鎖錠の楼閣

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    【神戯】030:遊始に到る〈其ノ漆〉【オリジナル小説】

    ■タイトル
    神戯

    ■あらすじ
    「最後の遊戯を始めよう」――世界を滅却した絶対神、〈禍神〉である四人の少年少女が始めたのは、最後の一人になるまで殺し合う遊戯――【神戯】。《神災》に因って世界人口が百分の一にまで衰退した百年後の世界を舞台に紡がれる悪夢の遊戯録。その全容が今、紐解かれる――

    ▼この作品は【鎖錠の楼閣】、【小説家になろう】(http://ncode.syosetu.com/n0899k/)、【ハーメルン】(https://novel.syosetu.org/94282/)、【風雅の戯賊領】(http://huuganogizoku.web.fc2.com/)、【カクヨム】(https://kakuyomu.jp/works/1177354054881697929)の五ヶ所で多重投稿されております。

    ■キーワード
    R15 残酷な描写あり オリジナル戦記 異能力バトル 冒険 群像劇 狂気 殺し合い/デスゲーム 架空戦記 戦争 外道 超能力 異世界 ダーク 遊戯 バトル エンターテイメント

    ■第30話

    030:遊始に到る〈其ノ漆〉


     是烈と〈牙〉は【鍛練の間】の件を終えた後、結局夕刻まで見学を続け、党員が帰途に着く頃になって終了を告げた。
    「今日は丸一日時間を頂いてしまって申し訳無い。白風さんもお忙しいでしょうに」
    【大聖堂】の巨大な扉の前で〈牙〉は白風にお辞儀をする。是烈も隣で倣って腰を折る。
     白風は不変の微笑を湛えて、「とんでもない」と応じる。本心を窺わせない、と言う意味では完璧な対応と言えた。
    「それでは、今日はこれで失礼します。また近々寄らせて頂きたいと思いますが、構いませんか?」
    (え、また行くの?)と是烈の心の中に忽ち暗雲が立ち込める。神経が参っているのか、すぐに表情を切り替えられなかった。辟易した表情が数瞬浮かんでいた事に気づき、慌てて取り繕う。
    〈牙〉の申し出に対し、白風が大様に頷く。
    「いつでもいらして下さい。心より歓迎致します」
    「それは楽しみです。――では、これで」
     再びお辞儀をすると、〈牙〉は是烈の横をすり抜け、【大聖堂】に背を向けて歩き出す。是烈もお辞儀をして即座に〈牙〉の背中を追う。
    【大聖堂】の前に拡がる広場へと足を踏み入れつつ、是烈は〈牙〉の隣に並んで、若干疲弊した声を上げる。
    「……また明日、来るつもりなんですか?」
     偽らざる本音を漏らす是烈。出来る事なら、もう来たくないとさえ思う。それだけ神経を磨耗している気がしてならない。白風から離れたというのに、まだ神経が昂ぶっているようで、緊張感が未だに解けない。このままでは精神に異常を来たすのではないかと思う程だ。
     昨日よりも更に疲労を感じる是烈の隣で、〈牙〉は相も変わらず飄々と応じる。
    「時間が無いからな。止むを得まい」
    「……【神戯】が始まるのって〈神災慰霊祭〉当日でしたよね? 明後日から始まるとは言え、そんなに根を詰めなくても……」
    〈牙〉が生真面目な性分なのは是烈もよく知っている。けれど、【神戯】――本戦が始まる前から頑張り過ぎる必要は無いのではと思わずにいられない。それも、何度も言うが殯が【大聖堂】にいると言うのはあくまで〈牙〉の勘でしかない。幾ら彼の勘が当たる確率が高いと言っても、何の根拠も立証できていないのだ。
