鎖錠の楼閣

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    【神戯】029:遊始に到る〈其ノ陸〉【オリジナル小説】

    ■タイトル
    神戯

    ■あらすじ
    「最後の遊戯を始めよう」――世界を滅却した絶対神、〈禍神〉である四人の少年少女が始めたのは、最後の一人になるまで殺し合う遊戯――【神戯】。《神災》に因って世界人口が百分の一にまで衰退した百年後の世界を舞台に紡がれる悪夢の遊戯録。その全容が今、紐解かれる――

    ▼この作品は【鎖錠の楼閣】、【小説家になろう】(http://ncode.syosetu.com/n0899k/)、【ハーメルン】(https://novel.syosetu.org/94282/)、【風雅の戯賊領】(http://huuganogizoku.web.fc2.com/)、【カクヨム】(https://kakuyomu.jp/works/1177354054881697929)の五ヶ所で多重投稿されております。

    ■キーワード
    R15 残酷な描写あり オリジナル戦記 異能力バトル 冒険 群像劇 狂気 殺し合い/デスゲーム 架空戦記 戦争 外道 超能力 異世界 ダーク 遊戯 バトル エンターテイメント

    ■第29話

    029:遊始に到る〈其ノ陸〉


    【大聖堂】に二日連続で姿を現した是烈と〈牙〉は、【大聖堂】内の見学の許可を得るべく、昨日と同じ【待合の間】で、昨日と同じ相手と対面していた。
    「【大聖堂】内の見学、ですか」
    「はい。一度この中の様子を見て回りたいのです。仕事柄、【中立国】に来る事は滅多に無いので、折角の機会にと思いまして」
     神妙な面持ちで呟く党首補佐――白風に対し、〈牙〉は慇懃にならない程度の作法を以て応じている。こういう駆け引きは是烈の最も苦手とするものだったため、彼の今すべき事は静観以外に無かった。
     テーブルの上に置いてあるコップを掴み、手が震えないように気を付けながら、麦茶を喉に流し込む。冷気を伴った液体が胃に落ち、落ち着かない気持ちを少しだけ冷却してくれる。
    「……分かりました。その代わりと言ってはなんですが、私が案内役を務めましょう。【大聖堂】内は党員でさえ時折道に迷う事が有ります。部外者である貴方方だけでは党員も疑問に思いましょうし、党首補佐である私がいれば説明も出来ます。――どうでしょうか?」
     うげ、と是烈は胸の内で舌を出す。まだ彼女と一緒にいなければならないのかと思うと、少し胸焼けがしてくる。解ける事の無い緊張は、神経を著しく磨耗する。とは言え、その心象を顔に出す程の幼稚さを是烈は持っていなかった。仮面を被ったまま、コップをテーブルに戻す。
     白風の言っている事は尤もらしく聞こえるが、何も彼女である必要は無いだろうと是烈は気づいていた。確かに党首補佐である彼女は【大聖堂】の地理に詳しいだろう。とは言え、【大聖堂】勤めの者であれば、大概は詳しい筈。説明役がいるにしても別の党員であっても良い筈だ。
    「党首補佐が案内役を務めてくれるのであれば心強い。是非ともお願いします」
     是烈の想いなど露知らず、〈牙〉は白風の申し出を快諾した。何故? と思ったが、白風がいる手前、訊く事も出来ない。
     推察するに、〈牙〉としても白風の出方を窺っているのかも知れない。〈牙〉の勘では、【大聖堂】に殯と言う〈禍神〉がいるのは間違い無いのだから、白風が何かを知っている、と言う推測は成り立つ。
     ならば彼女と接している時間が長ければ、いつかボロが出るかも知れない、とでも踏んでいるのだろうか? ……勝算の薄い戦いだ、と思わずにいられなかった。

