鎖錠の楼閣

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    【戦戯】025.猟王の園庭〈5〉【オリジナル小説】

    ■タイトル
    戦戯

    ■あらすじ
    遠い未来。戦争が当たり前のように行われる荒廃した世界で、或る男に一本の電話が入る。「君にゲームをして貰いたいんだ」……それが悪夢の始まりだった。――ひょんな事からチームを組んだ四人の男女の、狂れたゲームの物語。

    ▼この作品はブログ【鎖錠の楼閣】、【小説家になろう】(http://ncode.syosetu.com/n3582cz/)、【ハーメルン】(http://novel.syosetu.org/73083/)、サークルサイト【風雅の戯賊領】(http://huuganogizoku.web.fc2.com/)、【カクヨム】(https://kakuyomu.jp/works/1177354054881703366)の五ヶ所で多重投稿されております。

    ▼再投稿作品になります。

    ■キーワード
    R15 残酷な描写あり 戦争 ライトノベル 銃撃戦 再投稿

    ■第28話

     025.猟王の園庭〈5〉


    「そもそも空港ってどこにあるんだよ?」
     闇に染まった街路を駆けながら、臥堂は刃蒼を振り返った。
     刃蒼は臥堂と並走しながらも「はぁ、はぁ、え? 臥堂君知らんの?」と息を切らせながら戸惑いの表情を見せる。「じゃあ何で君、僕の前走ってんの?」
    「え? いやお前が道案内するのかと思ってよ」思わず立ち止まる臥堂。
    「はぁ? 臥堂君が先頭切って走るからてっきり空港の場所知ってんのかと思とったんやけど」
     二人して顔を見つめ合う。
    「いや知らねえよ俺、そもそもここに来たの初めてだし」
    「僕も知らんよ?」膝に手を突いて呼吸を整える刃蒼。「何やねんなもー! だったら先走らんといてよー! てっきり臥堂君が知っとるもんやとばかり思とったがなー!」ペシペシと臥堂の背中を叩き始めた。
    「俺のせいかよ!? お前も何も言わなかったじゃねえかよ!! だったら先にそう言えよ!!」カンカンの臥堂。「まァいい、だったらどうする? 俺達二人とも空港の場所が分からねえんじゃ、適当に動いても無駄足になるんじゃねえか?」
    「こんな時こそこれやで、じゃじゃーん」と言って刃蒼が取り出したのは携帯端末だった。「今時これをちょちょいっと操作すればどこに何が有るか分かんねん。便利な時代やで全く」
    「独り言大き過ぎねえかお前?」不思議そうな表情で刃蒼を見やる臥堂。
    「自分に言うとんやろ!」カーッと腕を振り上げる刃蒼。「自分全然使わんのやろこういう電子機器! これ一つあればすぐに道案内できるんやで? 分かるか? 自分と僕だけじゃ辿り着けない場所に、これ一つさえあれば辿り着けるってこっちゃ。分かるか?」
    「煩ェェェェッッ!! 一々確認すんなッ!! 分かったから!! お前が凄い事は分かったから黙ってやれ!!」顔を真っ赤にして殴りかかりそうになっている臥堂。
    「ホンマかな~? ホンマに分かっとんかなこの子……」はぁー、と溜め息を落とす刃蒼。「まぁええわ、これでちょちょいっと操作すれば……出たで。ここから北西に三キロ。なんや、予想してたより道間違えてへんかったみたいやな。よし、ほな行くで臥堂君! 僕らの仕事は雑草の除去や!」携帯端末を仕舞って駆け出す。
    「お、遂に俺の出番だな? 任せとけ! 邪魔な奴は皆殺しにしてやるからよォ!」楽しげに、そして嬉々として刃蒼の後を追い駆ける臥堂。
     その発言に刃蒼は何も返さず、微苦笑を刷いて走り続ける。
     夜気に沈んだ街は静かで、遠くから聞こえてくる喧噪も穏やかなものだ。まさか隣の街が炎上し、壊滅寸前に陥っているなど、誰が想像するだろうか。ここはまだ平和が息をしている、皆が安全圏だと思い込んでいる、仮初の幸せが漂っている世界だ。
    「……なぁ臥堂君」
     不意に走る足を緩め、刃蒼は臥堂を振り返った。臥堂は不思議そうに歩調を落とし、刃蒼の隣に並ぶ。
    「何だよ?」
    「もしこのゲームの行き着く先が、僕ら四人の死やったら、臥堂君はどないする?」
     それは聞いてはいけない問題だと刃蒼は思っていた。このゲームが本質的に誰も助かる見込みの無い、明確なデッドエンドが設定されているからこそ、それはプレイヤー自身が知るべきではないし、知ってしまえばどうしてもそのルートから逃れようと悪足掻きをしてしまうだろう。
