    「――飛来する無機物を空間ごと歪曲させる装置、だろ?」
     醒めた表情で、何の関心も無いと言った様子で、臥堂は答を先に述べる。
     バッテリーは一瞬空白を置いた後、「何だ、それぐらいは知ってるのか」“興醒めだ”と言わんばかりに鼻息を落とす。
    「なのにお前、ハハッ、拳銃なんかで戦ってるのか? バカだなァ、本当に頭の回らないガキなんだなお前はァ! お前には飛来しないモノでも、お前を中心に空間が歪曲してるんだ、射出される弾丸も影響を受けない訳が無いだろう!? お前の腕前云々じゃないんだ、お前に内蔵されてる装置が原因で、お前は射撃のセンスがガタガタになってるだけなんだよ!」
     ゲラゲラと空中で腹を抱えて大笑し始めるバッテリーを見上げていた視線を下ろし、「そうか、そうだったのか」と納得したのか、自分の手に納まっているアサドを見つめて、噛み締めるように呟く臥堂。
    「そうだよ! それ以外に考えられるかよ!? どれだけ射撃のセンスが無くても、お前ほどおかしい奴はそうはいねェーよ!! ちょっとは考えろよ!! お前はおかしいと思わなかったのか!? そんなゴミみたいなエイムが本当に自分の実力だと思ってたんなら、お前ほどおめでたい奴ァいねェよ!! ハハハハハ!!」
     下卑た笑声にどれだけ浴しても、臥堂の顔に怒りや憎悪と言った感情が浮上する事は無かった。
     自分の手を見下ろし、己が保有する力の再確認と、再認識、己を取り巻く環境の再構成と、再設定、それを一つずつ熟していく。
     本当の自分の力と、自分が誤って認識していた力の関係と有無。それが、時間を掛けて臥堂の頭に理解として染み渡って行く。
    「だからさ、臥堂征一。俺はもう一度言うぜ?」バッテリーは火炎放射器の射出口を臥堂に向け、小首を傾げる。「俺達、仲間にならないか? お前の力が有れば、お前の体に眠る宝物が有れば、世界を引っ繰り返せる。俺達の天下が完成するんだ。どうだ? 魅力的な誘いだと、俺は自負してるぜ?」
     火炎放射器の射出口から食み出ている青白い灼熱の舌を見上げながら、臥堂はやっと意識が現実に戻ってくる感覚を覚えた。口角が釣り上がり、小ばかにしたような表情を覗かせる。
    「お前、自分で俺の利点を告げといて、今更そんなチャチな玩具で脅すとか、お前こそバカだろ?」アサドを片手で構え、挑戦的な笑みを覗かせる臥堂。「俺には攻撃が通じない、それをお前自身が理解してる筈じゃねえのかよ?」
    「ハハハハ! お前は本当に! 本当に本当にホンッットウにバカだなァ!!」腹が捩れそうになりながら呵々大笑するバッテリー。「おい、俺がまさかお前に当たらない攻撃を使って脅すとか、本気で考えてるのか!? 俺はお前を殺す算段が整ってるからこそこの脅しをしてるって事を、お前は本当に考えもしねえのか!? ハハハハハ!」
    「自分で言った事を忘れたのか?」鼻で笑う臥堂。「俺の歪曲機関は飛来する無機物を空間ごと歪曲させる。だったらそんな武器じゃ俺には届かない。そうだろ?」
    「ハハハハ! ハハハハハ! ハハ、ハァー……」やっと笑いが納まったのか、バッテリーは落ち着いた様子で臥堂を見下ろした。「臥堂征一。お前はこのゲームが始まってから何度か意識を失ってるな? それはどういう時か憶えているか?」
    「どういう時って……」
     臥堂が思い出せるのは、学舎内でクレーエに爆撃された時と、アズラク市の只中でクレーエに爆撃された時の二回だけだ。それが何を意味するのか、臥堂にはすぐには理解できない。
    「まさか爆撃が俺の歪曲機関には通用しないとか吐かすつもりか……?」
    「これだけバカも極まるといよいよ笑えなくなってくるなァ」面倒臭そうに溜息を零すバッテリー。「臥堂征一。お前の歪曲機関には致命的な弱点が有る。死ぬ前に教えてやろう。歪曲機関は、飛来する無機物を空間ごと歪曲させる、その機能はあらゆる無機物に対して正しく作用する。だがよ、それはあくまで肉体の表面積に納まる飛来物だった場合だけだ。肉体の表面積を超える飛来物には効果が無い。これがどういう事か、幾らバカなお前でも分かるだろ?」
     肉体の表面積を超える飛来物。つまり、弾丸や投擲物であれば問題無く逸れていくが、建物の崩落や、臥堂以上の大きさの砲弾が撃ち込まれた場合は、――歪曲機関が働いているにも拘らず、効果が発揮されても効果が見込めない、と言う事。
     眼前に浮遊する死の権化が有する武装は、バルカン砲だけではない。火炎放射器が放つ火力の有意面積は、優に臥堂の肉体の表面積を超える。即ちそれは――
    「そういう事だ。じゃあな、臥堂征一」
     臥堂の顔にやっと危機感と言う信号が点った瞬間、バッテリーから無慈悲な紅蓮が吐き出される。