    ◇◆◇◆◇

    「……クロ、やっぱりダメみたいだよ。話す相手がいないのか、本でも読んでるみたい」
    「そうか……。ちッ、やっぱり夜に来るべきだったか」
    【大聖堂】一階――【礼拝の間】。
    【礼拝の間】は党員だけでなく、一般人の立ち入りも許可されている。そこで毎日のように行われているのは、党員による演説である。党員の男が声高々に〈救世人党〉の素晴らしさ、民同士の助け合いが民を救うなどと言う話を延々と続けている。労力の無駄遣いだ、と黒宇は熟々思ってしまう。
     昨日の一件は一夜経った今でも忘れられる訳が無かったが、黒宇は敢えて表面には出さないようにして、諜楽と接する事に決めた。今はその事で思考を煩わせる訳にはいかない。
     ……本当は正面切って、どういうつもりであんな事をしたのか聞きたくて仕方なかったが、聞けば恐らくもうこの状態には戻れないだろうと思ったので、口からその言葉が出る事は無かった。
    〈忌徒〉の二人の服装は、昨日の祭服とは違い、普段着だった。ラフな服装に身を包んだ二人は、党員の演説を聞くふりをしながら、諜楽の異能〈全聴〉で【大聖堂】地下にいる殯の様子を探っていた。
    「そう言えばね、クロ。何か、また〈牙〉が来てるみたいなんだよ」
    「〈神災対策局〉の局長が懲りずにまた来たってか。――で、何しに来たんだよ?」
    「【大聖堂】の見学だってさ。やっぱり、〈禍神〉がいるって気づいてるんだよ、〈牙〉も」
     気づいていると言うより、確信していると言った方が正しいかも知れないな、と黒宇は思った。いる事が判っているから、確認作業をしたいだけなのだろう。黒宇達としている事は殆ど変わらない。
     厳密に言えば、〈牙〉と黒宇達のすべき事は若干違う。何故ならば――
    「で、白風って奴はどうなった? 今、どこにいるんだ?」
     ――〈禍神〉の補佐と目される党首補佐を捕獲する事。それが、二人が自らに課した任務だ。
    〈禍神〉の補佐と目される人間はもう一人いる。言わずもがな、〈救世人党〉党首である神無だが、彼女の護衛は白風の比ではないと結論を出した二人は、神無と比して護衛が手薄と思われる白風に標的を絞ったのである。
     実際、二人の見立ては強ち的外れと言う訳ではなく、白風付の護衛など一人もおらず、神無の方は近衛兵と思しき声を諜楽が確認している。それらを確認した二人が白風に的を絞るのも無理からぬ事だった。
     黒宇としてはこの案件を手早く済まし、敵の牙城たる【大聖堂】より脱したい気持ちで一杯だった。この任務を終わらせたら、梶羽と相談し、亜鳩を連れ出してやらねば――
     ――そんな黒宇の願いが通じる事は無く、現実は少しずつ軋みゆく。
    「それが……〈牙〉と一緒にいるみたいだよ」
     諜楽の漏らした一言に、黒宇は一瞬惚けたように時間が止まり、すぐに表情が困惑で彩られる。思わず諜楽の顔を睨んでしまう黒宇。
    「はぁ!? 何だって〈牙〉なんかと一緒に……」
    「〈牙〉が【大聖堂】を見学したいって言って、その案内役をするって白風が……」
     諜楽も巧く進まない事の成り行きに歯噛みする。現時点で白風を捕獲する作戦は断念せざるを得なかった。
     かと言って、このまま無為に過ごす訳にもいかない。これからどうするべきか、黒宇が悩んでいると、諜楽から提案が出された。
    「白風から〈牙〉が離れるまで、殯と神無の様子を聞いてるよ。……決行は夜の方が良いんじゃない? 党員の殆どが帰った後にやれば、人目に付く事も無いし」
    「……だな」
     諜楽の言うとおりだった。昼間に拉致なんて行えば、この規模の施設だ、どこに逃げても人目に付く。それを回避するには、人がいなくなる夜間に行動を行うのがベストだろう。
     顔を上げると、壇上に立つ男の話はまだ続いていた。黒宇はそれを子守唄に順ずる何かだと感じ、瞼を下ろした。
     隣に座る諜楽は、一瞬切なげな視線を黒宇に投じたが、すぐに壇上へと視線を向け直す。
     滑らかな語調で進む演説は、二人の耳朶を打つ事はあれど、脳に刻まれる事は無かった。