     広場は二日後に開かれる〈神災慰霊祭〉の準備で慌しい様相を呈している。昔は、〈神災慰霊祭〉はしめやかに開かれる暗い行事だったらしいが、現在では出店や見世物があちこちに現れ、宛ら祭典の印象が濃くなっている。民の大半が《神災》と言う未曾有の大災害を知らない者達なのだから、そもそも何で八月の終わりに祭が開かれるのかさえ知らない者がいるに違いない。
     それ故、広場は賑やかな活気に満ちている。皆これから始まる祭りに向けて、今から浮かれているのだ。その気分を今の〈牙〉に少しでも知って貰いたいと思うのは、決して【大聖堂】に赴くのが鬱だからと言う理由だけではないと是烈は考えていた。
     そんな是烈の発言に〈牙〉は仮面越しに頭を掻きだす。
    「根を詰めてるつもりは無かったんだけどなぁ。それに、これ位やらないと奴らに置いてけぼり喰らっちまうしなぁ」
     独り言のように応じる〈牙〉。その視線が広場に点在する出店の一つに留まる。
     その視線の先に是烈も顔を向けて見る。出店の一つ――面屋がそこに在った。中には現在〈牙〉が付けている牙の面と瓜二つの品まで扱っている。
    「【中立国】でも〈牙〉さんは有名みたいすね。【竜王国】じゃ珍しくないですけど」
    「……かもな」
     短く〈牙〉が返した、その時。〈牙〉の前方で何かがぶつかる音が響いた。
     是烈が視線を戻すと、〈牙〉の前に立つ者が〈牙〉を見上げて動きを止めていた。
     一言で言えば奇怪な姿をした者だった。ヘルメットのような黒い球体の被り物で頭を覆い、全身を黒い服で覆い、肌は一部も曝していない。全身が黒い人間は、身長が百六十は無く、明らかな肥満型だ。
    「手前、どこ見て歩いてんだよ、あァ!?」
     全身真っ黒の人間――男は、野太い声をくぐもらせて怒鳴り散らす。声が出るよりも早く、黒い男の手は〈牙〉の胸倉を掴み上げていた。ただ、身長差の関係で〈牙〉の体が持ち上がる事は無い。
    「どこ見て歩いてるも何も、俺は立ち止まっていたんだが」
     応じる〈牙〉の声は平静そのものだ。全身漆黒の男は素顔が見えないから判らないが、態度からして確実に激昂していた。
    「うっせえぞ愚図が!! 手前が避けりゃ済む話だったんだろうがよ、あァ!?  とっとと謝れよ、あァ!?」
    「煩いのはお前だ。どうして俺が避けなければならないんだ? 謝るのは寧ろお前だろ」
    「て、ん、め、え……ッ!! 一々突っかかりやがって、そんなに死にてえのか!!」
    〈牙〉の反応が漆黒の男の神経を著しく刺激しているのは傍目にも明らかだった。是烈は止めようかとも思ったが、〈牙〉の力を考えると止めるべきは恐らく相手の方だろう。
     そう思っていると、隣から声を掛けられた。
    「彼を止めなくていいのか? このままでは彼は殺されるぞ」
    「は?」
     声のした方へ振り向くと、そこには優男と称すべき細面の男が突っ立っていた。藍色の着物姿で、帯に剣の柄らしき物が刺さっている。身長は百七十ほど有るだろうか。空色の瞳に、紺色の長髪。耳朶に水玉模様のピアスが付いている、軽薄そうな印象の湧く、二十代程の青年。
     是烈は青の印象が濃い青年へと苦笑を滲ませる。
    「いや、このままじゃ、あの真っ黒の方が痛い目を見るぞ。君こそ彼を止めた方がいい」
    「僕は警告したぞ。後で文句は言わないでくれよ」
    「はぁ……」
     気後れを感じて、是烈は思わず尋ねてしまった。
    「君、〈牙〉って人を知らないのか?」