     このゲームから降りる事は出来ない。行き場の無い命は、必ず消失する。でも、いや、だからこそ、今聞かねば、一生後悔しそうだと、刃蒼は感じたのかも知れない。
     臥堂は不思議そうに刃蒼を見つめた後、「そりゃ、死なねえようにするしかねーだろ」と、まるで“バカな事を訊くな”と言わんばかりの態度で応じた。
     刃蒼は思わず呆気に取られてしまい、暫し言葉を失った後、不意に噴き出した。
    「何笑ってんだよ?」苛立ちを隠し切れない様子の臥堂。
    「はははっ、せやな、その通りや、はははっ!」膝を叩いて爆笑する刃蒼。やがて笑いが納まると、臥堂の肩を叩き、いつもの、精悍且つ飄々とした表情を覗かせる。「せやな、せやせや、死なないようにするしかあらへんな。臥堂君、偶には良い事言うな? 自分、今最高にカッコ良かったで?」
    「はぁ? 訳分かんねえ事言ってねえでさっさと行こうぜ」意味不明だと、理解不能だと顔に書いてある臥堂。「てか、そんなゲームをしてるのか俺達は?」
    「そうやなぁ、その時になったら教えたるわ。このゲームの本質っちゅうか、誰が何のためにこないな事を僕らにさせとるかって事を」微笑を浮かべて臥堂から視線を逸らす刃蒼。「……そのためには、お互い生き残らなな、臥堂君。僕、何だかんだ言うとるけど、自分の事頼りにしとるんやで?」
    「お、おう、勝手に頼りにしてろよっ」
     どこか恥ずかしげにそっぽを向く臥堂に、刃蒼は「ホンマ臥堂君は和ませ上手やなぁ」と微苦笑を浮かべ、改めて駆け出す。
     やはりこのゲームはここで頓挫させなければならない。空港に辿り着いた時点で投了となると既に分かっているのだから、その前に何としてでも手を打たねばならない。四人が生き残る、最善最良の手を。
     ――ヴェルドさんに相談した方がええか?
     ふと脳裏に浮かぶ明晰の男に、併し刃蒼は即座に肯定の意を挙げられなかった。彼は、任務のためなら仲間の犠牲は厭わないと既に明言している身であり、更にその兆候も一度臥堂を経由して確認している。危険人物とまで言うつもりは無いが、信頼に足るかと言われたら疑問視せざるを得ない、潔癖であり鉄壁でもある堅物と言うイメージは拭えない。
     マーシャに相談しても何の解決にもならない事は、彼女が野生児である事からも想定済みだ。臥堂も然り。彼らは考えて動く事はせず、動いてから考えるタイプであるため、刃蒼自身が望む結末に導いてはくれないだろう。
     ただ、誰にも相談せずにこの危難を突破できると思えるほど楽観視もしていない。現状既に八方塞がりの態なのだ、形振り構っていられる猶予はほぼ絶無に等しい。
    「――皆さんに尋ねたい事が有ります」
     不意に通信機から漏れた声は、ヴェルドのものだった。
     刃蒼と臥堂は同時に立ち止まり、通信機に指を触れる。
    「何だ? トラブルか?」「どないしたん?」「ボクのスリーサイズはヒミツダヨ!」
     マーシャの元気そうな声が通信機に入り込み、現状誰一人として欠けていない事が分かり、人知れず安堵の吐息を零す刃蒼。
    「モールス符号が理解できる人はいますか?」
    「何だそりゃ?」
     ヴェルドの発言に、臥堂が即座に疑念を返した。
    「短点と長点の組み合わせだけで構成されている符号の事やな」人差し指を立てる刃蒼。「元々は電信機で使われとったものやけど、単純な組み合わせ故に、無線通信に限らず、音響や発光信号でも使われるようになったぐらい、割と有名な符号やで。てか臥堂君そんな事も知らんの?」
    「知らねえな。今初めて聞いた」
    「バカじゃないの?」バカにした表情で呟く刃蒼。
    「殴り飛ばされたいかてめえ!」握り拳を作る臥堂。
    「ボクも知ってるヨ~! 戦忍童子ワンではライヴァルの刀忍童子との通信をする時に使われたのが初出だったンダヨ~。その後は――」「マーシャさんも使えるのは良いのですが、問題は臥堂が理解していない事だな」マーシャの閑話を遮り、ヴェルドが結論だけ先に告げる。
    「モールス符号使う場面が有る言う事か?」不思議そうに声を掛ける刃蒼。「それに仮に使うにしても、誰に対して使うかによっては筒抜けなるで?」
    「そのようですね。今の話は聞かなかった事にしてください」
     言うだけ言って通信が途絶し、刃蒼と臥堂は顔を見合わせ、不思議そうに小首を傾げるのだった。

