鎖錠の楼閣

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    【戦戯】022.猟王の園庭〈2〉【オリジナル小説】

    ■タイトル
    戦戯

    ■あらすじ
    遠い未来。戦争が当たり前のように行われる荒廃した世界で、或る男に一本の電話が入る。「君にゲームをして貰いたいんだ」……それが悪夢の始まりだった。――ひょんな事からチームを組んだ四人の男女の、狂れたゲームの物語。

    ▼この作品はブログ【鎖錠の楼閣】、【小説家になろう】(http://ncode.syosetu.com/n3582cz/)、【ハーメルン】(http://novel.syosetu.org/73083/)、サークルサイト【風雅の戯賊領】(http://huuganogizoku.web.fc2.com/)、【カクヨム】(https://kakuyomu.jp/works/1177354054881703366)の五ヶ所で多重投稿されております。

    ▼再投稿作品になります。

    ■キーワード
    R15 残酷な描写あり 戦争 ライトノベル 銃撃戦 再投稿

    ■第25話

     022.猟王の園庭〈2〉


     アズラク市を宣言通り焦土へと変貌させた鮎川は、モニター上に映る光点が僅かも無い事を確認すると、座席に凭れかかって、サイドテーブルに放置されていた氷菓のカップを手に取り、一仕事終えた後のご褒美に舌鼓を打った。
    「ん~♪」スプーンに載せたアイスクリームを頬張った瞬間、堪らないと言った風情で感嘆の声を漏らす鮎川。「仕事の後はこれよね~♪」
    「――八恵様、入電です」
     携帯端末を掲げた月に、鮎川はスプーンを銜えたまま「うん?」と小さく小首を傾げると、携帯端末を受け取りながら「誰から?」と尋ねる。
    「逆探知してみましたが、存在しないエリアからのようです」
     真剣な表情で端末を操作している月の様子に、鮎川も同調するように溜息を吐き、「それはまた、匂う話ねぇ」と面倒臭そうに通話を開始する。「もしもし、どちら様ですか?」
    「あぁ! 良かった! お客様はお出になられないのかと、わたくしもう心臓が張り裂けそうなほど不安でした!」嬉々とした女声が弾け、鮎川は表情を変えずに端末越しの相手に意識を傾ける。「わたくし、クラウンと申します。以後お見知り置きを」
    「そう、クラウンさんと言うの。わたしの事はご存知であると言う前提の元で商談を始めちゃってもいいのかしら?」
     乾いた微笑を貼り付け、事務的な態度で応じる鮎川に、通話越しの女――クラウンは意に介す様子を微塵も見せずに、「えぇ、わたくしと致しましても、その方が大いに助かります!」と子供のような無邪気さで返す。
    「お客様のお陰でアズラク市の膿み抜きが迅速に行えました事、まずは感謝の意を表明させて頂きます。また、主催者の意図しない展望を主催者側へ提示されました行動力には驚嘆せざるを得ません。流石は元七賢、鮎川十楽(トラク)様の愛娘、器量も裁量も常人とは格が違いますね!」
     まるで台本でも用意してあるかのようにつらつらと文言を連ねていくクラウンに、見逃し難い単語を聞き咎めると、鮎川は表情に剣呑な色を糊塗した。別の機器でクラウンの発言を傍聴している月は、普段と変わらぬ無表情でありながらも、薄っすらと鋭利な感情を覗かせているように見えた。
    「わたしが思っている以上に博識な方のようね、クラウンさん」モニターに視線を落としながら、空いている手で別の端末を操作する鮎川。「予め断りを入れておきますと、現七賢とは交易が有りませんし、融通も利かせられませんよ?」
    「あぁ、お気に障られたのでしたら申し訳有りません! 元七賢の愛娘であるお客様に御用が有るのではなく、鮎川商会現会長であるお客様、且つ、“現在起きている有事に少なからぬ縁故を有するお客様”に、わたくしは御用が有る次第で御座います」
