鎖錠の楼閣

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    【戦戯】021.猟王の園庭〈1〉【オリジナル小説】

    ■タイトル
    戦戯

    ■あらすじ
    遠い未来。戦争が当たり前のように行われる荒廃した世界で、或る男に一本の電話が入る。「君にゲームをして貰いたいんだ」……それが悪夢の始まりだった。――ひょんな事からチームを組んだ四人の男女の、狂れたゲームの物語。

    ▼この作品はブログ【鎖錠の楼閣】、【小説家になろう】(http://ncode.syosetu.com/n3582cz/)、【ハーメルン】(http://novel.syosetu.org/73083/)、サークルサイト【風雅の戯賊領】(http://huuganogizoku.web.fc2.com/)、【カクヨム】(https://kakuyomu.jp/works/1177354054881703366)の五ヶ所で多重投稿されております。

    ▼再投稿作品になります。

    ■キーワード
    R15 残酷な描写あり 戦争 ライトノベル 銃撃戦 再投稿

    ■第24話

     021.猟王の園庭〈1〉

     全身を一気に深い休眠状態へとシフトし、高速で肉体の修繕を行う。感情や情報を纏め、必要の無いモノを仕舞い込み、必要なモノは組み上げて即座に引き出せるように整理する。疲労の蓄積をリセットし、最高の環境に仕上げていく。
     二時間も有ればこれらのルーティンは完遂できる。ヴェルドにとっては休息や睡眠も、任務や作戦に含まれる要素に他ならない。訓練で体得した睡眠法を用いれば、二時間の休息を取ればコンディションは完璧になる。
     そんな時だ。懐かしい夢を観ている事に気付いた。厳密には、夢を観ている己を自覚した。もう脳内のリフレッシュは完了し、肉体の修繕に取り掛かったのだろう。
     見覚えの有る光景が広がる。匂いは無い。音も無い。感触も、感覚も存在しない。視覚素子が捉えた映像記憶を再現しているだけの、サイレントムーヴィーだ。色素もあやふやで、殆どがモノクロで描かれている。
     任務を達成した後、迎えの輸送機を同志と共に待機している映像だった。朝焼けが空一杯に広がり、背後に聳える黒煙を黎明の空に克明に刻み込む。
     任務の内容は、今でも鮮明に思い出せた。国を脅かす賊の群れを一夜で殲滅せよ、と言う密命を十五時間前に受け、八時間前に現地に到着し、六時間掛けて賊の野営地を完膚なきまでに滅ぼした。
     ヴェルドの所属する部隊に支援は一切無かった。たった八人からなる精鋭が五百人以上の兵士を皆殺しにした。戦闘機や戦車などの兵器の運用は認められず、あくまで人間の手だけで自身の部隊の六十倍以上の人間を殺めた事になる。
     どこの国家が賊を滅ぼしたのか明るみにしてはならないため、一切の支援を受けず、そして誰にも悟られる事無く、兵士を殺害し、拠点を破壊し、部隊を殲滅する。それがヴェルドの部隊に与えられた任務の全容であり、熟すべき責務だった。
     どれだけの屍山血河を築き上げても、感情の振幅は麻痺してしまっていた。何も奪われないために己は強くなった。奪われないための部隊を得た己は、何者にも奪われないだけの武力を手に入れた。その力がやがて、奪う事に費やされるようになった今になっても、最早ヴェルドには流れを止めるだけの意志は残っていなかった。
    「――また遠くを観てるね、隊長」
     音声は無い。その言葉を受けたと記憶が囁いているだけだ。ヴェルドはその言葉を発した女隊員に振り返り、胡乱な瞳で彼女を捉えた。
     口元を黒色の布で覆い、同色のバンダナで頭を覆った、赤眼の女。歳は二十代後半と言った風情で、身長は百六十五センチほどと小柄な体躯。同じ部隊の同志とは思えない程に明るく気さくな女性。
     名をルカと言い、部隊の中で一番人間味を残した兵士として皆から慕われていた。
     ヴェルドはルカから視線を外し、再び朝焼けに浮かぶ地平線を見つめた。血塗られた世界でも、朝が来ると問題が一つ解決したような気分になる。実際は何も解決していないし、錯覚だと自覚もしている。それでも――作戦明けに朝を迎える度にそんな絵空事を考えてしまうのだ。
    「隊長さ、確か今回の作戦で任期終わりなんでしょ?」
     ヴェルドが所属する部隊に年齢制限は無かったが、肉体の限界を感じた者には辞職を勧告されるし、あわよくば別の職務を回される事も有る。戦いは無くならないが、兵士は損耗する。有能な戦士は司令官や教官としての地位が約束されていた。
     併しヴェルドは部隊だけでなく、組織からも脱退する道を選択した。同志や上司に嫌気が差した訳でも、作戦の遂行に肉体が追従しなくなった訳でも無く、剰え作戦そのものに疑問を懐いた訳でも無い。
