鎖錠の楼閣

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    【戦戯】023.猟王の園庭〈3〉【オリジナル小説】

    ■タイトル
    戦戯

    ■あらすじ
    遠い未来。戦争が当たり前のように行われる荒廃した世界で、或る男に一本の電話が入る。「君にゲームをして貰いたいんだ」……それが悪夢の始まりだった。――ひょんな事からチームを組んだ四人の男女の、狂れたゲームの物語。

    ▼この作品はブログ【鎖錠の楼閣】、【小説家になろう】(http://ncode.syosetu.com/n3582cz/)、【ハーメルン】(http://novel.syosetu.org/73083/)、サークルサイト【風雅の戯賊領】(http://huuganogizoku.web.fc2.com/)、【カクヨム】(https://kakuyomu.jp/works/1177354054881703366)の五ヶ所で多重投稿されております。

    ▼再投稿作品になります。

    ■キーワード
    R15 残酷な描写あり 戦争 ライトノベル 銃撃戦 再投稿

    ■第26話

     023.猟王の園庭〈3〉


     ニーリー市へ向かう道中、一台の対向車とも遭遇しなかった。法定速度を軽く超過するジープだったが、一台の車両も捕捉する事が叶わず、テールランプより先にニーリー市の煌びやかな灯りが見えてきた。
     アズラク市と比較するとニーリー市の方が規模は大きく、人口密度も比例するように高く、そして民警の質が高水準である事は、事前に周辺地域を調査していたヴェルドの記憶に新しかった。
     夜半であっても電飾が煌々と瞬き、昼間のような明度を誇る様子は、遠目からでも判り易く映る。特に現在走っている荒野が周囲一帯何も無い渺茫たる空間である事で、殊更に街の輝きが際立って見えた。
     ――マスターシックスの狙いは把握した。彼のお陰で今後の展望も大掴みにだが予想できる。
     刃蒼に届いたメール。送信元は先刻通信した相手、鮎川八恵だと彼は明言している。その秘された文面は、一瞬だがヴェルドの視界に映り込んだ事で、内容は全て脳内に記録され、その文章の解読も既に終了していた。
     たった一瞬の出来事だったが、その寸毫(すんごう)でヴェルドには充分だった。鮎川が刃蒼に伝えたかった内容を把握した事で、クラウンと名乗る女の漏らした話の内容の意図も、更にはマスターシックスの正体すら判明し、且つ彼がこの四人に何を成し遂げさせたいのか、その狙いまで完全に掌握するに到った。
     このままマスターシックスの傀儡で在り続けるのは得策と言えないが、現状既に流れに逆らう事すら許されない圏域にまで進行してしまっている。どう転んでもこの四人が死ぬ結末に辿り着く。それは確定された未来図であり、覆せない予知でもある。
     過去に落ち度が有ったとすれば、強いて挙げるならジャッジメントが宿に現れた時点で己の死は確定していたと言えよう。天災に見舞われたとしか言いようの無い、世間一般に有り触れた不幸の一例だ。
     ヴェルドの脳内で無数のピースが一つ一つ組み合い、鮎川が送信した文章の内容と先刻クラウンが語った話の内容がパズルのように当て嵌まる度に、未来に待つ死が深まっていく。元々ルートは限られていた。その限られたルートの全てが、死に向かっているのだ。
     思考が導き出す一つの予想図。このままニーリー市の空港……つまり今現在行われているゲームのゴールに辿り着けば、現状を更に悪化させる“何か”がそこで発生する、と言う事だけは確定している。