     職業柄、鮎川は或る程度の欺瞞と虚偽を見抜ける力を有している自負が有った。相手が誰であっても、どんな環境下に有っても、などと言う図抜けた力ではないが、商人として必要最低限の、ともすれば死線を掻い潜るだけの見識を養ってきたと、少なからぬ矜持を懐いている。
     だが――このクラウンと言う女は、高めてきた技量を無に帰すような、得体の知れない膜で覆われている……鮎川にはそう感じられた。実体が覗けない、夕闇に佇む影法師のような、不確かで朧気な存在。
     携帯端末を耳に宛がいながら、視線をさ迷わせて、鮎川は月の姿を捉えた。無感情に、機械的な動きで端末を操作する彼女も、鮎川と同じようにクラウンの声が聞こえている筈で、その内容も頭にインプットされている筈なのに――彼女は至って平然と、顔を見返してくる。
     月の無表情が無声で伝えてくる。“どうぞ、いつもの八恵様の対応で構いません”――と。
     鮎川は小さく溜息を吐き出すと、改めて通話機越しの相手に意識を向け直す。既に商談は始まっている。気圧されては、圧倒されては、根刮ぎ持って行かれるだけだ。努めて冷静に、常に平常心で、相手から搾り取る気構えを持ち、果敢に挑まねば。
    「――腹に一物抱えた者同士、仲良くしたいものですね。クラウンさん、あなたは何をお求めなのかしら? 兵器商であるわたしから、何をお買い求めになられるおつもりかしら?」
    「武器商人に求める品と言えば、武器以外に御座いません。蛇の道は蛇、餅は餅屋、馬は馬方です。わたくしはお客様が保有する、特上の武器を欲求します」咄家のように前口上をつらつらと捲くし立てた後、クラウンは声調を落とし、内緒話でもするように声を潜めて、述べた。「――即ち、情報、インフォメーション。お客様が入手した最新のデータを、わたくしに共有させて頂きたいのです」
     楽しげな、愉快な微笑が透けて観える程の浮かれきったクラウンの声に、鮎川は思わず口唇を歪めてしまう。彼女は、間違い無く上物の商談相手だ。特別に厄介で、特段に醜穢(しゅうわい)な、選択肢を一つ間違えれば致命的な失態に陥りかねない、特級に面倒臭い相手だ。
    「商談の内容は確認しました。それでクラウンさん、あなたは何を代価に、わたしが得た最新の情報を共有するのかしら? 兵器商の最新情報ともなれば、――いいえ、鮎川商会が独自に取得した機密を、どのような代価で賄うつもりかしら?」
     必要以上に圧力を掛けても、彼女のような手合いには通じない。経験則で判っていながらも、鮎川は威圧するように返答の端々に棘を差し込む。
     クラウンと言う女は、想像するに恐怖や緊張とは無縁の人物だ。併し鮎川の脳裏には、恐怖や緊張を克服した熟達の人物像は浮かんでいなかった。
     克服したのではない。そういう心情に訴えるような感情を一切有しない、ともすれば機械のような……否、心の無い怪物を連想せずにはいられなかった。
     鮎川の牽制に対しても、クラウンはやはり動じる気配も無く、終始笑顔を浮かべているような悠然さで、嬉々とした声で応じる。
    「わたくしが提供できる代価は、そう多くは御座いません。わたくしはただ、この素敵な盤面の構造、いえ、仕組みの一端をお伝えする事しかできません。――今お客様の朋友に波及している事案、“その解明を急ぎたくは御座いませんか?”」
     慄然とする内容だと言わざるを得なかった。言わずもがな、彼女が言っている事案とは、刃蒼やヴェルドを含む数名の傭兵が巻き込まれている、一つの都市を丸ごと覆った戦争遊戯の事だ。
     現在都市を混乱に導いた事件の内情を把握している者から、直接コンタクトを取られる事自体は想定していた。都市を丸ごと焦土に変える程の攻撃を仕掛けたのだ、最終通牒など無しに報復を受ける事も当然視野に入れていた。
     クラウンの目的が全く見通せない上に、彼女の吐く台詞のどこまでを信用すべきか思案せざるを得ない。これだけ大規模な戦場を創造した手合いである、マトモな論議が出来るとは端から期待していなかった。