    ◇◆◇◆◇

    「マーシャ様、マーシャ様のお相手はこのわたくし……ナイトメアが担当しますわ、ウフフ……」
     通信機から漏れ出るナイトメアの嬌声に、マーシャは「ボクの相手はエロい姉サンカー……本当はサムライサンと相見えたかったのにナー……」と露骨に落胆した声を返す。
    「あぁん……マーシャ様のご希望に添えず、本当に申し訳有りません……。でも、マーシャ様なら、きっと大満足して頂ける筈ですわ……! わたくしの力でメロメロにして差し上げますからね……!」
     荒い呼気が通信機から出続けて、落胆を通り越してやる気がどんどん衰退していくマーシャ。
     ――それも賊の姦計だ。惑わされるな。
     隣に佇む師匠の諫言に、マーシャはハッと我に返り、フルフルと小さく首を振る。
     狙撃戦は集中力との戦いだ。相手は既に己の居場所を把握している。ならば確実に狙撃できると確信したタイミングで敵視が現出する筈。その瞬間を見極められれば、マーシャにも勝機が有る筈だった。
     常人には不可能な芸当であっても、人間離れしている超感覚を有するマーシャだからこそ出来る神業である。相手が狙撃を敢行するタイミングで逆狙撃を成し遂げる……それこそが今回マーシャが自身に課したミッション。
     ナイトメアは先刻視認した時にゴーストを保有している事が判明している。ならば索敵を敢行しても希望はほぼ無いと言って過言ではない。それに視認した距離が距離だけに、相手の臭気も辿れないし、気配や感覚もほぼ感知できなかったのだ、相手の出方を窺う以外にマーシャには打てる手が無かった。
     故にこそ高めに高めた敵視掌握の感覚を研ぎ澄ませ、一瞬でも己に向けられた敵視を見逃さないように鋭敏な感知能力を周囲に溶け込ませる。
    「あぁ……素晴らしい、素晴らしいですわマーシャ様……わたくしを探しているのね……? ウフフ……わたくしからはハッキリと見えていましてよ……マーシャ様の可愛い小顔を見てるだけで、あぁ、濡れてきてしまいますわ……」
     怖気の走る単語を連呼するナイトメアだが、マーシャの集中力が途切れる事は無い。妄言で集中力を欠如する程、マーシャは己に課した修行は甘くなかったと自負している。
     相手がどういう戦法で己を仕留めようとしているのか、それは杳として知れないが、彼女は語ったのだ、最後の番人の方から現れると。ならば己は後の先を取って確実に迎撃してみせる――作戦としては単純明快だが、マーシャだからこそ取れる算段とも言えた。
    「……ウフフ、いいですわ、マーシャ様……もっとわたくしの事を考えてください……わたくしも今、マーシャ様の事で頭が一杯なんですの……ウフ、マーシャ様の事を考えるだけで、わたくし……あっ、……フフ、ウフフ……」
     心頭滅却すれば火もまた涼し。マーシャの脳髄に雑念は一切入らない。鋭敏化した感覚は周囲一帯に張り巡らされ、微細な異変すらも見落とさないと言わんばかりに思考を展開していく。
     もしナイトメアが冗語で己を惑わせ、その隙を狙って攻撃を敢行する程度の傭兵であるなら、マーシャの敵ではない。確かに尋常ならざる距離――マーシャが狙撃を敢行する距離ですら、裸眼でマーシャを視認する洞察力、観察力、そしてそれらを補佐する常軌を逸した視力は脅威的だが、目が良いのと戦闘能力が高いのとはそもそも分野が異なる。
     マーシャが想定しているのは、狙撃戦。それも相手はスコープを覗く行為を必要としない猛禽類の瞳を持つ狩人だ。いつ如何なるタイミングでも狙撃を敢行できるのだから、場所も距離も問わない、今まで体感した事の無い狙撃兵と言える。
     故にこそ相手の敵視を待ち、その敵視が放つ殺意の弾丸が己に届く前に逆狙撃をすると言う常人離れの奇計を企図している訳だが、まだ相手の素性も、攻撃方法も、況してや敵意が有るのかさえ判然としない状況下である今、ただ感覚を鋭敏化させる以外に打てる術が無いのは致命的だった。