     ヴェルドの推理する事態が全て想定通りになれば、辿り着いた空港こそがこのゲームの最終ステージとなる可能性を秘めている。無論可能性であって、最終ステージは別に用意されているかも知れないし、そこに辿り着く前にゲームが終わる未来も当然有り得る。
     視線を前方に向けたまま、意識だけ刃蒼に傾ける。到って平然と車外に視線を飛ばす彼から緊張感や恐怖感は全く感じられない。あの文面を正しく理解して、且つ平静を装っているのであれば、大した心胆だと称賛したい程だった。
     まさか彼ほどの俊士(しゅんし)が文面の意図を認識できなかったとは考え難い。そして把捉したのであれば、彼の人格を察するに、ギリギリまで黙するだろう。彼が知り得たのは、主催者が黙っていた、そして最後まで隠し通そうとした、このゲームの根幹であり本質なのだから。
     刃蒼瑞賢と言う男にはこの時点で既に付加価値が発生している。この謎のゲームをどうにかしようと考えるだけの土壌が与えられたのだ。或いは彼ならばこのゲームを破綻させ、プレイヤー全員を生かす方向で解決する事が可能かも知れない。
    「――五十人、いえ、七十人はいマス……!」
     突然マーシャが眼を見開いて前方を指差した。隣で臥堂が「何の話だ?」と怪訝な面持ちで前を見るも、彼はまだ気付いていないようだ。同様に、隣に座す刃蒼にもまだ視認は出来ないのだろう。
     ニーリー市の目前。廃棄されたと思しき雑居ビルの群れに、無数の光点が感知できた。対物ライフルであれば疾うに射程圏内だが、アレは――ロケット砲だ。
    「――止まれ! それ以上の接近は敵性行為と見做し射殺も辞さない!」
     拡声器によるノイズ混じりの男声に、ヴェルドは刹那に思考を回す。警告に応じるようにブレーキを踏み込み、車両を急停止させる。隣で刃蒼が驚いた声を上げてつんのめる様を見届ける間も無く、ヴェルドは背後に向かって小さな声で尋ねる。
    「マーシャさん、対象が民警であるか否か鑑別できますか?」
     距離にして五十メートル近く離れているため、こちらが何者であるか判断する材料は少ないだろう。民間人である可能性を宿しているため、停車に応じた相手を即射殺する訳にもいかない。
     ……だが、それはあくまでこちらの思い込みに過ぎず、相手が民警であろうが無かろうが、現状民間人を銃殺してくる連中が存在すると言う仮定が成り立つ時点で、現在ヴェルドが起こした停車と言うアクションは、相手に的と認識させる愚行でしかない。
     即断即決。マーシャの返答次第では強攻策も辞さない構えで、ヴェルドはそっとアクセルペダルに右足を添える。
    「民警に間違い無いデス! 敵視を感じマスケド、悪意は感じマセン!」
    「……お前本当に万能だよな。敵視と悪意を区別できるって、どんだけ高性能なセンサーなんだよ」
     遠方に視線を向けたまま告げるマーシャに、臥堂が呆れ果てた様子で呟きを返す。刃蒼も同様の感想を懐いているのか、微苦笑を浮かべて首肯を見せた。
    「せやな。お陰でこっちも動き易くなっとるし、臥堂君より優秀やで」
    「俺と比べんなよ! つか、こいつと比較されたくねえよ!」
     ヴェルドは寸毫の空隙を使い、現状考え得る状況展開と観測できる要素を繋ぎ合わせ、ここで採り得る最善を導き出す。謎のゲームを滞り無く進行させ、破綻無く己に都合の良いレールを敷かせるには、サクリファイスが必要になる。
     背後から迫る二十両近くの敵性車両が到達するまで数分と掛かるまい。正確にその瞬間を見極め、混沌を引き摺り出す。確定したルートを見つけたのだ、最早第三者の死を考える必要など絶無であり、作戦を驀進するためであればあらゆる犠牲を厭わない。