     それでも――断片でもいい、この世界のシステムさえも瓦解しかねない事変の真実を汲み取りたい。喉から手が出そうな程に渇望する蠱惑的な言葉に、鮎川は知らず歯を食い縛っていた。
    「……吟味するだけの価値は有りそうですね」慎重に言葉を選ぶと、鮎川は月に視線を送る。彼女は端末を操作しながら、小さく首肯を見せた。「――判りました、承りましょう。前金として満足できるだけの情報を、ソース込みで提示して頂けますか?」
    「承服して頂けたのですね!? あぁ、良かった! 心底から謝意を表させて頂きます! 謝絶されたらどうしようと思っていましたが、わたくし嬉しさのあまり感涙を隠しきれません!」童子のように無邪気な黄色い歓声を上げるクラウン。「では改めまして、わたくしが所有する、お祭りに関する秘匿された機密を開示させて頂きます!」
     クラウンが間も無く重要な情報を吐き出そうとする――まさにその時だった。鮎川の持つ携帯端末がヴァイブレーションで着信を知らせたのは。
    「クラウンさん、ごめんなさい、ちょっとお待ちになって」制止の声を上げつつも、間の悪い別のクライアントを確認しようと月に不愉快そうな視線を投げると、彼女はモニターにテキストを入力して見せてきた。
    『逆探知しましたが、存在しないエリアからの入電です』
     テキストをさっと読んで、鮎川は思わず噴き出しそうになった。まさか存在しないエリアから二人も連絡を取ろうとしてくるなんて、通常有り得ない事である。
     そもそも逆探知できないエリアなど存在しないのだから、通常とは異なる相手――そう、普段の商談相手となる大国の軍師や、非政府組織の長などではないと言う事だ。
     突き詰めて言えば、七賢クラスの人物が背後にいると言う反証でもある。クラウンと言う人物がそれに符合する事は、今までの言動から理解に難くないが、更に別の七賢クラスの人物から同時期に入電が有るなど、前例の無い事態だった。
    「ごめんなさい、クラウンさん。その話、少し待って頂いても構わないかしら?」
     着信を示す震動は納まらない。相手は自分が通話に出る事を確信しているのだろう。その想念に応えたいと言う意志は無いが、この状況――商談が更に面白く転がるであろうと言う予感に、鮎川は心を躍らせた。
    「えぇ、構いません。では、また一時間後に折り返し掛け直させて頂きますので、どうぞお気になさらず」
    「有り難う、ではまた一時間後に」
     通話を切り、新たな相手の入電を受ける鮎川。
    「もしもし、どちら様ですか?」
    「存外焦らすじゃないか、誰かと逢引でもしていたのかね?」
     聞き覚えの無い、馴れ馴れしい幼い男声。
     鮎川は刹那に記憶の引き出しを全て引っ繰り返したが、該当する人物が存在しない事を確認すると、努めて明るく声を吐き出した。
    「えぇ、楽しいお話を中断されて、わたしプンプンですよ? どう言ったご用件でしょうか? 名前も名乗らないお坊ちゃん」
    「これは礼を失したようだ、名乗らなかった事に関しては非礼を詫びよう」幼い男声はまるで非を感じていないような口振りで、淡々と謝罪を口にする。「私はマスターシックス。……聡明な君の事だ、この単語だけで私の事が判ってしまうだろうな」
     鮎川は一瞬言葉を喉に詰まらせた。クラウンとの話や現在のアズラク市、それら丸ごとひっくるめた情報を統合した結果、導き出された人物像に理解が及んだ瞬間、暗澹たる納得と、灼熱の憎悪が、同時に湧き上がった。
     携帯端末を握り潰しそうになる程に指に力が籠もるも、破壊する寸前で意識的に思考を切り替える。電話機越しの相手が何者なのか、それが判っただけで、目的を聞き出した訳ではない。
     聞き出した訳ではないが――鮎川の中では既に最悪の想定がされていた。月を見ても、彼女自身鮎川と思考を共有しているかのように落ち着き払った表情で、醒めた瞳を端末に落としている。