    「……ウフ、マーシャ様、戸惑っておりますわね? 自分が今取った手が、本当に正答であるか否か、を」はぁ、と甘い呼気を通信機に吹きかけるナイトメア。「安心してくださいマーシャ様。マーシャ様は正しい行動を取っておりますわ、このゲームが正しく運営されるための、正しい選択肢を……ウフフ……」
    「――――」
     咄嗟にマーシャの体が動く。スコープを彷徨わせて捉えたのは、臥堂。一緒に映っている敵は、火炎放射器で紅蓮を撒き散らしている。全身を重装甲で覆われた敵兵は、流石に臥堂では討滅できないだろうと判断できる。
     援護射撃を――と引鉄を絞ろうとしたマーシャは、不意に股をもぞりと動かした。股間がムズムズして、頭が呆っとする。熱っぽさが全身を覆い、息遣いが荒くなっている自分に、今更のように気づいた。
    「あはぁ……やっぱり効果覿面ですわねぇ……ウフ、ウフフ……」
     嬉しそうなナイトメアの嬌声に、マーシャは震える手を押さえるようにもう一方の手を宛がう。
    「にゃ、にゃにを……!?」
     呂律が回らない。全身が熱く、涎が勝手に垂れてくる。明らかに異常な状態に陥っている事は確かなのに、原因が何か掴めない様子で、マーシャはスコープから目を離して悶えた。
    「初めての体験ではないでしょうか……ウフ、マーシャ様って、まだ初体験もしていないのでしょう……? 性的興奮自体、まだ未経験かも知れませんわねぇ……フフ、ウフフ……」
     通信機から吐き出される声が、まるで耳元に甘い呼気を当てられるような快感に変わり、ナイトメアが発言する度にマーシャは体をビクンビクンと震わせる。
    「あ、あ、にゃ、にゃに、これぇ……っ!?」
     得体の知れない感覚が全身を弄るように、未知の法悦を貪っていく。
     自らの体に手を這わせるだけで、脳神経が痙攣でも起こすかのように、脳内麻薬が際限無く放出されていく。快感が快感を呼び、マーシャは惚けた顔で涎を垂らし、痙攣を繰り返す。
    「ウフフ……可愛らしいですわ、マーシャ様……今マーシャ様の身に起きているのは、許容限度を超えるドーパミンの放出ですの……未だかつて無い快感が、マーシャ様の体内で生成されているんですのよ……ウフフ、ウフフフ……」
     嬉しげに囀るナイトメアの声が届いていないのか、マーシャは「あひゃ、にゃへへぇ……えへ……」と蕩けた表情で倒れたまま動かない。
    「……マーシャ様の経歴を勝手ながら調べさせて頂きましたの……野生児そのものの経歴と分かっていましたから、恐らく薬物に対する抵抗力など絶無に等しいと思っておりましたが、ここまで効果覿面だとは思いませんでしたよ……? フフ……わたくしにとって、とても相性の良い相手と言わざるを得ませんの……何せわたくしは……」はぁ、と甘い吐息を吐き出し、ナイトメアは告げる。「絶頂と共に標的を逝かせる、甘ぁい殺し屋ですから……ウフフ……」
     マーシャは何の反応も示さない。ただ悦楽に溺れたまま、半開きの口から涎を垂れ流す以外に、彼女は外界の全てを閉ざしてしまっている。
     その様子を遥か遠方から裸眼で視認していたナイトメアは、唇を舌で舐め取り、極上の笑顔を浮かべる。
    「最高に甘い死を、今貴女に届けますわ――」
     快楽の坩堝に嵌まった標的を、一撃必殺の名の下に仕留める。その依頼は何も標的を呪う相手だけから来る訳ではない。最後の瞬間ぐらいは最高の気分で逝きたいと願う人間は、この世界に溢れている。その願望を叶えるために、ナイトメアは独学で作り出した媚薬を振り撒き、対象を幻覚と悦楽の世界に浸し、現世の感覚が失せたタイミングを狙って、痛覚を感じさせる事無くこの世を去らせる。それこそが最高の死だと確信して。