     着物姿の青年は柳眉を顰め、端整な顔を少し歪めると、すぐに何かに思い至ったようで、納得したように呟きを漏らした。
    「彼が【竜王国】の英雄、〈牙〉なのか。初めて見るが、確かに牙の面を付けているな」
    「もしかして君、【燕帝國】の人間なのか?」
     【中立国】でも〈牙〉と言えば有名な存在なのに、姿を見ても分からず、牙の面を初めて知ったかのように反応するのは、【燕帝國】の人間としか思えない。
     とは言え、是烈も【燕帝國】での〈牙〉の知名度を知っている訳ではない。【竜王国】の辺境や、【中立国】の人間でも中には知らない者もいるかも知れないのだから。
     そう思っての質問に、青年は瞳を少し眇め、是烈へと視線を向ける。
    「【燕帝國】の人間が無知だとでも言いたいのかな、君は」
    「あ、いや、違うんだ。気を悪くしたなら、謝るよ」
    「……確かに、僕も、彼――兵麻(ヘイマ)も【燕帝國】の人間だ。そういう君は〈牙〉の部下か何かかな?」
    「ああ、俺は〈神災対策局〉副局長で、是烈って言うんだ」
    「なるほど。僕は臓玄(ゾウゲン)。――と、自己紹介してる場合じゃないな。彼らを止めなければ」
     美形と呼べる顔立ちの青年――臓玄が、啀み合う二人へ意識を向ける頃には既に収拾が付かなくなりかけていた。
    「喧嘩を売っているのなら、しょうがないから買ってやる。但し文句は言うなよ」
    「よーしよしよし、手前の言いたい事はそれだけか、あァ!? 手前は俺様の大事な袋の緒をブチ切りやがったんだ、微塵も残さず灰にしてやらァ!!」
    「ほー。やれるものならやってみろ」
     売り言葉に買い言葉の応酬は、遂に終焉を迎える。
     黒衣の男――兵麻が怒り心頭で震えていた体を不意に止めると、〈牙〉の胸倉を掴んでいた手を離し、数歩分、後ずさる。
    「――ギャッハッハッハッ、手前は最終警告をふいにしやがったな? 残念だ、ひっじょーに残念だ。――この広場が灰燼に帰すのは、全部手前のせいなんだからなァ!!」
     兵麻がそう告げた瞬間、是烈の隣で臓玄が「まさか、」と瞠目したのが分かった。
     兵麻の右手が持ち上がり、掌を〈牙〉の体へと向け、止める。その掌に空気が吸い込まれていくのが判った。一陣の風が吹き荒れ、広場の空気を根刮ぎ吸い込んでいく。
    「何を……しているんだ……?」
     強風に煽られながらも、刮目して兵麻の右手に意識を向け続ける是烈。
    「兵麻、止めろ! 派手な行動は控えろと――――」
     臓玄の諫言が響いたと思った、次の瞬間。
     世界は刹那に、閃光に満たされた。
     続いて弾けたのは鼓膜を突き破らんとする、世界を蹂躙する轟音。
     網膜を焼き、鼓膜を劈き、次に襲い来るは――衝撃。
     反射的に顔を覆った是烈の体は、一瞬地を離れていた。それは風――先程まで吸い込まれ続けた空気が突然、一瞬にして逆流したかのように、突風などと言う生易しい次元ではない轟風が、厖大な熱量を伴って吐き出された。
     ――そう、風には熱が伴っていた。熱風、と呼べる熱量ではない。皮膚が生きながらに焦がされる、痛みを伴う熱さを孕んだ風が、是烈の体を数十メートル滑空させる。
     感じた浮遊感は気づくと消え、背中がアスファルトの地面で擦られていた。受身を取れず、為す術も無く背中を擦りながら地面を滑走して行く。
     厖大な量の光・音・熱・衝撃に意識が一時的に麻痺し、何が起こったのか現状把握する事も出来ず、ただその場で固まっている事しか出来ない。
     やがて意識が正常に戻ると、ようやく体を起こす事が出来た。何が起こったのか、それをまず知らなければ。そう思って顔を覆っていた腕をずらし、瞳を開く。