    「……まさか七賢御自らお声掛け為さるとは思いもしませんでしたわ」隠しきれない軽蔑の色を載せて、鮎川は応じる。「予めお断りしておきますが、あなたからの商談は何一つとして受理される事は有りませんわ」
    「それは残念だ。これから親睦を深めようにも、歩み寄る姿勢がまるで観られないのは、亡き父上を知るだけにとても忍びないな」
     マスターシックスは全く感情を糊塗してない機械的な語調で、鮎川の神経を逆撫でしていく。内心では殺意さえ芽生えかねない鮎川だったが、おくびにも出さずに冷徹な微笑を刷いたまま、彼の思惑に乗る事も無く淡々と返す。
    「えぇ、生前の父様を知るあなただからこそ、丁重に断らせて頂くほか有りませんの」
    「――この件から手を引きたまえ。聡明な鮎川家の当主が取るべき道は、正しい成長を重ねた君なら当然判る筈だ」
    「勿論、重々承知しておりますわ」月を見やり、鮎川はペロリと舌を出した。「……ただ、承知している事と承服する事が合致しない事が多々有りますのが、世の常と言いますわ♪」
     通話越しの相手の雰囲気が重く、そして圧迫感を伴ってのしかかる。
    「……やれやれ、とんだお転婆さんのようだね、君は。二度は言わない、この件から手を引きたまえ。私は君のような有能な人材を“二度”も失いたくないんだ。君が言うべき返答は、君自身理解し、把握し、納得している筈だ。そうだね? ――“鮎川八恵”」
     寒気がする程に冷え切った言霊を発し、マスターシックスは重苦しい沈黙を降ろした。
     当然――鮎川は彼に言うべき台詞を理解し、把握し、納得もしていた。それ以外の単語を一言でも発する事は即ち、己の未来を確定すると言う事も。
     小さく吐息を漏らす。内心で刃蒼に感謝していた。彼を追い駆けた事でまさか当事者にまで上り詰められるとは思ってなかった。更に言えば、積年の恨みを発散できる立場に立てるなど、想像すらしていなかった。
     月は何も言わない。黒曜石のような瞳がこちらに向いたまま。顔に一切の感情を塗布せず、銅像のように微動だにせず沈黙を守っている。彼女は自分が何をぶちまけても、何をやらかしても、それが自分のすべきだった事だと認め、付いて来てくれる。優秀で有能な付き人に、鮎川は安心して己が採るべき選択を掴みに行けた。
    「わたしが採るべき選択など一つしかありません。……いいえ、きっとあなたは、わたしの選択すら想定済みなのではなくて? それでも敢えて明言するなら――鮎川商会を敵に回した事、後悔させて差し上げますわ♪」
     屈託の無い笑顔で本心を曝け出した鮎川に、心なしか月が満足そうに微笑んだように見えた。
     マスターシックスからの返答はすぐには無かった。数瞬の間を置いて、心底残念そうに嘆息を零す、不機嫌そうな空気が伝播してきた。
    「……君ならそう言うのではないかと、私も想定はしていたが、非常に残念だ。君は今、世界の中心に立つ七人の一人を敵に回したと言う事を、自覚しているかね? ……あぁ、いや、説いても無駄な事は判っているよ。だから先にこれだけは言っておこう。――刃蒼瑞賢の命を天秤に載せたら、君はもう少し思慮深くなれるのかね?」
     ――やっぱり知られてるよねぇ。
     刃蒼とは特別な仲ではないが、大切な友人である事は間違いない。彼の命を差し出されて平静でいられる訳が無いのだが、それに就いても今に限って言えば問題は無かった。
     信頼に足るとはまだ言えない。それでも彼――ヴェルドは決して刃蒼を見捨てまい。そういう契約をしたのだ、不履行に到った時、怨むべきは自分ではなくヴェルドだ。
     ヴェルドの経歴を洗ったが、彼は契約不履行を起こさない優秀且つ有能な兵士だ。万が一にもそんな不手際を働くまい、と鮎川は安心して彼に刃蒼を預けておけた。