     簡単に言えば、――疲れた。ただそれだけだった。
     有り余る退職金を得る事になるのだから、民間人としての生活を満喫して、今までの作戦に就いて改めて考えるべきではないかと、そんな想いに駆られ、部隊を纏める上官に進言したのがつい先日で、許可は存外あっさりと下りた。
     今回の作戦で部隊から離れる事になる。上官からは「貴様が復帰を望むなら、いつでも我々は迎え入れる」と言われている事から、除隊する事自体に危惧は懐いていなかった。今己がどうしたいのか考え、部隊に戻る事が最善と判れば、恥を忍んでの復帰も辞さないつもりだった。
     その話は部隊の同志には伝達してある。だがこうして態々声を掛けてくる者はルカだけだった。特に感慨らしい感慨も浮かばなかったが、ヴェルドは「えぇ、今回で最後になりますね」と短く返した。
     未練など無かった。幾度と無く死線を潜り抜けてきたヴェルドにとって、死の恐怖はあまりにも身近に存在する。その世界から離れる事で命に対する想念が変動するとは思えないし、今すぐ死ぬ事になっても心情は揺らがないだろう。
     特別親しい仲の同志がいる訳でもなかったヴェルドにとって、同志は文字通り志を同じくするだけの他人だった。任務遂行のためなら切り捨てる事も辞さないし、見殺しも看過する、必要なら犠牲にだってする。
     そしてそんなヴェルドの作戦に文句の一つも言わず、愚痴の一つも零さずに追走してきた者達である。ヴェルドにとって同志とは、作戦を完遂するために与えられた優秀な駒でしかなかった。
     ルカにも同志以上の価値を見出せなかったし、異性として以前に、人間として認識する事すらなかった。故にそれ以上の言葉の応酬も無いだろうと、ヴェルドはルカに視線を向けもせず、静かに輸送機の到着を待ち――
    「あたしも今回で辞めるんだー。へへっ」
     ――思わず視線がルカに向けられる。
    「別に隊長のお供をする訳じゃないよ? でも隊長がいなくなるなら、あたしも序でに辞めちゃおうかなってね」
     彼女は目元に皺を創り、愉しげにヴェルドを眺めていた。子供のような無邪気な笑顔で、ヴェルドの内に微かに湧いた動揺を愉しんでいる。
     今までも引退していった者は少なくない。当然戦死扱いで消えて行く者も多い。その中でルカが己にとって特別な存在だったのかと問われたら即答できる、答は否だ。
     だが自分が除隊するタイミングで除隊するのは、僅少ながらも琴線に触れたのだろう。ヴェルドは瞑目し、「――そうですか」と淡泊に応じるに留め、追及も無視も避けた。
     ルカはそんなヴェルドを優しい眼差しで眺めている。その時のヴェルドは瞑目していたのだから、当然この光景は己の想像が生み出した幻影に過ぎない。
    「――隊長。間も無く迎えが来るぜ」
     二人の間に蟠る微妙な空気を打ち払うように、一人の男が割って入った。俯瞰視点で観えるその男は、ヴェルドとルカ同様、口元を布で覆っていたが、バンダナはしておらず、茶髪が艶やかに背中に流れている。百七十五センチほどのヴェルドと同じ身長と体格、顔の上半分はゴーグルで覆われている。外見だけでは判然としないが、歳はヴェルドより幾分か下で、二十代前半の若者だ。
     名をゼルギウスと言い、部隊の次期隊長となる男だった。
    「ゼル、これからはあんたが部隊を率いるんだったよね? 頑張ってね、姉さん応援してるよ」茶化した態度でゼルギウスの肩を叩くルカ。
    「ヴェルドとルカに同時に抜けられると戦力ダウンも甚だしいけどな」布とゴーグルで表情は読めないが、ゼルギウスが苦笑しているのは観ずとも知れた。「二人とも、いつでも戻って来いよ。……いや、こっちから連絡するかもな。早く戻って来ないと作戦が失敗しちまうよ、って」
    「そんな緊急要請は勘弁願いたいな」思わず苦笑いしてしまうヴェルド。「ですが、有事の際は遠慮せず声を掛けて下さい。可能な限り手を貸しますよ、同志の誼で、ね」
    「流石は俺達の隊長様だ、そう言ってくれると信じてたぜ」嬉しげな声を出して親しげに手を挙げるゼルギウス。「つっても、流石に元隊員であっても、現民間人に声を掛ける事は無いだろうさ。部隊の事はすっぱり忘れて、気楽にバカンスを愉しんできてくれよ」
     そう言うゼルギウスの声はどこか寂寥が混ざり込んでいた。ヴェルドの傍を通り抜け、それ以上顔を合わせる事は無かった。いつか観た背中より、大きく頼もしく映り込む。
     その時になってようやくバタバタと大気を叩きつける旋回音が意識の内に届いてきた。朝焼けに輝く世界に浮かぶ黒点を見上げ、ヴェルドは終わりが迎えに来たのだと漫然と考えていた。
     朝焼けが輝きに満ち、穏やかに過ぎ去った過去の映像が急速に失われていく。覚醒の時だ。己は再び現実に浮上して行く。修復を終えた肉体で、再び煉獄を歩き始めるのだ。