    ◇◆◇◆◇

    〈神災対策局〉のトップとナンバーツーを連れて【大聖堂】を回っていた白風は、当たり障りの無い会話に従事しながら次の一手をどうすべきか悩んでいた。
    〈牙〉が〈救世人党〉に不審を懐いている。その事実は認識できていたが、まさか二日連続で来訪するとは思っていなかったし、更に【大聖堂】を見学したいと言い出すなんて想定外だった。自分が後手に回っていると思うだけで不快を感じる白風。
     相手の真意は解っている。手ずから殯を探し出そうと言うのだろう。だが、それを許容できる程、白風も甘くは無い。如何に殯が殺すべき対象だとしても、殯が死んで別の〈禍神〉が生き残るのでは意味が無い。殯を最後まで生かし、且つ最後に自身の手で末期に到らせねばならない。それこそが白風が自身に課した責務であった。
    「それにしても単調な通廊ですね。どこを見ても同じ場所に思える。貴女がいなければ、同じ道をグルグル回っているような錯覚に陥りそうだ」
     白風の数歩後ろを歩きながら、〈牙〉が軽口を叩く。
    〈牙〉が言うように、通廊は白壁と青い絨毯、そして点在する重厚な木製の扉があるだけで、変化に乏しい事この上ない。一般人が立ち入れば、忽ち迷子になる事請け合いだ。
     木枠の窓から外界に視線を投じると、今日も茹だるような暑さを内包する晴天に見舞われている。炎天は室内にまで伝わり、空調が働いているとは言え、通廊を歩いているだけでも薄っすらと汗ばむ。今日も三十度を超えるのだろうか、思考の片隅でそんな事を思う。
    「党員でさえ自分がどこにいるのか判らなくなる時が有りますから。繰り返し歩かねば判らないと思います」
     思考は常に〈牙〉にどうやって次の一手を打つか考えているため、会話は当たり障りの無い、彼女にしてみれば瑣末事と言える内容しか出てこない。〈牙〉を出し抜く。それこそが現時点で白風が抱える命題だった。
     案内するのは、党員達が利用している食堂、職場になっている事務室、党員達の養成に使われる学習室など。他に寄宿舎にも寄り、大体の場所を案内し終えた頃には昼を回っていた。
    「次は【鍛練の間】に案内致します」
    「【鍛練の間】? 党員は学術だけでなく、武術も学べるのですか」
     白風の発言に感心したように吐息を漏らす〈牙〉。皮肉などではなく、心底そう思っているように感じる語調だが、白風は真意を測り兼ねた。
     ――ふと、白風は妙案を思いつく。
    「〈牙〉様。折角ですから如何でしょう、誰かと手合わせを為さってみては」
    【鍛練の間】へと続く通廊を歩きながら、白風が語りかける。あくまで自然を装い、顔には微笑を貼りつけたまま。
    「武術の心得を持つ〈牙〉様と手合わせ出来る機会など、殆ど絶無に等しいでしょう。我が党員も喜ぶと思います」
    「手合わせですか。――構いませんよ。僕で良ければ、相手になります」
     感慨も無く応じる〈牙〉。白風は彼が乗ってくれた事に胸の内で感謝する。
    【大聖堂】を案内する事自体、白風が自己の判断で下したものであり、神無や殯の是非を聞いてやった事ではない。〈牙〉には【大聖堂】の地理を知り、更には殯の探査と言うメリットが有るにも拘らず、白風――即ち殯側には何の利点も無い。それを鑑みれば、白風の判断は相手に塩を送るようなもの。故に白風は一計を案じたのである。
     それは――〈牙〉の実力を測る事。
     先日の件――【臥辰都立総合学習院】襲撃事件の際に、〈禍神崇信教団〉の幹部を屠ったと言う話から実力の程は知れるが、その場で確認した訳ではない。それに〈狗隠〉の話では、倒したのは〈牙〉ではなく、副局長の是烈だ。〈牙〉の実力が隠されたままなのは言うまでも無い。それを確認するだけでも、価値が有ると白風は踏んだのだ。
     やがて【鍛練の間】に辿り着き、木製の扉を押し開くと、中に入る。
    「おぉ……」