     数瞬であれ回復の時間を貰ったのだ、その分思考回路は冷却されて回転に不備は無い。明瞭に未来図を視覚化できるし、それを為すだけの余力も残存している。問題は無い。問題が有るとすれば――
     見ずして見る。視線を向けずに、視界外にいる刃蒼瑞賢と言う男に意識を傾ける。腹に一物抱える科学者である彼を、――――“どう葬るか”。それが今のヴェルドにとって最優先の議題として持ち上がる懸案事項だった。
     表情には一切の陰りも覗かせず、仲間だと認識している男に勘付かれる事無く、一刻も早くこの場から退場して貰う。それには様々な条件をクリアする必要が有り、その前提を熟せない限りこのゲームが破綻する可能性が常に残留する。
     このゲームを最良の状態でクリアする事がヴェルドにとっての最善であり、そのためには仲間が何人犠牲になっても一顧だにする余地は無い。それは何も自分の命可愛さや、仲間を少しでも多く生き存えさせたいと言う意志だけが主因ではない。もっと大きな視野で、俯瞰(ふかん)するようにゲームを捉えた時に見えるのだが、根源的な問題を解決するにはそうするしかないと判断したためだ。
     無意味に犠牲を増やすなど言語道断である。必要最低限の犠牲で、最大限の成果を叩き出す。今まで行ってきた作戦の何れもがその構想に合致する。ならばこのゲームも、同様に無理難題に等しい計略と何ら変わり無い。環境と人員が違うのはいつもと同じだ、過去も現在も未来も、いつであれどこであれ求められるモノは一緒だ。
    「ヴェルドサン……?」
     一瞬だったのに、思考の狭間に生まれた殺意でも嗅ぎ取ったのだろうか、マーシャが不思議そうな声を上げたのが耳朶を打ち、ヴェルドは咄嗟に思考を打ち切る。本物の野生児には敵わない。まさか考慮の只中に存在する敵意にすら反応するなど、次世代のセンサーでも不可能だろう。
     彼女も、危険だ。認識を改めて刷新する。これから行う謀殺は、決して彼女に気取られてはならない。未だかつて無い、最高難度の暗殺を要求されているのだ。失敗すれば、待つのは己の死だけではない。このゲームの投了であり、“ただの”世界の変更線になる。
     表情に一切の感情を糊塗せず、存慮を研ぎ澄ませる。この三人の誰にも悟られず、ゲームマスターに勘付かれず、世界にさえ気取られず、二重三重に罠を張り巡らせ、柔軟に対処し手順を踏み、万庶(ばんしょ)を欺く。それこそがこのゲームに課された己のノブレス・オブリージュ。全うする事に何の疑念も介在する余地は無い。
     ハンドルを、とん、と人差し指でノックする。このたった一瞬で、算段は付けた。スーパーコンピューターですら弾き出せない演算を瞬時に熟し、マルチタスクであらゆるルートを検索していく。大尾が決まっているのであれば、後はそこに向かうあらゆる要素をランダムに鏤め、そのベクトルにさえ注意しておけば観測は難くない。
    「――飛ばしますよ」
     ヴェルドの短い発声に、刃蒼とマーシャが覚悟を決めた表情でジープにしがみつき、臥堂が「あ? 何だって?」と聞き返した直後に急発進したジープに振り落とされそうになりながら「ちょッ、なぁッ!?」と仰け反る。
     これ以上迷える程の余裕は無い。後は終極を目指して直走るだけ。いつだって問題は高速に過ぎ去り、惑っている間に通過している。ならば己が決断した最良を手に入れるために躊躇しない。
     アクセルを踏み込んだヴェルドの表情に乱心の色は絶無だった。ただただ実直で、己の正義に直向きな、怖気が走る程の無感情が這い出ていた。