    ◇◆◇◆◇

    「――私からも一つ、いいかね?」
     モールス符号の件で通信を終えたヴェルドの鼓膜に、マスターシックスの声が再び届いた。他のメンバーからの反応が無いのを見るに、先刻同様、ヴェルドだけに対する秘密回線だろう。
     ヴェルドは赤信号で停まっていたジープを再び駆動させると、大通りを抜けて、照明に照らされた空港を遠目に見る事が出来るビルの近くまで走らせる。
    「刃蒼瑞賢がこのゲームを何らかの形で破綻させようとしている可能性が有る、と言う話は、私自身、彼の観測記録からも窺い知る事が出来ている。恐らく君の言う通り、彼はこれから何かしらのアクションに出るだろう。故に君は彼を害そうと言うのだろう?」
     饒舌に、そして楽しげに囀るマスターシックスの長広舌に、ヴェルドは黙したまま話を促す。
    「では、臥堂征一はどうなんだね? 彼も、何かしらの手を使って、君に一杯喰わせようとしているのは、幾ら何でも君が気づかない訳が無い。そうだろう?」
     臥堂征一。この部隊で一番の問題児であり、一番の厄介事の種であり、一番仲間を裏切りそうな下種。
     その認識から逸脱しない限り、ヴェルドにとっては何の問題も無い、路傍の石も同然の存在でしかない。
    「彼に就いては思考を割く必要が無い。手に取るように何を為したいか把握できるし、何より考えるだけ徒労になる。彼が裏切った所で私には何の損失にもならないし、作戦にも支障を来たさないし、ゲームにも影響が無い。泳がせるだけ泳がせて、最後は共に任務完遂を喜ぶか、必要なら誤射で消えて貰うまで」
     淡々と、機械的に述べるヴェルド。そこに温情や慈愛の感情は一切含まれない。彼の傭兵としての価値をデータ化し、そこから見出せる選択を取捨していった結果、必要であれば傍に置くし、無いなら切り捨てる、それだけの事でしかない。
     尤も、臥堂征一と言う傭兵にそもそも価値が無い事は既にヴェルドの中で事実として認知されている。彼を切り捨てないのは、単純に彼を切り捨てる事によって生まれる不和を避けるためだけで、それが無ければ疾っくの昔に誤射で落伍している筈だった。
     作戦を徒に阻害する有害物質。そんな下種を部隊に居座らせ続ける事はヴェルドの本意ではないが、彼を慕う者が少なからず存在し、そして彼を慕う者の反感を買ってまで排斥する必要は無いと言う判断から、今も存命している、それだけの話だ。
    「つまり、君の相手ではない、そういう判断なのだね?」
     意味深な態度で鼻息を落とすマスターシックスに、併しヴェルドは「えぇ、そうです」と素っ気無く応じた。
    「君にしては珍しい反応ではないかね? ヴェルド君。臥堂征一に対して、何故そんな苛立ちを覚えているのか、私はそこにこそ関心が湧くがね」
     ――苛立ち?
     不意に顔に指を添わせると、確かに剣呑な表情を浮かべている事が、客観的にも把握できた。何故自分が臥堂征一と言う存在に険しい表情を見せなければならないのか、一瞬思考が混線する。
     ……否、その理由は自分で既に掌握済みであり、議題に載せる必要も無い位に下らないからこそ、何も知らずに隣に立つあの少年が、気に入らないのだろう。