     感嘆の吐息を漏らしたのは、〈牙〉の隣に立つ青年――是烈だった。
    【鍛練の間】には現在三十人近くの党員が詰め、武術の基礎を教わっている。剣術から始まり、棍術、槍術、そして徒手の護身術などが【鍛練の間】で行われ、屋外では弓術の鍛練も行われている。
    〈救世人党〉と言う組織もそうだが、【中央人民救済枢軸国】と言う国柄、武力を持ち過ぎる訳にはいかない。そのため、表立って武力を誇示する訳にはいかないが、有事の際に機能する位の武力は保持している。言わばこの部屋は〈救世人党〉の裏側に位置する場所と言える。
     詰めている党員達は、〈救世人党〉の中でも“僧兵”と呼ばれる階級にある。現在【中央人民救済枢軸国】の武力は彼ら僧兵で、十万規模で存在する。彼らは【中立国】を除く二大国、【竜王国】と【燕帝國】の仲介を為すために存在し、且つ有事の際には最前線で指揮を取る。その強さは【竜王国】の〈竜騎士〉に匹敵するとまで言われている。
     そんな次元の高い戦闘訓練を目の当たりにしたのだ、是烈でなくとも感嘆の意を表明するに違いないと、白風は思った。
     実際、〈牙〉も言葉が出ないようだった。気勢を上げて得物を振り回す僧兵の姿を、無言のまま眺めている。
    「如何ですか? 〈牙〉様。誰かと手合わせしてみては」
    〈牙〉が僧兵より弱いなら、或いは敵に自分の実力を測られるのが危険と判断したなら、ここは“否”と応えるところだろう。寧ろ“肯”する方が疑問に感じる気もする。
     ここまで来て断られるようなら、そうさせるように話を持っていこうか、と考えていた白風の予想を裏切り、〈牙〉は視線を僧兵達に向けたまま、返答を口にした。
    「――お訊きしたいのですが、白風さんは彼らより強いのですか?」
     思わぬ切り返しに、一瞬言葉を詰まらせる白風。だが、それを気取られぬようにと、即時に返答を返す。
    「……一応、そのつもりですが」
    「では、貴女と手合わせしてみたいです」
    「――――私と、ですか?」
    〈牙〉は短く頷いた。「ええ。彼らと一対一でやれば、彼らの自信を無くさせる事になりそうなので」
     鼻白みそうになるが、何とか理性で堪える白風。精兵として君臨する彼らを酷く蔑んだ物言いに対し、白風は憤りを感じつつ表情にも声調にも表出しないようにして告げる。
    「……随分な自信家ですね。〈牙〉様の実力は噂でしか聞き及んでいませんが、僧兵相手ではお話にならない、――と?」
    「彼らがやっているのは型だけです。型の繰り返しでは何も得られません。力とは常に実戦で身に付けるもの……素振りや型の練習では、基礎しか身に付きません。基礎を疎かにするのは間違いですが、それだけの稽古では、それだけの相手にしか勝てないでしょう。僕が稽古を付けて差し上げた方が、余程有意義なものになると思います」
     流石にここまで言いたい放題に言われてしまうと、白風も反論する事が出来なかった。
    〈牙〉の言っている事が強ち間違いでもない事が、白風が迂闊に反論できない一因となっていた。
     だが、少しは得る物も有った。白風から見た〈牙〉の人物像が輪郭を形作り始めたのだ。彼は現場で物を考えるタイプだと言う事。基礎を怠る事は無いだろうが、何より実践での体験を優先する人間だと言う事。
     とは言え、言われっ放しでは白風の気が納まらない。気色ばむ程の憤りを内包した、低く殺した声で〈牙〉を刺す。
    「そこまで仰られるのであれば、一度手合わせ願えますか? 彼らの体面もありますし、私がお相手を務めます。異論は有りませんね?」
    「ええ、僕は構いませんよ。……ただ、僕は剣士ではないので、出来たら長めの棒を用意して頂けると助かります」
    「ご心配無く。ここには槍術・棍術の鍛練のために、棍棒を用意しております。存分にお使い下さい」
     白風は表情を微笑から変えずに、事務的に告げる。その内面は、〈牙〉に対する怒りで焦げついていた。