    「そうですねぇ、思慮深く申し上げますと、お友達の命を軽はずみに天秤に載せちゃうような相手とは信頼関係を築き難いですし、何より信用問題に係わりますので、丁重に、いえ、断固として、お断りを入れなければなりませんわ♪」
     決別など容易い。問題は、その先のヴィジョンが見えているか、だ。マスターシックスがこのタイミングでコンタクトを取ったのには当然理由が有り、その理由など高が知れていた。
     既に月が端末を操作し、これから起こるであろう事態の対応に追われている。鮎川が悠々と通話に意識を傾けられるのは、月の働きを信頼しているからに過ぎない。
     鮎川が商談を拒絶する未来を見越していたのなら、それに対する策をマスターシックスが用意していない訳が無い。つまり、報復……邪魔な存在を一番手っ取り早く消去する方法、即ち――
    「……ははは、安心したよ。それでこそ鮎川十楽の一人娘だ」拍手をしながら、マスターシックスは楽しげに笑声を漏らした。「これで後顧の憂いも無く鮎川商会と言う癌細胞を切除できると言うモノだ。感謝しよう、そしてさようならだ。君を糧に、世界はまた一つ、強くなる」
    「あら、癌細胞はどちらかしらね? 病原菌が御大層に御高説を垂れて、わたし、吐き気を催しそうですわ♪」邪悪な感情を惜しみなく吐き出し、鮎川は楽しげに返した。「それでは御機嫌よう、“病魔の王”。良い最期を」
     通話を打ち切った瞬間、機内に赤色灯が巡り、激しい警報が鳴り響いた。けたたましい轟音にも動じず、鮎川は携帯端末を月に投げ返し、自分の端末を操作する。
    「対空砲六基に捕捉されました。迎撃装置稼働まで二秒」月が淡々と報告を上げ、端末を操作する。「――ロケット弾六発のロストを確認」
     決断した以上、採るべき道は一つ。生きてこの空域を脱出する事。併し、警報は一向に鳴り止む予兆を見せず、月の人外染みたタイピングですら後手へと回されていく。
    「更に対空砲七基に捕捉されました。迎撃装置再稼働まで四秒。――ロケット弾七発のロストを確認。――ッ、対空砲……二十五基に捕捉されました。――八恵様、ご覚悟を」
     現状の兵装では二十五発のロケット砲を同時には捌ききれない。被弾は確実であり、且つ撃墜される瞬間もカウントダウンと言うタイミング。が、鮎川は笑っていた。
    「ふふ、覚悟は疾っくに出来てるわ、月さん」笑いながら月の手を握り、鮎川は心底楽しそうに空を見上げた。
     雲の上を飛ぶオウル2に遮るモノは無く、青白く輝く月輪が煌々と機内を浮かび上がらせていた。
     目前に迫る死。鮎川の脳裏に走馬灯が巡る事は無く、代わりにいつか見た、刃蒼の楽しげな表情が浮かんでいた。その時、鮎川の中に閃きが瞬いた。彼に託そう。彼ならばきっと、己の宿敵まで辿り着ける。そう確信し、携帯端末に指を走らせる。
     警報がけたたましく機内を駆け回る騒音の只中で、熱心にパネルを叩き続ける八恵へと、月は静かに声を掛けた。
    「……時間です、八恵様」
    「――えぇ、判ってるわ」送信のパネルをタッチし、携帯端末を閉じる鮎川。その顔に、ふと悪戯めいた笑顔が浮かんだ。「……そうだ、月さん。折角だから、派手に散らせましょうよ、最後なんだから」
     その意図を理解したのか、月は思わず微苦笑を滲ませ「お任せ下さい」と快諾し、準備を始める。
     コックピットから拝める夜空には、何の不安も恐怖も浮かんでいなかった。眩しい位の月光が、鮎川を青白く染め上げている。
    「父様――――」
     ――――爆音が地上に降り注いだのは次の瞬間で、同時に爆炎が大輪を咲かせた。花火の降雪のように、砕けたオウル2の破片がキラキラと輝きながら落下を始める。パラシュートの姿が無く、人間の影も無いその光景を目に焼き付けた襲撃者は、淡々と対空砲を解体してその場を足早に立ち去っていく。
     アズラク市は無人の静けさを帯び、まるで廃墟のような空虚さでそこに佇んでいる。戦場は移ろう。ゲームは、次のステージへとシフトする――