    ◇◆◇◆◇

    「……ふぅん、部隊を辞めても全く錆が無いね、隊長は」
     暗所でチョコレートの板を齧っていた女は、モニターに映し出されていた一台のジープが完全にロストした事を確認すると、キータッチで映像を切り替え、次は夜の屋外を表示させる。
     映像の端に映っている航空機や旅客機などから、映し出されている場所が空港である事が窺える。九分割された空港の映像の一つを確認すると、赤眼の女は通信機に手を添える。
    「こちら“ウォッチャー2”。無事に“プリンセス”がご来着しました、マスター」
    「報告ご苦労、“ウォッチャー2”。コード“ハートロッカー”の作戦行動開始を許可しよう」
    「了解。コード“ハートロッカー”、作戦行動開始します」
     通信を打ち切り、女は狭い室内で「うーんっ」と伸びをする。元は艶やかだった銀髪も今やがさついてボサボサになっている。部屋中に展開された計器類とモニターを確認しながらペキポキと指の骨を一本ずつ鳴らしていく。
     その視線が行き着いた先には、四人分の情報が記述された書類の束。それを改めて手にし、ニヤァ、と口唇を歪める。
    「まさか部隊を辞めて初めての大仕事であんたと当たるなんて、神の思し召しか何かなのかな」独り言を漏らし、写真に映っている男――ヴェルドの顔を指でそっと撫でる。「それにしても何て言うか……難儀な運命だよねぇ、あたし達って」そう言って苦笑を滲ませる。
     書類の束を投げ、女は袋の中から新たなチョコレートの板を取り出すと、パキリと音を立てて噛み砕いた。
    「まっ、あたし達の何が買われたって、一度引き受けた任務は限界まで全力出してやり抜き通す所だからね、幾ら元隊長だからって手心は加えないよ」
     モニターに映し出された空港の一角に、一人の少女が映り込む。変装をしていても、モニターが自動検出して割り出した人物像、それは…………

    ◇◆◇◆◇

    「…………かッ」
     不意に意識が覚醒する。足が凍ったように冷たい事に気付き、そっと手を伸ばそうとした瞬間、「生存を確認。回収を開始する」と背後で声が弾けた。
    「――――ッ!」
     最悪の事態を想定した男は咄嗟に奥歯に仕込んだ起爆スイッチを噛み砕こうとして、鉄の味が口内を埋め尽くした。
    「がッ、あ……ッ」
    「悪いが口の中は“洗浄”させて貰った」
     眼前にフルフェイスのヘルメットを被った男か女かも分からない人影が立ち開かる。機械的な音声で黒い影は更に音声を連ねていく。
    「安心しろ、生体反応、音声通信、映像通信、全て遮断してある。お前はもう死人扱いだ」
    「…………ッ!」
     声が出てこない。自分の安全など確認しても仕方ないのだ。任務を満了できなかった自分はこのままでは死ぬより過酷な事態になると、言葉を失う程の絶望感で泣訴する。
     黒い影は光を反射しない無機質な面で、笑いも嘲りも慰みも蔑みもせず、淡白に見つめるだけ。その手には、月光に溶けるような漆黒の拳銃が握り締められている。
    「お前はもう死んだんだ、何も心配する事は無いし、不安も何も無い筈だ。分かるな? お前は、もうこの世に存在しないゴーストなんだよ」
     そう言って銃口を突きつける黒衣に、男は目の前が真っ暗になる想いで顔を覆うと、そのまま闇の中に意識を埋没させていった。何の心配も不安も無い、泥のような世界に落ちていく。
    「――幽界へようこそ、名も無き審判」
     意識が剥離する直前に微かに聞こえた機械の音声に、何故か男は安らぎの感情を懐くのだった。