    【鍛練の間】の中央に、二人の武人が相対して動きを止めていた。
     片や〈救世人党〉党首補佐――薙刀の使い手たる白風。今は薙刀ではなく棍棒を握り、下段の構えで静止している。
     片や〈神災対策局〉局長――槍の使い手たる〈牙〉。今は白風同様、槍ではなく棍棒を握り、同じく下段の構えで動きを止めている。
     二人の間に立つのは、是烈と、党員の女が一人。彼らは白風と〈牙〉の勝負を審査する審判の役目を担っていた。無いとは思うが、身内を贔屓されては困ると言う事で、念のために二人となった。
     白風と〈牙〉の間には十メートル近く空白が置かれている。畳敷きの床はあちこちが擦れて痛んでいたが、躓く可能性は殆ど無い。白風は足袋で、〈牙〉は防災服と呼ばれる全身を覆う滑らかな生地に包まれているので、どちらも足運びに問題は無い。
    (……相手は〈牙〉。〈神災対策局〉局長を百年間も死守した男……侮ってはいけない、けれど……)
     白風は相手の顔を見て、どうしても疑念が湧かずにいられなかった。
    (あんな顔全体を覆う仮面をして、本当に戦えるものなの……?)
     双眸が有る場所に小さな穴が開いていたとしても、それでは充分な視野が確保できない。限られた視界で戦うと言うのなら、実力差が均衡していれば確実に勝敗は決される。
     それを踏まえて尚、〈牙〉は泰然と構えている。まるでそれが瑣末事とでも言うべき態度で白風に対面している。
     ……それこそが、白風に対する最大の侮蔑だとも気づかずに。
    「――では、始めて下さい」
     是烈の一言で勝負が幕を上げる。
    〈牙〉は動かずに、先の後の構えを取っていた。白風はそれを見て、先の先で決めるべきか一瞬惑い、――刹那に機先を制する事に決めた。
     摺り足の要領で左足を踏み込み、棍棒を〈牙〉の胴へと突き込む。渾身の力を込めた突撃――それは目で追える代物ではない。
     にも拘らず〈牙〉は、避けるでもなく、――受け流していた。
     カッ、と棍棒同士が衝突する軽い音。白風の棍棒の先端が、〈牙〉の棍棒の先端で弾かれ、軌道を逸らされて〈牙〉の側面を擦るように突き進む。
     隙だらけになった白風の手に軽い衝撃が走り、次の瞬間には棍棒が畳みの上に落ちる軽い音が続いていた。
     後から襲ってきた衝撃により、白風は一本取られた事を悟る。
    「い、一本!」
     一瞬で決まった勝負を断じる声が、党員の喉から走る。
     場の空気が固まった。白風も、完全にその空気に侵されていた。
    (……負けた? それも、一撃で!?)
     何の事は無い。突撃を払われて、その隙に籠手を打たれただけだ。完全な正攻法で、真正面から、剰え手加減を施されて、敗北を喫してしまったに過ぎない。
     あまりの出来事に、思考が暫し追いつかなかった。
    (これが……〈神災対策局〉局長の実力……いや、〈禍神〉の実力なのか……!!)
     五年前、殯と対戦した時もそうだった。歯が立たないと言う次元ではない実力差。基本スペックが桁外れに違い過ぎる。鍛練や努力で補強するのは、凡人が天才に挑む時には有効だろうが、凡人が神に挑む時には、その程度の助力では敵う道理など無い。根本から勝てる要素など介在していないのだから。
     やがて思考が現実に追いついた白風は礼儀を忘れず、腰を折った。「参りました……」
    〈牙〉の実力を測る? ――有り得ない。底など見える筈が無い。彼の深淵は、人が簡単に探れる域になど無いのだから。
     白風の一礼に対し、〈牙〉も小さく頭を下げて応じる。
    【鍛練の間】でのどよめきは、簡単には納まりそうに無かった。
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