    ◇◆◇◆◇

    「――先程の狙撃が対物ライフルであり、更に狙撃手がその場を動いていないと仮定した上での話ですが、ひとまず最大射程圏内は脱しました」
     荒れ地をひたすら走破していたジープが緩やかに速度を落としていく。併し走行自体は止めないのか、舌を噛みそうな環境でヴェルドは三人に聞こえるようにそう告げた。
    「悔しいデス! もっと修行して、機械兵の敵視も捕捉できる程に強くなりマス!」
     後部座席で頬を膨らませてプンプン怒っているマーシャに、緊張感が抜けた表情で刃蒼が「そりゃ期待せずにはいられんなぁ。出来れば今すぐそのスキルを手に入れて欲しい所やけど」と生気を取り戻した声で吐露を返した。
    「……本当に人間かこいつ?」マーシャを指差して怪訝に眉を顰める臥堂。
    「ところでヴェルドさん、自分休憩ほとんど出来とらんのやろ? 二時間どころか、三十分も休憩せん内に襲撃されてもうたし」
     心配そうにヴェルドの顔を見やる刃蒼に、寝不足の精鋭は「……そうですね、肉体の修繕は四割と言ったところでしょうか。恐らく私達の“敵”は、私達の正常な思考を奪う事も、作戦に含めているのではないでしょうか」バックミラーを覗きながら、鋭い目つきで呟きを落とした。
    「――ストーカーがいマス!」ヴェルドの機微で気付いたのか、マーシャが再び後部座席で仁王立ちになった。「今度は敵視が有るから判りマスヨ! 数は十五! 距離は九百!」
    「追跡されてんのか?」背後に目を凝らしてみるも、臥堂には視覚的情報が一切得られなかった。「って待て待て、距離九百って、九百メートルって事か? お前ら本当に人間か?」
    「それ大事な事なん?」思わず苦笑を滲ませる刃蒼。「確かに常人には得難い感覚やろうけど。それで、どうなん? ヴェルドさん。撒けそう?」
    「このまま最高速度を維持できれば、ニーリー市まで追撃の心配は有りません」淡々と応じ、ヴェルドは難しそうな表情を作って視線を前に向ける。「マーシャさん、十五と言うのは、人数の事ですか?」
    「車両デスヨー! 十五両のジープがストーカーしてマス! 今十七両になりマシター!」
     とても目視とは思えない精度で語るマーシャに、臥堂が「歩く双眼鏡だなお前……」と呆れきった様子でボソリと呟きを漏らした。
    「増えつつあるんか。追いつかれへんなら怖ないけど、マトモに相手するんはちょと怖いなぁ。てかそもそも“何が”追い駆けて来とるんや? 民警やったら相手にするんも不味いやろ」
    「今更民警の一人や二人殺した所で変わらねーだろ。もう民警は完全に敵に回しちまってんだぜ?」嘲笑を浮かべて吐き捨てる臥堂。「殺らなきゃ殺られる、単純明快だろ?」
    「君は一向に成長する気配が無いな。せめて“誰をどのタイミングでどう殺せばどうなるのか”ぐらい考えてくれ。一々説明するのが煩わしい」心底疲れ切った声調でぼやくヴェルド。
    「まずテメエから殺してやろうかおい?」アサドを抜き放とうとした臥堂の手を、マーシャが掴む。「めーっデス!」
     マーシャの鋭い剣幕、とは思えない普段のフワフワした表情に毒気を抜かれたのか、臥堂は舌打ちを返して座席に座り直した。
     併しそれだけでは不満なのか、マーシャは人差し指を立てて、「臥堂サンは沸点低過ぎデス! ヴェルドサンは臥堂サンを煽り過ぎデス! 喧嘩両成敗デス! 二人とも、ゴメンナサイは!?」と大声を張り上げて二人に視線を交互に向ける。
    「……なァ、このクソアマ誰か黙らせてくれよ……」辟易した様子で視線を逸らし、盛大に溜息を落とす臥堂。
    「マーシャさん、可能であれば私に対して子供をあやすような態度を取るのは慎んで頂きたい。非常に不愉快です」最早苦笑すら浮かべず冷淡に応じるヴェルド。
    「うん、まぁ、マーシャさんも落ち着こ? な?」笑いを堪えているのか、お腹を抱えてプルプル震えている刃蒼。
    「ぐぬぬ! ボク今真剣に話してたノニ! プンスコデスヨ!」
     両手を振り回して怒りを表現するマーシャだが、刃蒼の笑いを誘う以上の効果は無かった。
    「ふにゅー、ボクの見立てでは、ストーカーサンは民警ではないような気がするデスヨー」
     早くも怒りが引いたのか、それとも怒り続けるだけの関心が無かったのか、マーシャが背後を見据えたままポツリと独語を漏らした。
     臥堂が釣られるように背後に目をやり、「ってーと、このよく判らねえゲームの新たな刺客って事か? じゃあ殺してもいいだろ、取り敢えず殺そうぜ?」アサドの弾倉を確認し始めた。
    「一つ聞かせてくれ臥堂」ヴェルドが振り向きもせずに尋ねた。「君はこの距離から、そのハンドガンで、背後の敵を、狙い撃ちに、出来るのか?」一語一語丁寧に切って、臥堂の心を撃ち砕いていく。
    「……」そっとアサドを腰に戻す臥堂。