    ◇◆◇◆◇

    「おいッ、一体どこ向かってんだよ!?」
     ヴェルドが運転するジープは、ニーリー市の外周を回るようにひたすら速度を上げていく。当然そんな反抗的な動きを見せたのだ、ニーリー市の民警は敵意を露わにロケット砲による攻撃を敢行する。
     火花が散る音が遠方で聞こえた。幾ら無知に等しい臥堂とて理解に苦しくなかった。地対地の砲弾が射出された音だ。現時点を以てこのジープは安全地帯でなくなり、最前線の一角にまで昇格した。
    「マーシャさん、やったってー!」
    「了解(ポニョ)ーッ!」
     後部座席で膝射(しっしゃ)の構えを取ったマーシャが、中折れ式のアサルトライフル・リュンクスで銃撃を始める。暗闇で爆ぜる銃口炎から目を保護するために腕を翳す臥堂の前で、ロケット弾の弾頭が衝撃で起爆――夜の郊外に爆炎が閃く。
     轟音と衝撃がジープまで伝わり、激しい振動と共に一瞬車体が跳ねるが、ヴェルドは全く動じる事無く運転を続行、まるで捻じ伏せるかのような暴力的なハンドル捌きで衝撃を押し殺す。
     ロケット弾はジープを正確に狙っている訳ではないのか、荒地の随所に着弾し、爆風と衝撃、そして舐めるような爆炎をジープに浴びせる。その度にジープが跳ね、揺らぎ、傾ぐ。
    「殺していいよな!? 流石にもう殺していいよなあいつら!?」
     臥堂の堪りかねた喚声も大半が爆音と走行音で掻き消されてしまったが、三人とも確りと聞こえていたのか、「僕ももう撃ってええと思うっちゅうか、寧ろよー我慢しとったな臥堂君?」「臥堂サン! ステイは終わりマシタ! ゴー! ゴーデスヨ臥堂サン!」「問題無い、当たればの話だが」とそれぞれに返してくれた。
    「あァそうかよクソッタレッ!」
     拳銃であるアサドを構えるも、臥堂とて己の力量を見誤っている訳ではなかった。ニーリー市側に陣取っている民警との距離は五十――いや既に百メートル以上離されている。その距離からロケット砲を次々と撃ち放ってくる相手に己の射撃が通じない事ぐらい、理解できない訳が無かった。
     射撃に関しては右に出る者がいない存在であるマーシャは、飛来するロケット弾の邀撃に忙しく、その次に、或いは最上位の射撃の腕を有するヴェルドはロケット弾を巧みに躱してジープを操縦するのに懸命。手の空いた刃蒼はこちらからでは何をしているのか分からなかったが、臥堂は自身が何の貢献も出来ていない現状に激しい焦りを懐いていた。
     彼らは傭兵の一人として戦場に己の爪痕を確然と刻み付けている。何も敵兵を殄戮(てんりく)する事が傭兵の全てではない。作戦を完遂するためには作戦を妨害する全てを取り払う必要が有る。それは蹂躙だったり突破だったり爆砕だったり多岐に亘る。殺害はその一つの手段でしかない。
     そして臥堂は、己に出来る事はその殺害しかないと自覚している。発破の才能が有る訳でも、運転の才覚が有る訳でも、狙撃の天稟が有る訳でもない。ただ、目の前にいる敵性人物を殺すしか能の無い、生粋の突撃兵である事を、臥堂は正確に把握している。
     故にこそこの場面で己に出来る事が何も無い事は自覚済みで、だからこそ焦燥感に苛まれていた。刃蒼もこの場面では何も出来ないのではないか、と言う思考はそもそも回す価値が無い。誰が役立たずであろうと構わないが、己が役立たずである事は許容できない最優先事項なのだから。
    「焦る必要はあらへんで、臥堂君」
     不意に助手席から掛けられた声で臥堂は我に返る。アサドを構えたまま動きが完全に固まっていた事を今更ながらに知って、歯を食い縛る程の羞恥を堪えるように「何がだッ」と刃蒼に噛み付く。
     助手席からバックミラー越しに臥堂を見つめていた刃蒼は、座席から左手を伸ばし、背後を示す。その動きが何を意味しているのか一瞬考思が遅れた臥堂だったが、次の瞬間にはその示唆したモノを悟った
     空き缶に穴を開けるような硬質な音が弾けると同時に、軽い震動がジープを襲った。風上にいるのとジープの走行音、そしてロケット砲の爆音で殆ど掻き消されているが、風声に銃声が混在している。それも大量の。
     思わず振り返ると、無灯火ゆえに気付かなかったが、銃口炎で気付く事が出来た。遥か後方を追走していた筈の敵性車両が間近に迫っていた。
    「マーシャさんはロケット弾の迎撃で忙しいやろ、ほんなら僕と自分がアレを止めなアカンって事や」
     様々な戦場の旋律の影響で刃蒼の声は聞き取り難かったが、臥堂は脳髄に届いたその言葉の意味を正確に把捉し、ギィ、と口唇が歪むのを抑えられなかった。自分にも出来る事が有る。己の力を見せつける好機が巡ってきた。