    「彼のような無学で浅薄で蒙昧な少年は、戦争の生餌にしかならない」ジープを降り、ヴェルドはビルの外付けの階段を上って行く。「彼は生きる時代を……いや、世界を間違えたとしか思えない」
     ――にも拘らず、のうのうと生き存えているのが、理解できない。……違うな。条理に反しているんだ、あの存在そのものが。
     生きている筈が無いにも拘らず生きている。
     戦える筈が無いにも拘らず戦い続けている。
     それがあまりにも理解不能で、理不尽で、不条理で、――腹の底から憎悪が込み上げるのだ。
    「……ふっ」
     ……不意に、ヴェルドの口唇に笑みが差す。
     なるほどな、とヴェルドは思い至る。彼を嫌悪する理由は即ち、己が辿る事の出来なかった、理想の一つだったのではないかと、ふとそんな感慨が湧いたのだ。
     無学と知っていたから勉強した。
     浅薄と分かっていたから研鑽した。
     蒙昧と理解していたから精進した。
     あの少年は、自分が自分になる前の、絶望で壊れてしまう前の、――己だ。
     だから見ていてもどかしく、歯痒く、苛立ちを覚えずにいられない。己が既に見つけてしまった答を、探す事は無く、求める事も無く、呑気に戦場の空気を吸って吐いているだけだからこそ、自分の想いを全てぶちまけてしまいたくなるのだ。
    「何かおかしい事でも?」マスターシックスの怪訝な声が、通信機から食み出てくる。
    「いえ、思い出し笑いです」不意に兆した笑いの感覚に、ヴェルドは顔がにやけるのを止められなかった。「えぇ、そうですね。彼は腹立たしい存在ですよ。叶うなら、目の届かない場所に放り棄てたい程に、ね」
     清々しい気分だった。しこりの取れた顔で、ヴェルドはビルの屋上に上がる。月光を皓々と降り注ぐ、仄かな明るさを伴う夜の世界。視界の奥には、空港の照明が煌々と照り付け、眩く滑走路を映し出している。
     そこでヴェルドは携帯端末を取り出し、素早く操作し始めた。耳に当て、相手が出るのを待つ。
    「――苦から脱しましたか?」
     聞き慣れた殺戮者の、平生と変わらぬ声を受けると、ヴェルドは笑顔を潜め、冷淡な表情を覗かせた。
    「悟られずに刃蒼瑞賢を殺して欲しい。後片付けは任せる」
     それは、終わりの始まり。
     このゲームを完璧な形でクリアするために必要な儀式。
     任務を完遂すべく、葬らなければならない人物を、果断無く消す宣言。
    「――心得た」
     会話はそれで十全。通話を切り、ヴェルドは夜気を胸一杯に吸い込んだ。
    「……本当に殺すのだね、彼を」
     マスターシックスの声が遠い。己の決断を迷わせようとしているのだとしたら、あまりに無意味だと思いながら、ヴェルドは「えぇ、無論です。必要な工程は、必要だから踏むのです」と冷淡に応じ、携帯端末を操作し始める。
     何が必要で、何を調査し、何の情報を得るか。取捨は時間との戦いである。そしてゲームオーヴァーまでの時間はあまりに短い。
     最後の作戦開始まで幾許も無い。三人をどう動かし、どこに誘い出し、どこで仕留め、誰を生き残らせるか。それは今、誰でも無い、ヴェルドが決める事だ。
     誰にも悟られてはならない孤独な戦いを今、開始する。