    「自分ホンマ可愛ぇなぁ」ケラケラ笑声を上げ始める刃蒼。
    「煩ェッ!! テメエから殺すぞ!!」再びアサドを抜き放ちそうになる臥堂。
    「己の力量を弁えているならそれでいい」満足そうに鼻息を漏らすヴェルド。「マーシャさんはそのまま後方の警戒を継続。刃蒼さんは今の内に休憩を取ってください。臥堂は何もせず黙ってジッとしていろ」
    「了解(ポニョ)ーっ!」敬礼を返すマーシャ、「りょーかいや」小さく右手を挙げる刃蒼、「……おい」苛立ちを隠しきれない様子でバックミラー越しにヴェルドを睨みつける臥堂。
    「トラブルが無ければ、ニーリー市にもう間も無く到着します」ハンドルを巧みに操作しながら、ヴェルドは淡々と説明する。「空港に辿り着く事が今回のゲームの勝利条件として明示されている事は憶えているかと思いますが、アズラク市であれだけの“敵”が用意されていたのですから、ニーリー市でも相応の戦闘が予想されます」
    「つまり、ころ――」「臥堂は黙っててくれ」「最後まで言わせろよ!!」
    「想定される戦闘は苛烈を極めるでしょう」臥堂のツッコミを完全に無視して話を進めるヴェルド。「ベストコンディションとは言い難い私達では、或いは負傷、死者が出る可能性も憂慮せざるを得ません。ですが、敢えてこのオーダーを聞いて頂きたい」バックミラー越しに、三人の顔を見やるヴェルド。「“敵”を殺害する際は、可能な限りの情報を引き出してから、お願いします。臥堂、お前は特に注意してくれ」
    「……結局殺さなアカンって事か」視線を車外に投げたまま、醒めた表情で鼻息を落とす刃蒼。「ま、僕かて復讎されるんは怖いしなぁ。止むを得ん時は、きっちり殺るで」
    「中ボスは大体ラスボスの居場所や弱点を知ってるモノデスシネ! 任せて下サイっ! ホールドアップは得意なんデスヨ~♪」とんっ、と張った胸を軽く叩いて得意気な顔をするマーシャ。「うっかり殺さないように気を付けマスネ!」
    「……なぁ、本当に俺だけでいいのか? その注意。どう考えても俺よりヤヴァそうな奴が三人はいると思うんだがよ……」醒めきった表情でヴェルドを見やる臥堂。「情報、ねぇ。その辺の雑魚が何か知ってるたァ思えねえんだが。まァ、痛めつけて囀るように調教する過程は好きだからいいけどよ」
    「臥堂くんはホンマ人間の屑やなぁ~」「臥堂サンってすぐにフェードアウトする敵キャラでいそうな外道デスヨネ!」「趣味嗜好は人それぞれだが、臥堂のそれは倫理的に観て甚だ歪んでるな」
    「よし、殺してやろう、お前らから一人ずつなァ!!」
     臥堂が発作的にアサドを抜き放って威嚇射撃をしようとした――その時、マーシャがピクピクっと耳を動かし、「――あれ? 刃蒼サン。今、着信が来ませんデシタ?」と呟きを漏らした。
    「え?」
     マーシャの呟きに、刃蒼がモソモソとスーツのポケットを探る。取り出した携帯端末には確かに着信の通知を知らせる灯りがチカチカと点っていた。
    「よう気付いたなー、マーシャさん。走る音が煩くて全然気付かんかったわー」驚きと呆れと、そして感心の意を込めて微苦笑を浮かべながら携帯端末を操作する刃蒼。「お、鮎川さんから、の……」
     メールだったのか、端末の液晶画面を見たまま声が止まる刃蒼。メーラーを開こうと携帯端末を操作した――その瞬間だった。
     ――轟音。遥か後方……アズラク市の上空に、大輪の華が瞬いた。
    「ハラショー! ターマヤー!」
     特大の花火の残光が四人の視界に焼きついたまま、暫く離れなかった。その美しい輝きとは対照的に、刃蒼の胸中に不穏な空気が忍び寄り、顔色が僅かばかり悪くなっていく。
     不意に静かになった車内で、臥堂とマーシャが身を乗り出して刃蒼の携帯端末を覗き込もうとする。「それで、何だったんだよ?」「さっきのメール、何だったんデスカー?」
    「うわ、ちょっ、何勝手に見ようとしてんねん!」
     慌てて携帯端末を閉じる刃蒼に、二人が不服そうに唇を尖らせた。
    「で、何だったんだよ? アズラク市を焦土にしたぞーって報告か?」
    「もしかして助けに来てくれるサポートキャラとしてボク達の仲間になるんデスカー!?」
    「……自分ら、鮎川さんを何やと思とんねん」呆れきった表情でぼやく刃蒼。
    「違うのか?」「違いマシタカ?」揃って小首を傾げる臥堂とマーシャ。
    「ちゃうわ!」ビシッと二人の頭に同時にチョップを振り下ろす刃蒼。「何やよう判らんけど、暗号みたいな文章が送られてきてん」
    「「暗号?」」臥堂とマーシャが綺麗なハーモニーを奏でる。
    「ちょと一人で考えたいから、判ったら見せたるで。判らんくても、後で見せたるから、ちょと待っとき」
     そう言って再び携帯端末を開き、ぼんやりと浮かび上がる短い文字列を注視する。
     書いてあるのは単純な文章だ。たった数行で終わる、簡素な文。