     更に己には旧大陸の原住民より優れた視力が有る。相手に気取られる事の無い距離から、確実な死を齎す。夢見心地の標的は、未だかつて味わった事の無い快楽を貪りながら死を迎えるのだから、それは結果として悪夢(ナイトメア)になると言う意を込めて、彼女はその名を自称している。
     今まさに楽園に旅立とうとする少女を見つめ、その顔が爆砕される瞬間を見届けようと、引鉄を絞り――弾丸が吐き出される。
    「――――え?」
     ナイトメアが、狙撃を敢行した瞬間だった。今までの蕩け顔が突然普段の表情に戻り、“ナイトメアが射出した弾丸を回避した”のだ。
     己の瞳に映る理解不能な現象に、ナイトメアは数瞬思考が停止した。彼女は今、媚薬の効果で行動不能……否、夢の世界に埋没していた筈。それが、何故突然起き上がる事が出来て、剰え狙撃を回避する事が出来るのか。それは、人間が出来る芸当ではない。
    「――みぃつけた!」
     通信機から吐き出される、怪物の笑い声。
     ナイトメアの全身に怖気が駆け抜け、恐怖で動きが固まる。こんな事は有り得ない、彼女が動けるなんて有り得ない、自分が殺されるなんて――――有り得ない!
    「く――ッ!」
     咄嗟にもう一発狙撃を敢行しようとして、ナイトメアの意識は寸断した。
     頭蓋が破砕された彼女は膝から崩れ落ち、ビルの壁面に大量の血液をばら撒いて、動かなくなる。
     その様子をスコープ越しに覗いていたマーシャは、「ハラショー☆」とガッツポーズを取り、スコープから目を離すと、垂れていた涎をゴシゴシと袖で拭うのだった。
    「フゥ、全くとんでもないエネミーだったネ!」と言いながらスコープを覗かずにフィズィーを構えると、上空に浮かんでいた“幻獣”を撃ち壊す。「でも師匠(ウチーチェリ)、僕の物真似、上手くなかったデスカ!? アレは会心の出来だったと思うんデスヨネー、ウンウン」
     ――薬物の練達ですらも欺けたのだ、誇るが良い。
    「ワーイ! 師匠に褒められたデスヨ~♪ スパスィーバ!」
     満悦の様子だったが、再びスコープに視線を投じるマーシャ。
     まだ最後のミッションは終わっていない。特に先刻捉えた臥堂は危機に瀕していた。彼を助けなければ――その意志で重戦士の索敵を始めようとした、その時だった。
    「――お客様は、あまりにも危険ですねぇ」
     不意に声が聞こえた――と思った次の瞬間には、体は宙を舞っていた。
    「――――え?」
     一瞬だけ視界が捉えたのは、道化師の恰好をした女。彼女はハンカチを手に持ち、ヒラヒラと振って小首を傾げていた。
    「御機嫌よう、お客様♪ 良い旅路を!」
     ピエロのようなシルエットは深々とお辞儀をすると、その場から忽然と立ち消えた。
     高さにして地上まで五百メートルは在ろうと言う高度には、一切の障害物は存在せず、マーシャは縋るモノが無い世界で落下していく。
     その只中で、マーシャは己の転落死ではなく、別の物事に思考を囚われていた。
     ――アレが、“根源”。ボクは遂に、その根元まで辿れたって事デスネー!?
     声は出ない。空気圧で口を開けたら大変な事になると分かっている今、マーシャはゴソゴソと服の中を漁り、バッと広げたのは大きな風呂敷だった。
     すると落下する速度が見る間に落ち、ふわりふわりと空気の抵抗を受けながらゆっくり降下していく。
     やがて何の怪我を負う事も無く着地したマーシャは、展望タワーを見上げる。遥か上空は夜空に覆われ、尋常ならざるマーシャの視力を以てしても正確には見晴るかせなかったが、先刻の道化師がそこにいない事は、気配で知れた。
    「っとと、皆サン、無事デスカ!?」
    “根源”の残滓に見惚れている事に気づいたマーシャは、不意に通信機に指を掛けた。