    ◇◆◇◆◇

     遠方で輝く銃火と砲撃の篝火は、流石にここまで光を届けてはくれなかった。闇に沈んだ世界に幽微に佇む人影に、臥堂は敵意が無い事を確認してアサドの銃口を下ろした。
    「遅れてしまい申し訳有りません。ゲームが始まってしまって、早急に武装をお渡しできない状態になってしまい、今までコンタクトが取れませんでした。こちらの不備をお詫び申し上げます」
     そう言って至近距離まで接近したジャッジメントは、アタッシェケースを刃蒼に手渡した。刃蒼は素早くアタッシェケースを開錠し、中からディミオスと言う可塑性爆弾を取り出すと、手早くスーツの裏地に収めていく。
     その様子をジャッジメントはジッと黙り込んだまま特に何をするでもなく見つめていた。その時になって刃蒼は何かに気付いたのか、慌ててジャッジメントに意識を向け直した。
    「自分もここで死ぬ気や無いやろな? もう嫌やで、目の前で敵意の無い人間がいきなり死ぬんは」
     刃蒼と合流した時に、臥堂はその話を聞かされた。ゲームが開始すると同時に射殺されたジャッジメント。併もその射殺した犯人も、またジャッジメントであり、その犯人であるジャッジメントでさえも、死んでしまったのだと。
     使い捨ての駒のように、次々と現れては消えていくジャッジメントと言う人物に、刃蒼が辟易する理由は何と無く察せられる。無辜の人間が死ぬ事を良しとしない性格なのだろう。そんな面倒な思考に囚われている割には、殺人に動揺しないどころか、そもそも彼は兵器を造る側の人間だと言う、理解に苦しむ人物だ。
     殺人に善悪など無い。生き残るためには他者を殺さなければならないのだから。自然の摂理などと崇高な考えを持つ訳ではないが、生物は皆、別の何者かを殺して生き延びている。同族を殺す事だけが特別なのではあるまい。
     ジャッジメントと言う存在が死ぬ事で、自分達に悪い影響が有るとは考え難い。ゲームのルールにも抵触していないだろう。ならば、死んでも良い命の筈で、殺す事にも死なれる事にも躊躇は無いし動揺も無い。
     そんな些末な事を考えて嫌気が差すと言う刃蒼など、臥堂にとって理解に苦しむ人物の一人でしかなかった。
    「私の前任者が狙撃されて死亡した件は、我々にとっても不測の事態でして……」言い難そうにジャッジメントは顔を伏せた。「狙撃した主犯の身柄もそうですが、雇い主も未だに判然としていません」
    「あれ、そうなん?」刃蒼が不思議そうに眼を見開いた。「じゃあ犯人のジャッジメントさんって……」
    「――偽者です。死した彼が最後に告げた“私は今、ここで死ぬ運命なのだから”と言う台詞には、あの場で死ぬ事は含まれていません。誤解を招いた事に対してお詫び申し上げます」
    「……つまり、あいつは本当は今も生きてる筈だったのか?」突き刺すような語調でジャッジメントを射止める臥堂。「初めに現れたジャッジメントは車ン中で爆死したのにか? 待遇がこうも違うのは、ジャッジメント同士でランク付けでもされてんのかよ?」
    「……」ジャッジメントの視線が臥堂を射抜く。濁りきった瞳で見据えられると、体の芯に冷たい手が触れた気がした。「私も詳しくは聞かされていません。ただ、ジャッジメントは全員が死ぬために貴方方の前に現れている訳ではありません。与えられた職務を全うするためであって、“肩を撃ち抜かれるためでも”、狙撃されるためでもありません」
     ――どうしてそんな事まで知ってんだ、こいつ。