    ◇◆◇◆◇

    「こちらマーシャ! 目的地のタワーに到着ナウ! とっても見晴らしがいいんデスヨー!」
     ニーリー市を一望できる展望タワーの最上階より更に上……本来従業員ですら立ち入れないそこにマーシャはいた。びゅうびゅうと吹き荒ぶ暴風に負けない声量で通信機に声を投げる。
    「マーシャさん、何かめっちゃ風の音が煩いねんけど、もしかしてあのタワーの外におるんか?」刃蒼の怪訝な声が通信機から漏れ出る。
    「ダー! とっても涼しい風が吹いてマスヨー! ヒューッ!」
    「いや、どう考えても涼しいってレヴェルの風じゃねえと思うんだけどよ……」臥堂の胡乱なツッコミが通信機から微かに聞こえてくる。
    「マーシャさん、視界は良好ですか?」ヴェルドの確認の声が這い出た。
    「ダー! 頗る良好デス! ここなら空港、空港周辺は勿論、ニーリー市を大体見渡せマース!」
    「それは重畳です」と返した後、「マーシャさん、私の事は視認できますか?」とヴェルドの声が続いた。
    「いやいや、流石に見えねえだろ……」「アレカナー?」「見えんのかよ!?」
     臥堂のツッコミは無視して、マーシャはスコープの倍率を上げてヴェルドの姿をレティクル内に収めた。彼は小さなライトを照らして合図を送っている。
    「――ナルホド! ここでモールス符号が役立つ時なんダネ!?」ポポンっと手を打つマーシャ。
    「そのつもりでいましたが、恐らく活用される事は無いでしょう」と言いながらライトを明滅させ続けるヴェルド。
    「……ヴェルドサン……?」
     送信された内容は、「空港内を見張ってください」と言う簡素なモノ。併しそれならば口頭で伝えても良い筈。彼が言う通り、わざわざモールス符号で伝える必要の無い伝令である。
     不思議そうに眺めていたマーシャは、自身の持つとある魔法少女のアニメで使われていたペンライトを取り出し、モールス符号を送り返す。
    「ポーニョ、っと! ヴェルドサンも不思議な人デスネー。もしかしてボクだけに愛のシグナル送っちゃったのカナ!? デュフフ!」
     楽しげに含み笑いを落とすと、表情を改めてスナイパーライフルであるフィズィを構え直す。スコープを覗き込むその表情はふわふわとしたいつもの呑気そうなものにも拘らず、纏う雰囲気は猛禽類が獲物を探すそれだ。
     空港内の様子は流石に殆ど視認する事は叶わない。出入り口や乗降口を見張る程度の役目しか果たせないが、それでも何らかの違和を感じ取る事が出来た。
    「……? ガードマンがいない……カナ?」
     人が通行する通りに警備の人間が立たないと言う事は、今のご時勢有り得ないと判じずにいられない以上、何らかの異常が現在進行形で展開されている事は明白だった。
     空港内を視認できる範囲で確認するも、異常は見当たらない……ように感じられる。距離が離れ過ぎている事も有って、マーシャには空港に出入りする人間を一人一人確認する程度の事しか出来ない。
     狼のように、凝然と伏せたまま身動ぎ一つ取らないマーシャ。獲物が視認できる瞬間を見逃さないように、一瞬でも気を抜かないように、レティクルと言う視界を絶えず良好にしたまま、ハンティングを継続する。
     すると、空港の中から初めて一人の人間が出てきた。女性だ、と認識する間も無く、マーシャの背筋に悪寒が走った。
     彼女は、距離にして約二キロは離れているであろうタワーの最上階の更に上に寝そべるマーシャに、“敵視を向けた”のだ。
     サングラスを掛けた女はマーシャを見たまま、届く筈も無いのに口唇を動かす。併しそれは、読唇術をも身に付けたマーシャには伝わってしまう。
     ――“ハンティングの始まりだ”
     そう女は口唇を動かしたかと思いきや、まるで白昼夢のように、姿がするりと背景に溶けた。
    「……ゴースト持ちで、且つボククラス……ううん、ボク以上の敵視掌握術……これがラスダンのエネミーの強さカ……!」
     ゴクリ、と生唾を呑み込むマーシャ。空港の周りには誰もいないと思い込んでいたが、恐らく既にあの場は敵性勢力が制圧済みなのだろう。今の女が敵視を自由に扱える程の手練れなら、空港に辿り着いた瞬間、突然背後から殺される可能性とて否定できない。
     見えない、感じない、気づかない。そんな兵士が彼女一人だけと言う保証はどこにも無い。薄ら寒い感覚に身を浸すと同時に、この高難度クエストは“遊び甲斐が有る”と、マーシャは唇を舐め取るのだった。
    「ラスダン攻略は時間が掛かりそうデスネ……! マーシャの本気を見るのデス!」
     鼓舞するように、誰も聞いていない空間で宣誓するマーシャ。普段の依頼では体感する事の出来ないイヴェントなのだ、楽しまなければ損する。そしてこれは、勝利する事で膨大な経験値が手に入るバトルだとも感じ取った。
     いつに無い真剣な表情で索敵を始めるマーシャの思考は徐々に熱を帯びて行く。