    【次回予告】

     狩人は失せ、猟王の鉾は遂に彼を討つべく揮われる。

    「ヴェルドサン、隠し事をしてマスネ?」

    「何……言ってんだ?」

    「空港に来い。全てはそこで終わる」

     それは一人の終末。遊戯を攻略するために必要な、――――贄。

    「……臥堂君、僕、分かったわ。自分は、空港に行っちゃアカン。行ったら――――」

    Continued on the next stage……
    【後書】
     臥堂君の秘密に関してはこの物語を綴り始める前から考えていたネタでありました。やっと明かされる段階まで来て一安心しております。
     そしてマーシャさんのえちぃシーンが作中で綴れてホクホクであります。ちゃんとR15指定してある作品だから大丈夫なんですな!
     そしてそして今回活躍していたナイトメアさんですが、ナイトメアファンから「この人の物語が読みたいよぉ!」と言われた……んだったかな?(うろ覚え なので、近々R18指定のナイトメアさん物語を更新する予定です。こちらはブログには載せず、R18系の投稿サイトだけになる予定なので、悪しからずご了承ください。
     と言う訳で不穏さが物語随一の次回予告でした。第弐幕最終話、お楽しみに!
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    Comments

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    2016-12-28 06:13 
    日逆孝介 No.507
    感想有り難う御座いますー!

    秘密が明らかになった臥堂君なのです!
    マーシャさんのラスボス感はヤヴァいよね!w もう斃せる気がしないww
    今回もお楽しみ頂けたようで嬉しいです! 今回の予告は最高に胸熱ですぞ!w

    次回もお楽しみにー♪
    2016-12-28 01:08 
    tomi No.506
    更新お疲れ様ですvv

    なんと!只者ではなかった臥堂君w
    そしてやっぱり只者ではないマーシャさんwラスボス感がぱないの!!
    そして各種予告に+(0゚・∀・) + ワクテカ +しつつ
    今回も楽しませていただきました!

    次回も楽しみにしてまーすvv
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