     今朝、大学施設に向かう車中にいたのは、この場に居合わせる四人と爆死したジャッジメントだけの筈だ。にも拘らず現前のジャッジメントはまるでその場に居合わせたかのような態度で述べた。嫌味ったらしく、蔑むように。
     苛立ちを隠すように舌打ちして、それ以上言及しようとしない臥堂に代わり、刃蒼は「ごめん、肩を撃ち抜いたんは許したってくれへん? この子も悪気は無かったと思うんよ」と柔らかい語調と穏やかな表情でジャッジメントを宥め始めた。
    「お前は俺の母親面するんじゃねえ!」思わず怒りをぶちまける臥堂。
    「そこは普通父親面言う所なんやないの?」微苦笑を浮かべてツッコミを入れる刃蒼。「それは措いとくとして、――ジャッジメントさん。もしかせんでも、このゲーム、マスターシックス以外の人間も噛んどる言う事なんか?」
     刃蒼の問いかけに、ジャッジメントはすぐには応じなかった。若干の沈黙を置いた後、徐に返答を口にする。
    「既に何者かが貴方方の誰かにコンタクトを図った痕跡が見つかっています」
     思わず瞠目してしまうが、気付かれないように視線を逸らしてジャッジメントと刃蒼を視界外に逃がす臥堂。
     あの道化はこのゲームに本来登場すべき人物ではないのだろう。彼女の言動や行動から鑑みるに自身の想像が概ね正しいと判断できる。併し彼女の一派がジャッジメントを殺害する事で得られるモノが有るのか、想像力が結論まで辿り着かなかった。
     道化の女はゲームの破綻を勧誘してきた。第二のゲームが始まる前に刃蒼が話していた内容を想起する。
    “この事件に係わって利潤を得られる組織”――それを探り当てさえできれば、道化の目的も自ずと観えてくる筈だ。だが――臥堂にとってその目的などどうだって良く、且つ思考するに値しない事柄に過ぎない。
     己が窮地に陥る可能性が有るとしても、現状“観える範囲”での問題なら一考に値するだろうが、想像や憶測で判断するなどナンセンスだと臥堂は断じる。仮に危険な状況に移行したら、その時に手を打てば良いだけの話だ。
     未来ほど不確定な問題は無い。“今”こそが全てであり、連続した“今”の先が未来なのだ。“今”生きていれば未来も生きている事になる、たったそれだけの問題だ。
     現状、あの道化にコンタクトを取る事は叶わない。このゲームが破綻する事が起こり得るトラブルも想定できない。ならば考える必要が無いと言う事だ。臥堂は平静を装って刃蒼とジャッジメントに視線を向け直す。二人とも、暗闇の中にいる要素も加わり、臥堂の不審な挙動に気付いた様子は無かった。
    「自分はここで爆死するように命じられとる訳や無いんやろ?」裏切り者の可能性は脇に措くのか、刃蒼はジャッジメントに優しげな表情を見せた。「そんならそれでええんや。いきなり狙撃なんかされたら僕の寿命が縮んでまうしな」
    「いきなり狙撃される事に関しては、こちらとしては明言しかねますが」表情は覗えないが、ジャッジメントはどうやら苦笑を浮かべている様子だった。「私自身、いきなり狙撃されてもおかしくないフィールドに身を晒している訳ですから」
     刃蒼の顔に緊張が走るのが目に観えて判った。臥堂も同様に息を呑んでいた。
     ――狙撃手は一人じゃねえのか。
     ゾッとする話だった。先刻も、闇に沈んだ町中を走行している最中に車両を的確に狙撃するスナイパーが潜んでいたのだ。そんな危険因子が未だに息を潜めてこちらを観測しているとしたら――安全地帯などどこにも存在しないも同義だった。
    「……高性能センサーちゃんに期待するしかない言う訳やな」言いながらマーシャの額を突く刃蒼。「ホンマ頼むで、期待しとるんやからな……!」