    ◇◆◇◆◇

    「刃蒼サン、臥堂サン、注意してくだサイ。空港周辺に、ゴースト保持者を一名確認しマシタ。相手はボククラス……いいえ、ボク以上の敵視掌握術を有している可能性が有りマス」
     通信機から漏れ出た発言に、刃蒼と臥堂は顔を見合わせる。
    「まじかよ。え、てかちょっと待てお前、よくそんな奴をあんな場所から見つけられたな?」通信機に指を触れながら展望タワーを見やる臥堂。「相手消えてるんだろ?」
    「空港周辺を索敵していたら牽制されマシタ。まるで――“お前の事は見えているぞ”と言わんばかりに、ネ」
     マーシャの声調は普段と異なり、緊迫感の伴う、珍しい雰囲気を纏っていた。
    「マーシャさん、もしかしてそいつ、マーシャさんでも辛そうな相手なん?」
     刃蒼の興味深そうな質問に対し、マーシャの返答が若干遅れた。
    「……ダー。ボクの全力を以て、五分五分だと信じていマスガ……」
    「まじかよ……」
     臥堂の呆然とした呟きに、刃蒼は全面的に同意だった。
     彼女ほど傭兵の中で最強に近い存在はいないと思っていた。その野性的とまで言わしめる鋭敏化された感覚、尋常ならざる射撃センス、どれを取っても一級……否、最上級とさえ言える程の膂力を秘めている。その彼女ですら敵わないかも知れないと弱音を吐いてしまう相手とは、一体如何程の存在なのか。
     怖いもの見たさで一度見てみたいとは思いはすれど、敵として遭遇はしたくないな、と言う想いを、臥堂と刃蒼は互いに顔を見合わせて頷き共有する。
     そんな時だった。不意に通信機から聞き覚えの無い声が飛び出たのは。
    「御機嫌よう、プレイヤーの皆様。今し方マーシャ・チェルニャフスカヤ……いえ、マーシャ様とお呼び致しますわ。……から、ご紹介に与った、“ナイトメア”と申す者です、以後お見知り置きを。ウフ♪」
     嫣然とした女声に、臥堂は刃蒼と目を見合わせる。“誰だ?”とアイコンタクトを飛ばすも、両者共に全く身に覚えが無かった。
    「……貴女が、マーシャさんの視認したゴースト保持者ですか」
     ヴェルドの端的な宣言に、通信機の先にいる女は「ウフフ……」と意味深な笑声を零す。
    「えぇ、ご明察ですわ、ヴェルディエット・ガレイア――いえ、ヴェルド様、と呼んだ方が良いのかしら」女声は楽しげに囀ると、一拍置いてから続けた。「皆様がご参加なされているゲームの最後の番人、そのリーダーである、コード“ナイトメア”がこのわたくし。皆様は最後の番人を斃す事で初めてラストステージへと階段を上れますのよ」
    「最後の番人……?」反芻する臥堂。「じゃあやっぱりこのゲームは……」
    「えぇ、もう終極に到る直前ですの、臥堂征一……いえ、臥堂様、と呼ぶべきかしら」一々艶然とした声で告げる女――ナイトメア。「最後の番人は四人……皆様が無事落伍者を出さずにここまで辿り着けた反証になりますわね」
    「っちゅー事は、最後の番人は生存者に合わせて用意されとった言う事か」通信機には触れずに独り言を呟く刃蒼。
    「あぁん、流石は刃蒼瑞賢……いえ、刃蒼様と呼ばせて頂きますわ。ご明察です、貴方様のご慧眼にわたくし、感服致しましてよ?」
    「お、おぉ、そりゃどうも……」思わず通信機から耳を離しそうになる刃蒼。「てか通信機の送信機能狂ってしもとんかい。僕の声駄々漏れやん」
    「あぁ、どうかお怒りにならないでください、刃蒼様……送信機能は狂ってはおりません、ただわたくしにだけは皆様の声が全て筒抜けになっているのです。ウフフ……ぜぇんぶ、漏らさずに聞かせて頂いておりますわよ……?」
     ハァハァと荒い息遣いが聞こえてきて、臥堂が思わず「こいつ変態なのか?」と刃蒼に尋ねたが、刃蒼は苦笑を浮かべるだけで何も返さなかった。