    「クフッ、ヒヒャハハハッ! ま・か・せ・ろッ! あのクソ野郎共を絶滅させりゃいいんだろ!?」
     快活な笑声が食み出し、極上の餌を差し出された野獣のような眼差しで闇に沈んだ車両群を見据える。奴らは撃ってきた。“奴らから、撃ってきた”のだ。これは正当な防衛行為であって、誰かに咎められるような所業ではない。“殺されても誰も異論を挟めない問題”だ。
     三人とも臥堂の嬉々としたその仕草を諌める言葉は発さなかった。誰も異存は無く、今こそ彼の本領を発揮して欲しい場面だと正しく理解していた。故に臥堂の濁りきった笑顔に対して野次を飛ばすような野暮は、誰も働かなかった。
    「――やれ。お前の出番だ」
     ヴェルドの短い宣言に、臥堂は「よっしゃ任せろッ!」と座席に足を掛けて、アサドを構える。己の射撃能力の低さは誰かに言われるまでも無く把握しているし理解している。これは腕前云々の問題ではなく、そういう性質なのだから仕方ない。だったら己のやるべき事は一つだ。
    「オラオラオラァァァァ――――――――――ッッ!!」
     敵の車両が存在しているであろう空間へ向かって、乱射。狙いを定める事は無く、ただ闇雲に銃撃を加えるだけの、一見無駄な所作。だが、臥堂にはそれしか出来ない。それしか出来ないのなら、それだけ繰り返せばいい。
     臥堂には百発百中のセンスは無い。どころか、百発三十、二十中も無いだろう。射撃のセンスで言えば、或いは爆発物専門の刃蒼より劣るかも知れない。それは今朝のゲーム開始直前に起きたジャッジメントに対する銃撃でも実証されている。
     撃っても当たらない。それは傭兵として致命的な要素だ。弾丸は当たらなければ敵兵を殺せない。だったらどうするか。“もっと撃てばいい”。それでも当たらなければ、更に撃てばいい。百発二十中なら、千発二百中にすればいいだけの話だ。
     弾倉の弾丸が空になったら、即座に弾倉を再装填し、バカみたいに銃撃を繰り返す。撃っても当たらなければ、当たるまで撃ち続ければいい。弾丸が枯渇するまでひたすら射撃を続行する。弾幕を張り続ける。
    「ハハハハハッッ!! ヒャハハハハハッッ!!」
     銃口炎が瞬く。切れ目無く銃弾が射出され、どこかしらに着弾する。それは別に敵勢力の肉体でなくたって構わない。ジープの窓ガラスであってもいいし、タイヤなら尚良い。車体のどこかを歪ませ、走行不能になれば勝利なのだから。
     一方的に銃撃を浴びせているように錯覚し、心の淵に潜んでいた悪意の笑みが口腔から吐き出されているが、臥堂だけが気付いていないだけで、無数の弾丸がヴェルドの運転するジープに被弾している。単純に臥堂に当たっていないだけで、弾雨を浴しているのは敵だけではないのだ。
     それでも――臥堂のその笑声は敵を圧倒するのに非常に有意だった。どれだけ撃っても当たらない、こちらも撃っているのにまるで相手の方が圧倒的に有利なように感じさせる、その一点に於いて、臥堂はまるで戦乙女であるかのように敵には映る。
     現にヴェルドのジープを追っていた車両は物の三十秒とせずに二台が走行不能となり、追走を続行している車両の人間も四人が負傷していた。臥堂は終ぞ気付く事は無かったが、追跡者は少なからず臥堂に対し恐怖の念を懐きつつあった。
    「死ね死ね死ねェェェェ――――――――――ッッ!! ヒャハハハハハッッ!!」
     童子に返ったかのような嬉々とした声を上げて銃撃を加え続ける臥堂は完全にハイになっていた。味方の声も全く届かない、乱射マシーンへと在り方を変えてしまっている。
    「――そろそろ頃合いか。振り落とされるなよ、臥堂」
     不意にヴェルドが呟いた声を微かに脳髄が知覚したが、次の瞬間には転倒して車体から振り落とされそうになり――空中で臥堂の手をマーシャが掴んでいた。
    「――――は?」
    「ファイトォォォォッッ!!」マーシャの力んだ声が切り裂くような風声に混じって聞こえてくる。「ワンショォォォォットッッ!!」
     遠心力が加わって宙に浮いていた体が座席に叩き付けられ、「いッつ!」と思わず跳ね上がる臥堂。「何しやがるこのアマァッ!?」そして怒りに任せたままマーシャに向かってアサドの銃口を突きつける。
    「フゥー、危ない所デシタネ臥堂サン!」飛びっきりの笑顔で応じるマーシャ。「もう少しでクルマから投げ出されてペシャンコになってたデスヨ! そう、ボクのサイドエフェクトが言ってマス!」