    「………………何、だ……これ……」
     腕を離し、視界を充分に確保して確認したその光景は、幻覚か悪夢か、そのどちらかとしか脳が判断を下せない――それ程までに惨劇を極めていた。
     端的に言うならば、――広場の一角がごっそりと消失していた。
     厳密に言えば、兵麻の右手の掌が向く先――そこが数百メートルに亘って根刮ぎ燃やされていた。更に言えば、兵麻を中心に半径数十メートルに物が存在しなかった。露店でさえ数十メートル吹き飛ばされ、薙ぎ倒されている。
     爆弾が爆発したかのような惨状。それも、兵麻の右手から放出されたのは指向性を持った爆弾――いや、もしかすると砲弾だったのかも知れない――その余波だけで半径数十メートルの物が吹き飛び、主となる指向性爆発は数百メートルに亘り建物及び人を根刮ぎ燃やし尽くしていた。
     悲鳴すら上がらない。誰もが何が起こったのか分からず、困惑と共に愕然とした面持ちで、是烈と同じ景色を見ている。
     その中心――爆心地に佇む兵麻は、一人で哄笑を張り上げていた。
    「ギャハハハハハ!! ザマァザマァザマァ!! だから俺を怒らせるなっ言ったんだよバーカ!! ギャハハハハハ!!」
    「〈牙〉、さん……?」
     やっと思考が回り始める。是烈の視界に映らない者の名を告げた時、隣で同じように顔面を腕で覆っていた臓玄が起き上がる。服は焦げつき、髪はチリチリになり、顔も少し煤けていた。是烈も自覚していなかったが、同じような状態になっている。
    「残念だが、彼の“獄焔砲(フレアキャノン)”をマトモに受けて生きているなど有り得ない。……悪い事をしたな」
    「………………は? 何、言ってるんだ? お前……」
     是烈が更に言い募ろうとする前に、臓玄は兵麻の許へと歩いて行ってしまう。臓玄は苛立ちの混ざった嘆息を零しつつ、兵麻へと声を掛ける。
    「――兵麻、今ここで派手な立ち回りをすれば、後の行動に制限が掛かると、僕は言わなかったか?」
    「あァ!? 仕方ねえだろうがよ、あのクソ仮面野郎が俺に……」
    「言い訳はするな。それとも、僕の命令が聞けないのか?」
     臓玄の底冷えする眼差しに、兵麻は一瞬たじろいだように見えたが、すぐに舌打ちを返した。
    「分かった分かった、手前の命令に従やいいんだろ。……ランクが上だからな、手前にゃ逆らわねえよ。――で、どうすんだ? 臓玄」
    「これだけ派手な騒ぎにしたんだ、〈神災対策局〉だけじゃなく〈救世人党〉にも目を付けられたと見て間違い無いな。――逃げるしかないだろう」
    「逃げるだァ!? ここまで来たら、一気に〈禍神〉のクソアマも皆殺しにすりゃいいじゃねえかよ!」
    「……確かにそうすれば事は容易く片づくだろうな。……さて、ここまで派手な騒ぎを起こして、相手が警戒心を露にした状態で、果たして僕らの力だけで〈禍神〉に敵うだろうか?」
     臓玄は醒めた表情で兵麻を見やり、そう告げる。婉曲に兵麻を諫める言葉に、彼は不満を覚えつつも仕方ないと言った様子で肯定の意を唱える。
    「分かったよ、ちッ、つまんねえな……。じゃ、いつもの“白霧世界(スチームワールド)”で離脱すっか」
    「――待てよ、手前ら」
     沈黙が占拠する場で唯一人、二人の男へと声を掛ける者がいた。
     ――是烈は軽度の火傷で軋む腕を動かすと、折り畳んで仕舞ってあった三節の斧槍を背中から抜き放ち、一振りで組み立てる。その双眸には、怒りと憎悪、そして僅かな恐怖が浮かんでいる。そしてそれらを塗り潰すように、殺意が鏤められていた。