    「あぁんっ、臥堂様、そんな罵らないでくださいませ……わたくし、感じてしまいます……はぁ……」
    「目の前にいたら即射殺してる自信が有るぜ俺」辟易した様子で吐き捨てる臥堂。
    「臥堂君はホンマお子ちゃまって言うか……ブレへんなぁ……」呆れているのか感心しているのか判然としない表情で頷く刃蒼。
    「無事にニーリー市に辿り着いた皆様には、わたくしの方から緊急イヴェントに就いてお知らせ致しますわね」落ち着いた様子で説明を始めるナイトメア。
    「えっ!? もうジャッジメントサンとは逢えないのデスカー!?」
     ガーンッ、と言う擬音がとても似合いそうなほどショックな声を上げるマーシャに、ナイトメアは「えぇ、申し訳御座いません……もうジャッジメント様は皆様の前には姿を現しませんわ……ちょっとこちら側で不手際が起きてしまったみたいなんですの……ウフフ……」と申し訳無さそうなのか悪びれていないのか判然としないふわふわした声調で応じた。
    「ジャッジメントサンともう一度逢いたかったデス……」悄然としたマーシャの声が通信機から聞こえてくる。「可愛かったノニ……」
    「わたくしも可愛いでしょう? ウフフ……いいんですよ、可愛いって言っても……ウフ、ウフフ……」
    「ナイトメアサンはエロいです! えっちぃのはいけないと思いマス!」
    「あぁんっ、そんな……マーシャ様に嫌われてしまいましたのね……わたくし、とても悲しい……シクシク……」
    「……何なんこの茶番?」呆れ果てた様子で臥堂に視線を転ずる刃蒼。
    「俺に訊くな俺に」怪訝な表情で返す臥堂。
    「こほん、では改めて緊急イヴェントのお知らせを致しますわ」空咳を入れて真面目な声に戻るナイトメア。「空港に入るためには最後の番人を全員殺害する必要が有りますの。最後の番人は、“ファイター”、“サムライ”、“バッテリー”、そしてわたくし“ナイトメア”の四人になりますわ。制限時間は設定されておりません。ただ、急いで斃さなければ……ウフフ、大変な事になるかも知れませんわね」
    「“大変な事”?」
     臥堂が鸚鵡返しに呟いた瞬間、凄まじい砲声が鼓膜を叩いた。
     視界を巡らせずとも知れた。街の中心区で業火が立ち昇っている。
    「……“楽しい事”の間違いじゃねえのか?」自然と口角が釣り上がる臥堂。
    「……仕上げ、か」ポツリと漏れた刃蒼の呟きは併し通信機にも臥堂にも届かなかった。
    「安心してください、わたくし達は探さずとも皆様の元に自然と現れます。わたくし達にとってもこれはゲームですから」はぁ、と甘い吐息を零すナイトメア。「皆様を殺し尽くした時、わたくし達はゲームクリア……晴れて自由の身ですのよ」
    「はッ、御託はどうでもいい。殺すか殺されるかの戦いってんなら俺の土俵だ」ハンドガン――アサドを構え、颯爽と炎上する地区に向かって歩き出す臥堂。その顔には楽しくて楽しくてならないと言う笑みが刻まれている。「立ち塞がる全てを殺し尽くす。それが俺の流儀だからなァ」
    「あぁん、臥堂様、ス・テ・キ……思わず濡れてきてしまいます……あはぁ……」荒い呼気を返すナイトメアが、不意に声音を変えて続けた。「では始めましょう、素敵なゲームを!」
    「あぁ始めようぜ、クソッタレなゲームをよォ!」
     呼応するように一発空に向かって銃撃を放つ臥堂。
     これだ、これを待ってたんだと吼える臥堂に、刃蒼は何も言わなかった。
     これがこのゲームに於けるラストチャンスだと、彼には分かっていたから。
     始まってしまったゲームは止められない。ならば、どこかで分岐点を探すしかない。全員の死が確定していない、未知のルートを探り当てる。
     刃蒼の思考が、並列で回転を始める。ゲームを根本から覆す策を練るために、四人が笑ってゲームを終われるために、今出来る事を、全て費やして。