    「せやで臥堂君。自分、熱くなったら周り何も見えんくなるんやな?」臥堂が反論する前に叩き込むように刃蒼が笑いかける。「――ほんじゃま、吹っ飛んで貰おか」
     刃蒼が取り出した携帯端末を操作した瞬間、後方で爆炎が立ち上がり、その業炎に照らし出された黒色の車両が次々と跳ね飛んでいく様が見え、マーシャが「ハラショー! ターマヤー!」と騒ぎ始めた。
     まるで空爆でも始まったかのような轟音と共に崩れ去る雑居ビル群。そう、臥堂が気付かない内に雑居ビル群の直中をジープは疾走していた。瓦礫が散り粉塵が舞う惨状を背景に、ジープは更に加速する。
    「止まれェェェェッッ!!」
     拡声器による怒声も意に介さず、ヴェルドはアクセルを踏み込む。両側に並ぶ雑居ビルからロケット弾が弾雨のように飛来する光景を一瞬想像した臥堂は、ヴェルドがこれから自殺でもするのかと息を呑む。
     だが、次の瞬間光景は一変する。背後で爆発炎上した雑居ビルの粉塵が辻を駆け抜け、辺り一帯白煙に覆われる。思わず顔を隠すように腕を伸ばすが、一メートル四方すら見渡せない五里霧中にも拘らず、ジープは全く速度を緩めない。
    「おいッ、正気――――ッ!?」
     臥堂が絶叫を上げようとした瞬間、誰かの手が臥堂の口を覆った。伸びた手の先を辿ると、助手席のようだ。薄っすら見える刃蒼の口元には、人差し指が一本立てられて据えられていた。
     気付けばジープの走行音がしない。エンジンを切ったのか、惰性に任せてするすると路面を滑っていく。
     臥堂はその様子を視認して、ようやく彼らが何を為そうとしていたのかを知る。臥堂自身は銃撃に熱中していて全く気付かなかったが、雑居ビル群の中を縦横無尽に走り回っている間に、刃蒼が的確なポイントに可塑性爆弾を仕掛け、時節を見計らって起爆、その時に発生した粉塵に紛れるようにニーリー市に忍び込もうと言う算段だったのだ。
     併し民警のロケット砲には赤外線によるロックオン機能や、動体感知、熱源探知などの機能が装備されているだろう。このままでは死角からロケット弾の餌食になるのでは――そう思い慄然とする。
     臥堂がその事を説明しようと刃蒼の手を振り払おうとしたが、刃蒼はそれでも臥堂の口から手を離さなかった。あくまで沈黙を命ずる彼に、臥堂は堪忍袋の緒が切れそうになっていた。
     大気を裂く風声。間違い無い、今どこかでロケット砲が射出された。臥堂は遂に忍耐が切れ、ジープから飛び降りようとし――隣で一発の銃声が聞こえたかと思った瞬間、爆音が頭上で弾け、雑居ビルの崩落音と共に阿鼻叫喚が漂ってきた。
     臥堂が呆気に取られている間にも、ロケット砲が稼働する音、続いてマーシャの射撃音、更に爆音、崩落音と立て続けに鳴り響く。何が起こっているのか理解できない臥堂に、刃蒼が小声で話しかけてきた。
    「民警は今、熱源や赤外線でしか僕らを探知でけへん。それは何も民警だけじゃないし、僕らもそうやけど、ストーカーも然りや。そんな環境になれば、何が起こる思う?」
    「……!」
     視界が遮られた状態では走行している車両は全て同じに見えるだろう。ならばこうしてエンジン音を潜めて惰性で走行していれば、狙われるのは追走していた車両だ。民警は警告を無視した自分達もそうだが、追跡者も同様に容赦すまい。
     そうすれば何が起こるか。民警が邪魔な追跡者を爆撃し、追跡者は見失った目標を探すのに必死で攻撃がままならない。即ち、この惨状が現出する。
     後はマーシャが持ち前の技能である敵視を認識する力でこのジープに飛来するであろうロケット弾だけを類い稀なる狙撃能力で迎撃すれば、安全にニーリー市に忍び込む事が出来ると言う寸法だ。
     ニーリー市の手前で停車した、あの短時間でこれだけの計略が思いついたと言うのだろうか。臥堂の観念とはあまりに掛け離れた思考回路に、先刻とは別の意味で慄然とせざるを得なかった。
     更に言えば、それだけの策を話さずに共有できる彼らの以心伝心とでも言うべき暗黙の指示の出し合いに、臥堂は言葉を失っていた。何も伝えられなかった、何も伝わらなかった自分の方がおかしいみたいで、思わず歯噛みしてしまう。
     白煙の切れ目に辿り着いたと思った次の瞬間にはエンジンが再び掛かり、アクセルを踏み込んで加速するジープ。既に雑居ビル群は抜けて、市内へと車両は入り込んでいた。
     ニーリー市の街外れは街灯が疎らで、全体的に暗く沈んだ空気を醸し出していた。ジープはその闇に溶けるように、明るい中央区へと向けて加速していく。追跡者の影は無く、喧騒はただただ遠かった。