    『刃蒼君、あなたは病巣にされてる。
     いずれワクチンに殺されるわ。
     その前に病原体を見つけなさい。』

     ヒントらしい記述が無ければ、何を意図する内容なのかも判然としない文章。併し鮎川が何の意味も無く、併もこのタイミングでメールを送ってくるなど、俄かには考え難い。
     そして、今の花火。アレは――刃蒼にとって最悪を連想させる現象だった。内蔵が気持ち悪く蠢き、吐き気が込み上げてきそうな程の不快感に、思わず口許に手を宛がう。
     ――わたしも業の深いお仕事してるけどさ、散る時ぐらいは、やっぱり綺麗に散りたいよね~♪
     刃蒼の胸中で、鮎川の笑顔が張り付いたまま消えなかった。己の嫌な予感がよく当たる事を、今ほど恨めしく感じた事は無い。携帯端末を握り締めたまま、刃蒼はそっと画面を閉じて前髪に触れる。
     夜風は涼しく、沸騰しそうになる感情を急速に冷やしてくれる。まだ未来は確定した訳ではない。箱を開けるまで、中の猫が死んでいるか確認する術は無いのだ。希望を捨てた時こそが、本当の絶望の始まりだ。
     再び携帯端末を開き、この謎の文章の解読を再開する。仮に鮎川が死に瀕した状態でこの文章を打ち込んだと仮定しても、逆に安全地帯からのんびりと打ち込んだと仮定しても、どちらにせよ判る事が一つある。
     鮎川には刃蒼だけに伝わる暗号を綴れるだけの余裕が有ったとは思えない。仮に安全地帯から悠然とメールを打ってこの文章に行き着いたとしても、この切羽詰まった刃蒼の現在の状態を考慮せずに難解な文章を送りつけるとは考え難いのだ。
     だとしたら考えるまでも無く、この文章は暗号化されているように見えるだけで、原文そのままの意を読み取るべきだろう。鮎川がどれだけ己の環境を把握しているのか判然としないが、現在装備しているイヤフォンに隠しカメラが内蔵されていたとしても不思議ではないのだ、この文章をマスターシックスが知り得た可能性は高い。
     ――まさか、そういう事なんか……?
     ふと思い浮かんだ一つの結論に、刃蒼は慄然とした。この仮説を、三人に伝えるべきか否か。この仮説に辿り着いた自分は、もしかしなくてもマスターシックスに消されるのではないか。この仮説を証明した瞬間、四人全員の死が確定するのではないか。
     血の気が引く想いを懐いたまま、ヴェルドに視線を転ずる。彼は前方を眺めたまま、こちらには一瞥もせず、運転に集中している事が窺える。
     彼に相談するべきか。実質この四人の中でリーダーを任じていると言っても過言ではない、彼に。
     ――アカン。今ここで伝えたら……マスターシックスの気分次第で、四人とも……
     胸中の動揺を晒すまいと必死に表情を取り繕うも、冷や汗は止まらなかった。吐き気すら催す程の重大な情報、……否、四人の命を容易く握り潰せる程の機密を、一人で抱え込む重圧は、刃蒼の神経を瞬く間に擦り減らしていった。
     それでも――刃蒼は平静を表面上に張りつけたまま、携帯端末をスーツのポケットに戻した。マスターシックスにこの文章が知られてしまった可能性が存在する以上、今一番危険な立場に置かれているのは自分一人だ。併し逆に言えば、自分以外の三人がマスターシックスに狙われる可能性はまだ小さいと言う反証になる。
     冷静さを取り戻し、表面上、普段の自分を演じ続ける。兵器開発の会議で、如何に大事な内容を隠し通してプレゼンを行えるか、現状はその延長線上だと思い込む。己の一挙手一投足でヴェルドが、臥堂が、マーシャが、死ぬかも知れないと言うプレッシャーも、呑み込んで耐える。
     そうして、刃蒼の孤独な戦いは幕を開けた。神をも欺く戦いが――――


    【次回予告】

    「……ふぅん、部隊を辞めても全く錆が無いね、隊長は」

    「――幽界へようこそ、名も無き審判」

     歯車は軋みを上げて轍を刻む。轍はやがて現実を蝕んでいく。

    「俺と比べんなよ! つか、こいつと比較されたくねえよ!」

    「そう、ボクのサイドエフェクトが言ってマス!」

    「――ほんじゃま、吹っ飛んで貰おか」

     音無き叛逆が始まる。同胞の死を飲み干す、不可逆の謀が――

    「――やれ。お前の出番だ」

    Continued on the next stage……
    【後書】
     遂に再掲分が終わりました。次回より未公開だった最新話が始まります。
     いつぞや「今年中に【戦戯】を完結させたい」と言っておりましたが、間に合うかなーどうかなーって感じです。展開上、終極まであと一歩なので、サクサクっと書ききれば今年中に終わりそうな気もしますが果たして!
     更新もサクサク進めていきますよー! 早ければ一日、遅くとも三日ペースくらいで最新話を投稿していく予定ですので、良かったら最後までお付き合い頂けると幸いです。
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    Comments

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    2016-12-12 15:24 
    日逆孝介 No.475
    感想楽しみにしてるお!(^ω^)
    2016-12-12 00:23 
    tomi No.472
     +(0゚・∀・) + ワクテカ +
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