    【次回予告】

    「……殺さなくては殺されると言う環境に立っているにも拘らず、諦めると言う選択肢を選ぶ方が、私は理解に苦しみますが」

     番人は応現した。互いの死を望み、己が願いを果たすため。

    「俺は、立ち塞がる全てを殺す。敵は殺すしかないんだ。俺は敵を生かしておけるほど、善人じゃないんだ」

     障害の死を以てしか先に進めぬ、故に牙を研ぎ、殺意を充溢す。

    「互いに得物見せたったんや、こっからが本番やろ? 掛かってきぃや、僕も全力で相手したる」

     夜に満つる狩人の祭典は、斯くして花開いた。

    「面白い――ッ!」

    Continued on the next stage……
    【後書】
     今回は本編には直接関係無いお話を少し。
     以前別の作品の後書で「拙作に既存のミュージックを割り当てて、主題歌のように考えるのが楽しい」と言ったような事を綴ったのですが、この【戦戯】には「天鏡のアルデラミン」ってミュージックが合うなーと思いまして。
     アニメ「ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン」のOPで「岸田教団&THE明星ロケッツ」と言う方が歌っているのですが、このミュージックの歌詞が何と言いますか、【戦戯】のキャラクターそれぞれの想いを表しているように感じましてなー。良かったらご一聴して頂けると幸いです。
     と言う訳で物語も終盤の様相を呈して参りました。もう十話もしない内に完結する……予定です。目下最終章を創作中ですが、あれも綴りたいこれも綴りたいと詰め込んでると、中々物語が進まず文章が嵩んでいる次第でして、これまた予定より長引く予兆かなーと戦々恐々たる想いで執筆しております。
     日逆孝介の綴る殺し合いの物語、もう少しだけお付き合い頂けると幸いです。
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    Comments

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    2016-12-20 20:09 
    日逆孝介 No.493
    感想有り難う御座いますー!

    いえいえー! 遅くなっても気にしなーい!(^ω^)
    こちらこそいつも感想有り難うですおー!
    もう少しで終幕と言う所まで来ましたので、どうか最後までお付き合い頂けたらと思います……!w

    ミュージックカッコいいですよね!w ぴったりと言って頂けて嬉しいですー♪(´▽`*)

    次回もお楽しみにー♪
    2016-12-20 19:51 
    tomi No.492
    更新お疲れ様ですvv

    すっかり遅くなってしまいましたー( TДT)ゴメンヨー
    490コメさんの仰る通りです!! ほんとありがとーvv
    物語はますますな難解、過酷な方向へ進んでいってますが、
    がんばってついてくよーw

    あっ、ミュージックぴったりwかっこよかったですvv

    次回も楽しみにしてまーすvv
    2016-12-20 13:24 
    日逆孝介 No.491
    素敵な感想を有り難う! そして有り難う!!
    2016-12-20 00:42 
    ナイトメアファン No.490
    素敵なキャラと作品を有難う!そして有難う!
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