     臓玄が柳眉を顰め、兵麻が短い笑声を上げ、応じる。
    「――是烈くん、とか言ったな。今の光景を見て何も思わないのか? ――君では、敵わない」
    「ギャハハハハ!! 臓玄の言うとおりだぜ! 手前なんぞに何が出来る!? 手前も跡形も無く消し炭にされてえか!?」
    「……煩えよ。手前らはやっちゃいけねえ事やらかしやがったんだ。捕縛はしねえ、ここで――この場で、殺してやる」
     是烈の体が刹那に移動を開始する。迷いも惑いも無かった。既にこの時、是烈の視界には二人の少年しか映っていなかった。現実が希釈され過ぎて、全身の感覚が、二人の少年以外の全てを感知しなくなっていた。
    「ギャハハハハ!! いいぜいいぜいいぜ!! そうこなくっちゃ面白くねえ!! 手前はここで――」
    「――下がっていろ、兵麻」
     是烈の斧槍の矛が兵麻の脳天を貫く前に、臓玄が着物の帯に挟んでいた柄を抜き放つ。柄しかない、まるで、リレーのバトンのような短い棒切れを握り締めると、再び空気が吸い込まれて行くような感覚を、是烈は感じた。空気の流れが、柄だけの武具へと凝縮していくのが分かる。
     そして、次の瞬間、是烈の眼前に見た事も無い光景が広がった。
     臓玄の持つ柄だけの武具の先から、水が噴き出したのだ。それも蛇口やホースとは比べ物にならない程の水圧を伴った、水の柱と言える量の水が。天を貫かんとする水柱を見て、思わず足を止めてしまう是烈。
    「何なんだ、これは……!!」
    「『水錬刀(スプラッシュブレード)』……空気中の酸素と水素を取り込んで水の刃を創りだす、“幻想武装(イマジンウェポン)”の一つだよ、是烈くん」
     思わず漏れた是烈の呟きに、落ち着いた声で説明を告げる臓玄。
     彼の持つ柄から迸る大量の水は空高くまで上ると霧散し、小雨のような水滴を辺りに降り注ぐ。先程までの荒涼とした空気が一瞬にして潤いを懐く。
     霧雨のような水が充満する世界は、先程急激に熱せられた地面に触れると蒸発し、辺りを白く染め上げていく。
     視界が、徐々に白く閉ざされていく。――その段になって、是烈は気づいた。
    「――逃がすかよッ!!」
     三節の斧槍を振り回して臓玄へと飛びかかる是烈。躊躇を削ぎ、一撃の名の元に臓玄の心臓を劈く――つもりだった。
     臓玄の持つ水柱を上げる柄――『水錬刀』が振り下ろされ、凄まじい水圧の掛かった刃が是烈へと牙を剥く。
     是烈はその瞬間、感覚のみでその動作を行っていた。
     即ち――「停止せよ」――と、念じたのである。
     水の刃は是烈の肩の皮膚を薄く破ると、その空間に縫い止められた。完全に動きを失い、まるで氷の像のように固体化を果たした。
     まだこの〈神力〉――〈盾ノ神〉に慣れていなかったため肩から出血したが、それは許容範囲だった。寧ろ正確に発動してくれた事に感謝が尽きない。一か八かの大博打は成功を納めた。後は――奴らを、屠るのみ。
     視界に映る臓玄の顔は驚愕に彩られ、刹那には現状を把握できないようだった。これを於いて好機など有り得ない。是烈は更に足を踏み出し、固定した水の刃を避けるように、斧槍を振るう。
    「くたばりやがれぇ!!」
     喊声と共に是烈の斧槍の矛先が臓玄の胸に吸い込まれ――
    「――くっ!」
     ――咄嗟に我に返った臓玄が、水の刃より柄を離し、柄だけの武具で斧槍の矛先を受け止め――きれず、逸れた矛――斧の刃が肩の薄皮を抉り取っていく。
     鮮血が服越しに散り、臓玄の顔が苦痛に歪む。