    「むにゃ……もう食べられないデスヨ~……むにゃむにゃ……」
     喜色満面で寝言を呟くマーシャに、刃蒼は苦笑を浮かべ、臥堂は「こいつ本当に大丈夫なのかよ……」と思わず吐露してしまうのだった。
    「長居してしまいましたね。これにて失礼します」小さく会釈をし、アタッシェケースを手に取るジャッジメント。「健闘を祈ります。それでは――」
     背を向け、数歩進んだジャッジメントが体勢を崩して転倒した。バシャッ、と水音が跳ね、「ぐッ、ぅ……」とくぐもった呻き声が聞こえてきた。
    「――ジャッジメントさん?」刃蒼が声を掛けるも、すぐには反応は返ってこない。苦悶の唸り声が闇夜に染み入るように伝播してくる。
     異常事態が起こった事は明白だった。臥堂は咄嗟にアサドを構え、周囲一帯を警戒する。刃蒼も同様に警戒心を露わにしているようだったが、何が起こったのか状況が掴めていないのは臥堂と一緒だった。
     これも演出の一環なのか――とも考えたが、今までの経験上、そんな事をする必要性も意味も感じられない。ジャッジメントは死兵であると同時に、勝手に殺される事を良しとしない人物であると、今明言したばかりだ。
    「――血臭がしマス」
     不意にマーシャが眼を開けて怪訝な面持ちでジャッジメントが消えた方向に視線を向け、そんな呟きを発した。刃蒼が「まさか、狙撃されたんか?」と焦燥を覚えながらマーシャに向き直るも、彼女は「判りマセン……狙撃手の気配が全くしないデスヨ……」とジープの上に立ち、周囲をぐるっと見回しながら、疑念を纏った言葉を返した。
    「おいおい、お前が探し当てられないんじゃ誰も探し当てられねえだろうがよ」声を抑えて緊張感を露わにする臥堂。「一方的に狩られるぞ、このままじゃ」
    「マーシャさん、ホンマに狙撃手の気配を感じ取れへんの?」刃蒼も声を抑えて、ジープの陰に隠れるように身を潜ませた。「さっきはあっと言う間に見つけて逆狙撃成功したやん」
    「敵視が有れば、すぐにサーチアンドデストロイできマス!」応じながらも、マーシャはひたすら視界を広げて索敵を行う。「殺意とか、敵意とか、害意とか、そういう敵視を辿って行けば、必ずターゲットは見つかりマス!」
    「……殺意やら敵意やらを感じ取れるって点も大概おかしいと思うが、つまり何だ、今回の狙撃手はそういう気配を完全に絶ってるって事なのか?」
     そもそも人がそんな気配を発しているとは思い難いが、その論理が実証されないとマーシャの超感覚は説明できないとも理解していた。一瞬で敵の居場所を突き止め、剰え逆狙撃を為し得る技量は、その超感覚の恩恵である所が大きい。
     だが逆に言えば、そういう気配を絶てる人物が相手であれば、超感覚を有するマーシャと言えどセンサーが正常に稼働しない、と言う反証になる。一難去ってまた一難。それも今回は、打つ手が無いと言っても過言ではない。
    「……トラブルですか」不意にヴェルドの声が三人の鼓膜に届いた。「発進します。皆さん、体勢を低くして何かに掴まって下さい」
     三人の了承を得る事無くエンジンが掛かったジープは、白煙を上げてギアを上げた。急発進、急加速するジープに振り落とされないように、臥堂と刃蒼は座席にしがみつき、マーシャは相変わらず隠れる素振りも無く、後部座席に仁王立ちしたまま周囲一帯に意識を飛ばしている。
    「むぅ……ボクの索敵領域に引っ掛からないなんておかしいヨ……もっと遠く……もっと広く……」ブツブツと呟きながら、どんどん瞳孔が開いて行くマーシャ。