    【次回予告】

    「……面妖な。怨霊の類いか」

    「そう! お友達♪」

    「冗談はその罪の多さだけにして貰おうか下郎!!」

     深奥にて交える悪僧と道化と狗。それは新たな彼岸の生成でもあった。

    「……空港に敵がいれば、な」

    「ンだよ、詰まらねェな」

    「その時が来るまで、僕は黙っとるで」

     終焉の鐘が近づく。朋輩の葬送曲が、耳朶を打ち始める――

    「……いやはや、本当に素晴らしい傭兵だよ、君は」

    Continued on the next stage……
    【後書】
     どうも、即興で考えたネタの方が好評を得られる事に定評のある日逆です。
     遂にニーリー市に到着した一行を待つのは果たして……? そして皆がそれぞれ抱える不穏な空気が少しずつ形を取り始めます。
     誰が死に、誰が生き残るのか。物語はいよいよ終幕へ向けてカウントダウンを始めます。2016年のカウントダウンも始まりましたね。残り半月でどれくらい更新できるか分かりませんが、最後までお付き合い頂けたら幸いです。
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    Comments

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    2016-12-16 14:48 
    日逆孝介 No.477
    クル――(゚∀゚)――!!

    お待たせ致しました! 予想が付かない方向にコロコロ転がって参りますぞ!w
    仕事も手が付かない!? 大変だっ、今すぐ更新しないと(ここで手記は途切れている……

    是非読み返して物語を堪能して頂けると幸いです!w

    次回もお楽しみにー!
    2016-12-16 00:07 
    tomi No.476
    キタ――(゚∀゚)――!!

    待ってましたよ最新話!もう誰がどうなるのか全く予想もつきません。
    続きが気になって仕事も手につきません┐(~ー~;)┌
    つきましては、なるべく早めにこうs おっとだれか来たようだw

    終幕へ向かう物語をより楽しむために読み返そう、うんそうしようw

    次回楽しみにしてますー
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