     是烈はそこで足を踏ん張り、斧槍を引き寄せる。斧槍の矛に付いている斧の刃の部分が肩を更に深く抉り、臓玄を引き倒す。
    「うァッ!!」
     呻き声と共に臓玄の体が地面に叩きつけられる。辛うじて顔面から落ちる事は防がれ、受身を取るように転がる。霧雨は止んだが、辺りには白い霧が蔓延し始めていた。
     是烈は怒りに身を委ねたまま、斧槍を高く振り上げ、臓玄の脳天を搗ち割らんと叩きつける。
    「やらせるかよォッ!!」
     臓玄に続いて我に返った兵麻が右手の掌を是烈へ向け――一瞬だけ空気を吸い込んだかと思うと、刹那に砲弾が吐き出された。
     砲弾――ではない。それは実体の伴わない、灼熱の塊だった。先程の比ではなかったが、是烈を行動不能に陥らせるには充分だった。
     灼熱の塊が顔面へ叩きつけられる直前に、是烈は咄嗟に斧槍を持つ両手で防御を行った。それでも熱は防げず、腕から頭に掛けて焼けるような熱量を感じ、思わず踏鞴を踏む。髪の毛が焼ける凄まじい悪臭が鼻腔を貫く。
    「くッ、あぢッ、くそッ!!」
     炎が頭部に纏っているのが分かる。生きながらに焼かれると言う悍ましい感覚に身を浸されながらも、是烈の想いは未だに不変だった。二人を殺さねばならない――その想いが思考を焼き、正常な思考など出来る筈が無かった。
     その間に、抉られた左肩を庇うようにして臓玄が立ち上がり、苦痛に耐えるように歯を食い縛ったまま、告げる。
    「……兵麻、逃げるぞ」
    「はァ!? ここまでやられといてそりゃねえだろ!? 奴ァ確実に仕留めるべきだろォが!! あんなおかしな力を使う奴を生かしとく訳にゃ――――」
    「そこの二人組!! その場に跪いて両手を頭の後ろで組みなさい!!」
     突然響き渡る少女の声に、兵麻は何事かと苛立ちを隠しきれない様子で振り返る。
     振り返った先――広場の入口には十人ほどの男達を従えた、少女が見えた。全員軽装とは言え武装している。少女は拡声器を使っている訳でもないのに、朗々と響く声を張り上げる。
    「それ以上おかしな真似をすると、武力行使も止むを得ません!! 直ちに〈神災対策局〉の命令に従いなさい!!」
    「ちッ……〈神災対策局〉の連中が来やがったのかよ……あーあクソ面倒臭ェなァ!! ――臓玄!! いっそここで奴らも皆殺しにしちまおうぜ!?」
    「箍を外すのは殯と言う〈禍神〉を見つけてからにしろ、兵麻。何度言えば解る、今度こそ逃げるぞ」
     呆れ返った様子で嘆息する臓玄。『水錬刀』にある出っ張りに手を触れ、再び周囲の空気の吸引を始め、――柄の先から大量の水を噴出させる。先程とは違い、水柱が空高くまで上がる事は無く、霧のように辺りに満遍無く降りかかるように設定してある。
    「ちッ……仕方ねえな。場所は例のトコで良いんだな?」
     臓玄が振り返りもせずに、小さく「ああ」と応えたのを確認し、兵麻は両手の掌を地面に向けて、――告げた。
    「じゃあなァ、〈神災対策局〉の狗共!! 今度俺様に楯突くなんて腐った事しやがると、次こそ手前ら全員纏めて灰にしてやるからな!!」
     最後に有りっ丈の侮辱と嘲弄を込めた哄笑を張り上げると、兵麻の両手から厖大な熱が噴出され、地面を張っていくその熱が霧雨を蒸発させ、刹那に辺りを水蒸気で白く閉ざす。
    「あ、こら!! 待ちなさーいっ!!」
     少女――箕萩の制止の声も虚しく、二人の少年を見つける事は叶わなかった。
     白く混濁した世界が、すぐに晴れる事すら、叶わなかった。
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