    「マーシャさん、立っとったら危ないで! 狙撃手がまだ僕達観とるかも知れへんし!」助手席に変な体勢で納まっている刃蒼が、マーシャを見上げながら警告を発した。
    「――マーシャさん。さっき、貴女は“敵視が無いと見つけられない”と言いましたね?」
     路上には出ず、荒れ地を蛇行しながら進行するジープの運転席で、ヴェルドが三人に聞こえる程の声量で質疑を漏らす。臥堂はその声を聞き取ってはいたが、その言葉の意味を理解しかねた。
     目を大きく見開かせ、まるで猫のように瞳が輝いているように観えるマーシャは、「はいデス!“人間であれば、敵を殺める時に必ず敵視が生じる”と、師匠(ウチーチェリ)に教えられマシタカラ!」と普段の口調で、併し表情は厳しいまま、普段より早口に応じた。
    「――相手が人間でなければ、敵視が生じない可能性は有りますか?」
     車内が一瞬、静寂に満ちた。
     臥堂は怪訝な表情でヴェルドの言葉の真意を探ろうとし、刃蒼は「お化けの次は何やねんな……」と呆れて苦笑を覗かせ、マーシャは「――まさか“根源”の仕業……ッ!?」と突然真剣な表情で驚きに瞠目した。
    「……推測の域は出ませんが、今私達に牙を剥こうとしている相手は、人間が操っている機械である可能性が高い」誰も自分の発言の真意まで辿り着けなかった事に若干の落胆を覚えながらも、ヴェルドは説明を続けた。「遠隔操作で稼働するスナイパーライフルはご存知ですか?」
    「ご存知も何も、軍隊から個人の傭兵まで運用されとる代物やろ?」刃蒼が透かさず喰いつく。「今じゃ小型化も進んで、電源もソーラーが主流やし。携帯端末でパパッと狙撃できる優れものやん。……あぁ、そゆ事」得心し、マーシャに向き直る。「相手が機械やったら、殺意も敵意もあらへんしなぁ」
    「敵は“根源”じゃなくて機械兵だったデスカーっ!? ぐぬぬ……卑劣ナリィ……」索敵を諦め、すごすごと座席に納まるマーシャ。「済みマセン……ボクの力及ばずデス……」
    「可能性の問題ですので、そうだと確定した訳ではありません」荒れ地を類い稀なるドライヴィングテクニックで走破して行くヴェルド。「対象が私達をどうしようとしているのか、と言う意図も不分明ですし」
     臥堂が唯一ヴェルドの発言の意図を理解できたのは、その部分だけだった。狙撃したと思われる相手が、自分達四人を今すぐに殺そうとしない点。それは臥堂の観点で語れば、こういう事になる。
    「――遊んでるのか、俺達の命で」
     マーシャにすら感知されない狙撃にも拘らず、狙ったのはジャッジメント一人だけ。その後一切のアクションを見せず、傍観を決め込んでいるのが証拠だ。容易く殺せる状況であるのに殺さないと言うのは、臥堂のスタンスに反する仕儀であり、焦げるような殺意が胸中で燃え上がる。
     ヴェルドもその点に逸早く気付いたからこそジープを走らせたのだろう。相手の意図を探る意味も兼ねているのかも知れない。自分達四人を殺すため、監視するため、或いは命を弄ぶため、それとも全く別の目的で狙撃しているのか、杳として知れないのは事実なのだ。
     留まっていても埒が明かないと判断するまでのラグは、ヴェルドにとってほぼ無いに等しいのだろう。彼の決断と行動の迅速さは、臥堂も渋々ながら認めざるを得ない。
     こちらに抗う術は無く、狙撃手の判断次第の命に堕した現状、臥堂は怒りを内包こそしていたが、脳裏では別の思考が働いていた。この謎のゲームに於いて、こんな回りくどい事をする必要が有るのか――と。
     今まで現れた敵プレイヤーは、自分達を殺せるだけの余地が有れば容赦無く襲い掛かってきた。相手も自分の命が掛かっていると理解しているのだ、殺さなければ殺される、単純な二元論の世界で構築されていた。
     併し――今回の敵はその様相を異にしている。安全且つ迅速に殺せる手段を有しているにも拘らず、ジャッジメントを狙撃するだけに留めて自分達には攻撃を一切仕掛けてこない。理解不能な行動と評しても仕方ないだろう。
    「臥堂にしては目聡いな」臥堂の呟きを拾ったのか、ヴェルドが珍しく感嘆の念を見せた。「今回は、敵ではない可能性も考慮せねばならないでしょう」
    「敵ではないて、つまりさっきマスターシックスが言うとった、謎の第三勢力とかか?」刃蒼が相変わらず姿勢を低くしたまま、ヴェルドを見上げる。「敵の敵は味方言う事?」
    「推論で進めても詮無い事です、可能性はあくまで可能性ですから」振り向く事も無く、闇を見据えたままハンドルを握るヴェルド。「敵の敵が必ずしも味方である理由も有りませんし」
    「ボク達の敵は、世界の悪デスカラ、ボク達の敵の敵は、世界の味方、つまり正義の味方に違いありマセン! ダカラ、大丈夫デスヨー!」
     マーシャの奇天烈な発言に誰も反応しない。そんな反応の薄さにも構わずマーシャは「機械兵……マシンドールなのか、それともオートマタなのか、或いは巨神兵!? 誰が味方でも最強系デスヨコレは!! 負ける気がしないゼ!!」と一人で盛り上がり始めた。
     眠気など吹き飛んでしまった臥堂は、再び全身を包み込むピリピリした緊張感に歯を食い縛る。休息を挟む余地など一瞬しかなかった。謎のゲームは正常に稼働を再開する。
     ズボンのポケットに、思わず手が向かった。ディスクの感触を確かめ、息を呑む。彼らを裏切る準備は出来ている。併し裏切った後の事は、まるで予知できなかった。
     そっとポケットから手をずらし、視線を隣のマーシャに向けると、彼女は不思議そうな表情で臥堂を見つめていた。今の仕草を観られていたのかと思い、背筋が粟立つ感触に襲われる臥堂だったが、マーシャは特に疑問を覚えた様子も無くシートに深く座り込み、「……サイボーグ忍者は日本刀ダカラ狙撃銃は使わなかった筈デスシ……まさか狙撃銃のメンタルモデルが!? いや待つデス、他に考えられるのは……」などとブツブツ意味不明な呟きを漏らし始めた。
    「…………」
     気付かれないように胸を撫で下ろし、臥堂は視線を外に投げた。数十キロは続いていそうな荒れ地を、ジープは凄まじい震動と共に走破して行く。背後に映る夜景は瞬く間に遠ざかって行く。
     そんな臥堂の様子を、バックミラー越しに二人の男が注視していた事に、本人は気付いた様子も無く、欠伸を浮かべた。


    【次回予告】

    「えぇ、楽しいお話を中断されて、わたしプンプンですよ?」

    「……やれやれ、とんだお転婆さんのようだね、君は。二度は言わない、この件から手を引きたまえ。私は君のような有能な人材を“二度”も失いたくないんだ」

     闇空を彩る大輪に導かれ、賢しき友はシステムを知る。

    「……本当に人間かこいつ?」

    「一々説明するのが煩わしい」

    「ぐぬぬ! ボク今真剣に話してたノニ! プンスコデスヨ!」

     矛の落伍――それは猫の箱が、智に現出する意を辿る。

     ――アカン。今ここで伝えたら……マスターシックスの気分次第で、四人とも……

    「……時間です、八恵様」

    Continued on the next stage……
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